〇第44日 我々はどこへ行くのか
がたんごとん。がたんごとん。
そんな絵本があったなと思いながらぼくは電車に揺られる。がら空きの普通列車の車内。隣には幼馴染の彼女が座っていた。電車が揺れるのに合わせて彼女の髪も静かに踊っている。ぼくらは車窓を眺めながらぽつぽつと話に花を咲かせていた。そんな昼下がり。
駅ごとに人が座ってはまた去っていく。老若男女、何人を見送ったかわからない。幼馴染の彼女だけがずっと隣に座っていた。目的地が同じなので当たり前なのだけれど。そのうち段々と人は減っていった。
がたんごとん。がたんごとん。
「とうとうわたしたちだけになってしまったね」
すっかり静かになった車両で、彼女がぽつりと零した。気が付くとぼくらのいる車両にはもう誰もいなかった。一体何人の人達がこの車両に乗っては降りていったのだろう。
「そうだね」
「ねえ、わたしたちはどこまで行くと思う?」
彼女はぼんやりと窓の外を眺めなら呟いた。無垢な瞳に窓の景色が映っている。
「さあ、どこまでだろうね」
元はと言えば、彼女が電車の終点まで行ってみようといったのだ。ぼくらはこの電車がどこへ行くか知らなかった。この電車は終点不明なのだから。車掌さんでさえ終点を知らない。だから彼女は冒険してみようと言ったのだ。ぼくらは一体どこへ行くのだろうか。
がたんごとん。がたんごとん。
人が減って身軽になった車両は、どこか弾むように進んでいく。窓の外では水が煌めいていた。きっと大きな川を通っているのだ。段々と傾いてきた太陽が水面を輝かせていて、大きな川は海のように綺麗だった。この川の先は海なんだな、と漠然と思った。
「きれい……」
彼女の声が空っぽの車両に響き渡った。彼女の澄んだ瞳にきらめく水面が映っていてとてもきれいだった。ぼくは彼女の瞳に映る美しい景色が何よりも好きだった。
ふと子供の目は物理的に綺麗だ、ということを思い出した。人間の瞳は年を取るにつれ、大気中のゴミやらなんやらの色素が沈着したりして濁っていくらしい。比喩ではなく物理的に。
そんなことを考えながら彼女を見つめていると、あまりにも視線が不躾だったのだろう、彼女は首を傾げて問うた。
「どうしたの、わたしの顔になにかついてる?」
水と光の煌めきを吸い込んでいた瞳が、今度は何の変哲もないぼくを映してしまった。残念なような、嬉しいような複雑な気持ちがぼくの中で渦巻く。結局単純なぼくは彼女の瞳を独占できて嬉しくなってしまったのだけれど。
「……いや、きみの瞳も大人になったら濁っていくのかなって」
はあ? というように彼女が胡乱な視線を寄越してくる。当たり前だ。だから慌ててぼくは先程頭に浮かんだことを説明する。物理的に濁っていく云々を。
話し終えると彼女は腑に落ちたというような表情をした。
「ああ、色素沈着のことね。もちろん濁ってはほしくはないけれど……年老いた時にどうなっているかはわからないわ」
ああそうだ、と彼女は悪戯っぽく笑った。
「あと半世紀後、きみがその目で確かめてよ」
がたんごとん。がたんごとん。
ぼくらを乗せた電車はまだ止まりそうにない。
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