〇第67日 循環する遊園地

「遊園地は回るのよ」

 おもむろに幼馴染の彼女は呟いた。その背景ではゴオッという音と響き渡る歓声と絶叫。大音量で流されている陽気な音楽。

 そう、ぼくたちは遊園地に来ていた。

「……回る?」

 残念ながらぼくには理解が到底及ばなかった。彼女の言葉は時にひどく難解である。

 彼女の言葉を戯言と笑って流すことは簡単である。しかし、こういう時の彼女の言葉の裏には大抵、何か膨大なことが隠されている。

 短い言葉ほど多くの情報が含有されているのだ。数学の問題文が簡潔なほどその解答が難解であるように。それをぼくは読み解かなければならない。いきなり答えを訊いてしまっては面白くない。

「そう、全て循環しているのよ」

 くるくる、と彼女は愉しそうに口ずさんで見せる。どこか無邪気なある種幼さを含んだ声。遊園地全体に漂う快活な音楽に合わせてステップを踏んでみせる。


 彼女の視線の先にはメリーゴーランド。緩やかな動きで上下に揺れながら馬やそりがテントを模した屋根の下で回る。煌びやかな装飾がまぶしい。

 それから隣にはジェットコースター。当たり前だが、ジェットコースターはレーンを一周して元の位置に返ってくる。そこが同じく高速で動く新幹線との違い。いやまあ両者の違いは他にも沢山あるけれど。

 その隣にはコーヒーカップ。カップはターンテーブルの上を回るし、カップ自体も回っている。地球の自転と公転みたいだ。

 ――ああ、遊園地は回っているんだ。世界と同じように。

 俄かに合点したぼくは彼女に伝える。答え合わせは必要だ。ここでいう「答え」は正答というより、彼女の意見だけれど。


 しかしぼくの予想に反して、彼女は首を傾げた。

「……世界が回っている? どうしてそんな発想になったの?」

 当てが外れたか。それでもぼくは気にせずコーヒーカップの話をしてみせる。自転と公転の話。彼女は興味深そうにぼくの話を聞いていた。

「なるほどね。だからきみは遊園地が回っていると考える。コーヒーカップが回る、地球が回る。そこにあるのは自転と公転。そういうことよね?」

 うん、と頷いたぼくをみて彼女は満足気に笑った。

「なるほど、きみの意見は面白いわね。聞いていて飽きない」

 それはぼくにとって最高の賛辞だった。

「じゃあ今度はぼくがきみの意見をききたいな」

 ええ、もちろん。彼女はほほえんだ。そして形の良い唇が言葉を紡いだ――。


 ♢


 冬だから日没が近いんだな、と思った頃にはもう日は暮れていた。遊園地から見える街はどっぷりと闇に浸かっている。

 しかしこの遊園地は人工的な光に溢れていた。どこかしこも光、光、光。

 ジェットコースターは車体とレールを光らせている。それが高速で動いており、見ているだけでも楽しい。コーヒーカップはきらきらと光を明滅させながら回転している。

 夜の遊園地もまた趣があっていいものである。幻のようなファンシーな雰囲気が漂う。それをみて彼女はゆるりと微笑んだ。

「ねえ、メリーゴーランド乗ろう」

 昼間は乗りたいとは思わなかったが夜のメリーゴーランドはひどく魅力的に思えた。今やメリーゴーランドは黄金のごとく輝いている。黒と藍を混ぜたような空によく映えていた。

「うん、いいね」


 プルルルル。

 そんなどこか場違いな事務的な音が鳴って、ぼくらを乗せたメリーゴーランドは回り始めた。

「あ、雪」

 彼女の呟く声とともにちらつく真っ白な雪が視界に入った。どうりで寒いわけだ。ほう、と息を吐くと空気が白く変色した。

 メリーゴーランドにはワルツが流れている。どこかで聴いたことがあるような、ないような不思議な曲。

 回る視界で光の尾を引くイルミネーション。まるで彗星みたいだ。赤、白、黄、緑、青。色とりどりの光が音楽に合わせて点滅し、ぼくの視界に光の点や線を残す。

 ゆうらゆうら。

 ぼくの乗っている木馬が前に進みながらゆっくりと上下する。

 人生はメリーゴーランドだと言ったのは誰だったか。循環して上下して。ほんと、言い得て妙だと思う。

 こうして揺られていると何が現実で何が夢かわからなくなるような錯覚が忍び寄る。それに身を任せるのはなんだか気持ちがよかった。

「たのしいね」

 隣でわらう彼女の輪郭がぼやける。

 白い雪。ぴかぴかと輝く光。それに照らされて煌めく馬やそりの金の装飾。時間の進みがゆっくりになったような錯覚に襲われる。

 ゆうら、ゆうら。

 視界が滲んですべての境界線が曖昧になる。嗚呼、ハレーション。


 ――回るとは永遠なのよ。

 不意に先程の彼女の言葉が蘇る。確かにその通りだ。円にはスタートもゴールもない。だから始まりも終わりもない、つまり永遠。

 この幻想的な世界もメリーゴーランドが回り続ける限り、永遠である。本来そこに始も終もない。

 だからぼくらは進み続ける。


 しかし一定の時間を過ぎるとぼくらを乗せた木馬はゆっくりと減速を始める。そうしてやがてぴたりと止まった。それは永遠である回転の終焉。

 当たり前だ。次の客が待っているのだから。

 そこでふとぼくは思い出した。彼女の言葉には続きがあったのだ。

 ――でもね、永遠なんてないの。だからわたしたちの血液の循環は止まるし、いつかきっと地球も止まる。

 

 つまりぼくたちには老いがあって、死という終わりがあるということ。万物は諸行無常。変わらないものなんてないのだ。きっと。


「ね、次のところ行こう」

 今度は何がいいかな、なんて口にしながら彼女は真っすぐ歩く。その頬はほんのりと上気していた。遊園地のライトが見せた幻覚なのかもしれないし、実は彼女も遊園地を心底愉しんでいるのかもしれない。

 その後ろ姿を見て、ぼくは永遠なんてなくてよかったと思った。


 永遠とは普遍で、彼女の言うところの退屈そのものである。だから退屈を毒だと言う彼女が永遠を好むことはない。そこに関してはぼくも同感である。

 変化があるから面白い。でも変化はストレスでもある。だから人は普遍を守りたがるのであり、普遍は守らなければ成立しない。


「うん。ぼくはどこまでもついて行くよ」

 ぱちりと彼女は瞳を瞬かせた。ほんの一瞬の虚をつかれたというような表情。しかしそれは瞬時になくなる。

「まあ、嬉しい」

 そういって彼女はするりとぼくの手を取った。

「夜が明けないといいわね」

 そう呟いてぼくの手を引くようにして歩く。不意に彼女は天を仰いで目を細める。まるで遊園地の光にかき消された星を見るがごとく。


 ――きっと「夜が明けないといい」というのは嘘だ。


 これはただの直感だった。

 でも恐らく正しいだろう。夜が明けるからこの遊園地の時間は有限になり、だからこそ価値のあるものになる。たぶん彼女ならこう考えるはず。

「また来よう」

 ぼくがそう言うと、手の中で彼女の小さな手に力が入った。その意味はぼくには終ぞわからなかった。


 ♢


 ──今ならわかる。彼女はきっと恐れたのだ。

 季節が何巡も廻り、ぼくたちが年を重ねていくにつれてこの約束が有耶無耶になることを。

 それくらい口約束とは脆いものだ。守ろうという意識がなければ果たされない。

 忘れてしまった、それでおしまいになってしまうことだってある。それに、約束以前に人と人の関係が変わってしまうこともある。何かの契機でひっくり返ってしまうかもしれないし、徐々に亀裂が入っていくのかもしれない。逆もあるかもしれないけれど。

 だから永遠はない。でも、これくらい守ってもいいだろう。



 あれから数年後。いくつも季節を重ね、ぼくたちはもう制服を着なくなった。

 目の前にはあの時とは違って化粧を施した彼女。ぼくだって外観から大きく変わっているのだろう。

 でもぼくらはまだ変わらぬ関係を保っていた。お互い無意識に保とうとしたのかもしれないし、自然とそうなったのかもしれない。

 どちらにせよぼくは幸せだった。


「ねえ、遊園地行こうよ。あの時の約束の」

 ぼくがそう言った時の彼女の表情といったら。安堵と驚嘆がない交ぜになったような表情。すぐにそれは喜びに変わったけれど。

 してやったり。ぼくは心の内で快哉を叫んだ。もちろん顔には出さない。

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