第28話 最強の冒険者


「ここに一人で住んでいるのか?」


 ダニカの住む豪邸。

 その邸内は外観から想像する以上に広かった。

 ただ豪邸にありがちな煌びやかさはなく、装飾も最低限に抑えられていた。


「うん。ただ、三日に一回、数人の使用人に来てもらって家の掃除とか、庭の手入れとかしてもらってるけどね」


「そうなのか。にしても広すぎやしないか? こんなに部屋使わないだろうに」


「そうなんだけど、冒険者ギルドと配信者ギルドに近くて、しかも格安で売りに出されていたから買っちゃった」


「売りに出されていたのか? ここ」


「うん。元々、どこかの商工業者が住んでいたみたい。貿易に失敗したとかなんとかで住めなくなって、売りに出したんだっけかなぁ」


 なるほど。

 格安と言っているが、それでも目ん玉が飛び出る金額に違いない。

 それはさておき、ダニカの仕事を考えると立地がいいのは確かだろう。


 ダニカが大きなソファに腰を下ろすと、ミルディンとラヴィニスにも座るように促した。


 ソファの柔らかさに、思わず感嘆の声が出る。

 これが本物のソファというやつか。

 まるで雲の椅子に座っているようである。雲の椅子に座ったことはないが。


「でも……はーっ、泣いた泣いたっ、ひっさびさに大泣きしたっ」


 ダニカが伸びをしながら、声を張り上げる。

 そこには、さっきまでミルディンに見せていた敵意など微塵もない。

 涙で全てが洗い流されたのかもしれない。


 しかし、久々に大泣きした、か。


 一一年前を思い出しながらダニカを見詰めていると、そのダニカがこちらの視線に気づいた。


「あーっ、ノネームお兄ちゃんのその目。絶対、〝一一年前もよく泣いていたよな、こいつ〟って目っ」


 う、ばれたか。


 そう――ダニカは泣き虫だった。

 ラヴィニスやアイーシャ、そしてメレディアが比較的早く環境に慣れていく中、ダニカだけが自分の中の不安をうまく解消できなかった。


 だからなのだろう、ちょっとした困難を前にしてはすぐに泣きだして、何度ミルディンに助けを求めにきたか。


「まあ、そうだな。あのときはよく泣いてたからな、ダニカは。だからこそ、現在のダニカには驚いているよ。もっとこう、その、しおらしい女性になっていると思ったから」


 ダニカの表情が曇る。


「もしかして、ノネームお兄ちゃんは控えめで物腰の柔らかい人が好きなの? あたしみたいな、がさつで女性らしさの欠片もないのは嫌い?」


「い、いや、そんなことはない。意外にも強く逞しい女性になっていてびっくりしたってだけだ」


 良かった、と安堵するようなダニカ。


「でもノネームお兄ちゃんのおかげだよ。あたしが、今のあたしを手に入れることができたのは」


「俺のおかげ?」


「うん。当時は泣いてばかりでみんなに迷惑を掛けていた。特にノネームお兄ちゃんにはたくさんね。だからダンジョンから脱出したとき、決めたんだ。もう泣いて誰かに迷惑かけないように強くなるんだって」


「そうか。実際、戦いに関してはダニカは強かった。あれは我流なのか? ラヴィニスのような整った体系とは明らかに違ったが」


 なんとなく、出たとこ勝負の俺の戦い方に似ている。

 ミルディンはそう思った。


「あたしさ、配信士やってるんだけどそれは知ってる?」


「ん? ああ、ラヴィニスから聞いてるよ。そういえばラヴィニスもやってたよな。同じなんだよな?」


 すると、ラヴィニスが慌てたように眼前で手をぶんぶんと振った。


「い、一緒にしてはダメです、ノネームお兄ちゃん。副業でやってる私なんかと違い、ダニカは配信士としては別格なんです。ダニカの配信は聖国ファナティア全土で視聴されているくらい有名なのですから。ねっ、ダニカ」


「配信者ギルドによれば、そうらしいね。それで話は戻るんだけど、あたしはダンジョンの探索をメインとした配信をしているから、それこそ強くなる必要があって、だからこの戦い方はダンジョンで手に入れたんだ」


 やはりそうだ。

 ダンジョンでのモンスターとの闘いで剣技を練り上げていったのだろう。

 納得するミルディンだった。


「そうそう、ダニカの凄さはそれだけじゃないんですよ。何とダニカは冒険者ギルドのほうでも突出していまして、なんと虹潜章の持ち主なんです」


と友達を持ち上げるラヴィニス。


虹潜章こうせんしょう……って、あの虹潜章かっ? だとしたらそいつは凄い。ダニカは最強の冒険者ってことか」


「へへ。ノネームお兄ちゃんにそう言われると照れるかも」


 冒険者ギルドにはランクというものがある。

 

 誰もが最初に与えられる最低ランクの鉄潜章から始まり、主にダンジョンでの活躍の度合いによって銅潜章・銀潜章・金潜章、そして最高ランクの虹潜章へとアップしていく。


 というのが、ミルディンが知っている基本的な情報だ。

 ラヴィニスに聞けば、それは今も変わっていないらしい。


 ちなみにその活躍を示すのが、周囲の評価や、こなした依頼の難易度、モンスターから採取できる材料の希少さであるとも教えてくれた。


「ダニカが使ってたナイフ。あれの材料はどんなモンスターから採取したものなんだ? 相当、お強いモンスターから採取したんじゃないか?」


「クラスSダンジョンにサテュロスってのがいるんだけど、そいつ。指から物質化魔力を発して遠距離攻撃してくる奴なんだけど、そいつの腕をぶったぎって持ち帰って、骨を取り出して加工したんだ」


「サテュロスか! そういえばあいつ、そんな攻撃してきたっけか。避けるのも面倒くさいから、弾きながら近づいて毎回首を刎ねてたなぁ」


 実際、首を刎ねているシーンばかりが脳裏を過る。

 サテュロスが猫背で、その場で立ちっぱなしが多かったからだろう。

 あいつはもっと動き回って、相手をかく乱したほうがいい。


「ふふ、ノネームお兄ちゃんが言うと、ゴブリン相手に戦っているみたいに聞こえますね。サテュロスってレベル560ですよ。普通、そんな簡単にはいきませんよ」


「ラヴィニスの言う通りだよ、ノネームお兄ちゃん。なんかあたしの相棒ナイフが急に三級武器に見えてきたんだけど。特級武器認定されているのに……」


 う……。


 最強の冒険者と褒めたあとに、これはまずい。

 まるで、〝お前の武器は大したことがない〟と断じているかのようになってしまった。

 


「そ、それは違うぞ、ダニカ。物は使いようってやつで、近距離に特化した通常のナイフ攻撃と物質化魔力による遠距離攻撃の合わせ技は見事としか言いようがなかった。相手が俺じゃなかったら、最初のサーペントウィップで勝負は付いていたはずだ。本当にダニカの物質化魔力の使い方は素晴らしかったよ」


 頬を赤く染めるダニカの顔がみるみる綻んでいく。

 すると、ニカッと笑って、


「ありがとう。ノネームお兄ちゃんにそう言ってもらえて凄い嬉しい」


 女性らしさの欠片もないと、ダニカは自分で言っていたがそんなことはない。

 恥じらいを見せ、素直に感謝を述べるその姿は、女性そのものだ。

 そして、ラヴィニス、アイーシャ、メレディアと同様に可憐だ。

 

 もしかして俺の助けた四人の少女は、四つの〝将来の美貌が約束されたコンテスント〟でそれぞれ優勝でもしていたのだろうか。


 では、グランドチャンピオンは誰だろうか。


 う~ん。


 多分、一〇年悩んでも答えが出ないと思われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る