第27話 本当の気持ち
「ダ、ダニカっ? ちょっとどうしたのっ? なんでノネームお兄ちゃんにそんなことを――」
このダニカの態度にはラヴィニスも驚いているようだ。
「どうもしないよ、ラヴィニス。今言ったことが全てだよ。一一年だ、一一年。この間のあたしらの気持ちも知らずにこの男は――」
全身から怒りを露わにしたダニカが階段を下りてくる。
両手に握るナイフに、殺意がほとばしっているのが見えるくらいだ。
「おい、ダニカ――」
「だまれっ、あたしの名前を口にするなッ!」
これは声での対話は無理か。
ミルディンは大きくため息を吐くと、剣を抜いた。
「ノネームお兄ちゃんっ!?」
「大丈夫だ、ラヴィニス。こいつで対話をするだけさ」
でも……と続けるラヴィニスだが、ミルディンが手で制すると引き下がってくれた。
しかしまさか、あのときの少女と剣を交えることになるとはね。
「ここで死ね、ノネームッ!!」
ダニカが階段を下りた瞬間に走り出し、その途中でミルディンに飛び込んでくる。
もちろん抱擁をしてほしくて、ではない。
ダニカが左手のナイフをミルディンに振り下ろす。
避けるミルディンに、続けざまに右手のナイフで切り上げてくる。
剣で弾くと、弾かれた勢いを利用して回転斬りを繰り出すダニカ。
伏せるミルディンの頭上をナイフが横切る。
ほっとしたのもつかの間、もう一回転したダニカの地を這うような回し蹴りがミルディンの足を払った。
やっば。
倒れる寸前に、右手で地面を押してダニカから離れる。
追いかけてくるダニカのナイフが右、左、右と振り下ろされる。
その全てを転がるようにして避けるミルディンは、ほんのわずかな攻撃の遅れを察知すると、足で地面を蹴って立ち上がった。
そのままバックステップでダニカと距離を取る。
ダニカとの距離は八、九メード。
もはやナイフでどうにかできる距離ではない。
なのに、ダニカがナイフ振りかぶる。
投げる気か。
いや、違う……っ?
「サーペントウィップッ!!」
ナイフから伸びた紫色の光が鞭のようにしなり、ミルディンに襲い掛かる。
想定外の攻撃。
だがそんなことはダンジョンに潜っていたときは、日常茶飯事だった。
ゆえに体が自然に動くミルディン。
サーペントウィップなる攻撃の先端を剣で弾く。
弾かれた紫色の鞭が木の幹に巻き付いた。
かと思うと、とてつもない摩擦力でその木の幹を削り切った。
あんなのが体に巻き付いたら……と、ぞっとするミルディン。
にしても、コレクトウェポンか。
コレクトウェポンは、モンスターから取れる素材を利用した武器だ。
モンスターは完全に倒してしまうとダンジョンに還ってしまう。
よってコレクトウェポンを作製するには、倒す前に牙や角などの素材を入手する必要があった。
しかし生きた状態のモンスターから素材を入手するなど、そう簡単にできるものではない。
しかも今のサーペントウィップは、相当高レベルなモンスターの素材を利用していると思われた。
サーペントウィップが再び、ミルディンに襲い掛かる。
軌道を読ませないためなのかサーペントウィップが暴れるようにうねり――、
刹那、右下からミルディンの右足を絡み取ろうとする。
剣を右足の横に突き刺すミルディン。
すると、サーペントウィップが剣に巻き付く。
だが、蒼の焔をまとったミルディンの剣を摩擦で切断することはできない。
完全に巻き付いたところで、ミルディンは剣を勢いよく後方へ振った。
ダニカの手から離れたナイフがこちらへ飛んでくる。
ミルディンはそれをキャッチすると、ダニカに声を掛けた。
「ダニカ。終わりだ。もういいだろ。だから少し話そう」
「終わってなどいないっ! ――スコーピオンランスッ!!」
左手に持つナイフをミルディンに突き刺すような仕草をするダニカ。
するとサーペントウィップと同じ紫色の光が、ナイフの攻撃距離を一気に伸ばした。
長槍のようにミルディンの顔に迫るスコーピオンランス。
顔を横にして避けるミルディン。
こっちもコレクトウェポンっていうのは、まあ想定内だな。
するとスコーピオンランスが消失する。
ダニカがナイフを引くとそうなるようだ。
そしてまた前に突き出すと、スコーピオンランスとなって、ミルディンを串刺しにせんと迫りくる。
ダニカの手の動きから軌道を読み、地面から抜いた剣で弾くミルディン。
なるほど、飛び道具を使っているようなものか。
だとするとまずい。
連続で押し引きを繰り返されると、避けも弾きも追いつかなくなる可能性がある。
そう危惧した矢先、連続攻撃の徴候を見せるダニカ。
ならば、と横に向かって走るミルディン。
先までミルディンがいたところに、スコーピオンランスのいくつもの残影。
ここまでの殺意を抱かせてしまったことに、多大な罪悪感を抱くミルディン。
ミルディンが間違っていたのだろう。
伝えたい感謝を伝えられない感情――。
今なら分かる。
俺はもう、ゴデスラスのおやじに会うことができないから。
ミルディンはダニカを中心として、螺旋を描くように走り続ける。
距離が縮まるにつれ、徐々にスコーピオンランスがミルディンに追いつかなくなっていく。
「くそっ、くそッ、ずっと放置されていたあたしの気持ちを――っ」
走りながら、ダニカとの距離を詰めていくミルディン。
もはや、スコーピオンランスの攻撃が当たることはない。
あたし、あたしね。強くなりたい!
だってもう、泣き虫なんていやだからっ――。
ふと脳裏を過る一一年前の記憶。
現在のダニカを見たことによって蘇ったのだろう。
強くなりたい、か。
だとしたらダニカは本当に強くなった。
そして――、
「お前なんかが分かるわけがないんだぁぁぁッ!!」
ダニカの左腕を掴むミルディン。
ミルディンはダニカを引き寄せると、そっと抱きしめた。
「ごめんな、ダニカ。お前の気持ちを蔑ろにして。今なら分かる。俺は間違っていた」
ダニカの手からナイフが落ちる。
「ノネーム……お兄ちゃん……」
「本当にごめんな、ダニカ」
「う……うう、ノネーム、お兄ちゃぁん。……し、死ねなんて言ってごめんなさいぃ。ひぐ、ひぐ、……あ、あたし、ノネームお兄ちゃんに逢いたかったくせに、嬉しかったくせに、自分の気持ちに必死に嘘ついて、それで……そんな気もないのにっ。本当にごめんなさいぃぃ。うわぁぁぁぁぁぁぁん」
「――ダニカ」
その後しばらく、ミルディンはダニカの泣き声を聞き続けた。
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