第26話 ダニカ・フォリナー


 朝日が開いたばかりの目に突き刺さる。

 茫漠とした意識が徐々に鮮明になり、ミルディンは昨日の夜のことを思い出した。


 アイーシャとメレディアとの飲み会。 

 洞窟に横たわっていた火焔車のイクシオン。

 剣の師匠であるゴデスラスの死。


 そして、洞窟から王都までひたすら歩かされて、床に就いたのが翌日の一の刻だったこと。


「くそ、あの野郎のせいで寝不足だ」


 沸々と湧いてくるヌミトール・ビラルへの怒り。

 馬を忘れた反省の弁も述べず、夜風に当たりながらの散歩はいいですね、と笑顔で抜かすから尚更だった。


 シャキッとさせるために顔でも洗うかとベッドから起き上がったところで、扉がノックされた。


「ノネームお兄ちゃん、起きてますか?」


 この声はラヴィニスだ。

 

 ミルディンは扉を開けてやる。


「どうした? こんな朝早くに」


 先日のドレスではなく、銀狼騎士団団長の恰好をしたラヴィニスがそこにいた。

 彼女は「おはよ……」までを口にすると、大きくした目を右往左往させたのち、赤らめた顔を横に向けた。


「? どうかしたか?」


「……服」


 服。

 と言われて、ミルディンは上半身に服を着用していないことに気づく。

 寝苦しくて脱いでいたのだが、そのまま応対してしまった。

 これはレディーに失礼である。


「ご、ごめん。ちょっと待っててくれ」


「はい」


 ミルディンは一度扉を閉めて急いで服を着ると、再びラヴィニスの前に出た。

 顔も洗ってからのほうが良かったが、井戸は外にあるのだから仕方がない。


「それで、何か用があるから来たんだよな」


「ええ。もちろんです。……でも、よ、用がなくては来てはいけないのでしょうか」


「いや、そんなことはないが」


「では、少しお話がしたいってときでも来てもよろしいでしょうかっ」


 ズイッと前のめりのラヴィニス。


「あ、ああ。喜んで」


「良かった」


 ホッとした顔のラヴィニス。

 ミルディンとしても、リザリクに代わる話し相手が欲しかったところだ。


 ラヴィニスが続ける。


「昨日の王覧剣檄でウォッツ卿に勝ったノネームお兄ちゃんは、自他ともに認める職業『剣聖』となりました。その剣聖としての最初のお仕事をしにいきましょう。私が帯同します」


「俺は別に自分を剣聖だと認めてはいないがな。ところでお仕事ってなんだ?」


「それは――」


「いや待て」ミルディンは手で制す。「仕事は仕事で引き受ける。それがダンジョン絡みならな。ただその前に、俺にはすることがある。ダニカに会わなくてはならない」


 ラヴィニスがにっこりと笑う。


「ええ、だからそれが最初のお仕事です」



 ◇



 王都ノルンの西側の一角。

 そこには冒険者ギルドの本部があった。

 

 冒険者ギルド――すなわち冒険者達の同業団体。

 種族問わずそこに属する冒険者達は、誰かの依頼を受け、その依頼料と成功報酬で生計を立てていた。


 ダニカは冒険者として、その冒険者ギルドに属している。

 ラヴィニスから仕入れた情報では、チームとしてやっているらしい。


「あ、ノネームお兄ちゃん。ここを曲がります」

 

「そうなのか? でも冒険者ギルドはそこだろ」


「ダニカが住んでいる家がすぐ近くにあるのです。手紙では、一〇の刻にそこにきてほしいと書かれていました」


「そうか」

 

 それもそうである。

 普通に考えれば冒険者が常時、冒険者ギルドにいるはずがない。

 仕事が欲しいときだけ来ればいいのだから。


 ミルディンはラヴィニスに付いていく。

 するとこじんまりとした家々の先に、広大な敷地を持つ豪邸が見えてきた。

 迷うことなく、その豪邸に続く鉄製の門に向かっていくラヴィニス。


「おい、ラヴィニス。まさかあの豪邸がダニカの家なのか?」


「はい、そのまさかです。ダニカは成功者ですから。冒険者としても配信者としても超一流なんですよ。……それに比べて私は副業で配信しなくては余裕のある生活をできない身。あの豪邸を見るたびに、自分の存在を矮小に感じてしまいます」


 思わぬ場所で、急に落ち込みを露わにするラヴィニス。


「うーん。それは違うんじゃないかな」


「え?」


「ラヴィニスは銀狼騎士団団長という仕事に幸せを覚えていないのか?」


「い、いえ、そんなことはありません。騎士であることに誇りを持っていますし、これが私の生きる道だと自信を持って言えます。だから、とても幸せです」


「だったらラヴィニスは成功している。矮小に感じる必要なんて全くない」


「ノネームお兄ちゃん……」


「まあ、他人の成功と比較する必要なんてないってことだ。とはいえ……」


 ミルディンは豪邸を眺める。


「ダニカは成功しすぎって感じだがな」


「ははは。ですね。あ、門は勝手に開けて中に入っていいそうです」

 

 門を開けて、整備された道をまっすぐ進むミルディンとラヴィニス。

 周囲もしっかり手入れがされているようで、荒れた箇所が一切見当たらない。

 使用人も雇っているのだろうか。

 

 近づいてくる豪邸。

 まるで上流貴族の家かのようだ。

 

 ラヴィニス、アイーシャ、メレディア、ダニカの四人の中で貴族の家系なのはラヴィニスだけだとか。

 つまり、この豪邸はダニカが一代で築いた。


 やはりダニカは成功しすぎのようだ。


 豪邸との距離が残り二〇メードほどになったとき、その豪邸の入口扉がゆっくりと開きだした。

 

 中から出てくる一人の女性。


「あ、ダニカ。ノネームお兄ちゃんを連れてきたよ」


 彼女がダニカのようだ。

 

 片側を刈り上げたロングの髪形。

 露わとなっている右耳にはいくつものピアス。

 細いながらも引き締まった肉体。

 その上には、機動力を最大限重視したかのような赤い軽鎧を着用している。

 両手には一本づつ、刃渡りの長いナイフ。


 正に冒険者といった格好で、ほかの三人とは職業以外でも異質と言えた。


 しかし同じところもある。

 それは、ということ。


 甲乙つけ難しとはこういうときに使うのだろう。

 四人の中で誰が一番か決めろと言われても、答えを出せない自信があった。

 

「どうかした? ダニカ。ノネームお兄ちゃんを連れてきたけど」


 怪訝な表情のラヴィニスが問いかける。


 そういえばダニカの様子が変だ。

 さっきから、ずっとミルディンのことを睨んでいる。

 最初は日差しが眩しいからだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 彼女の中にある感情はおそらく――。


「ダニカ。俺だ。ノネームだ。会いたかったよ」


 ダニカの表情が歪んだ。

 

「会いたかった、だと。ずっと忘れていた奴が何を白々しい。剣を抜け。ノネーム。お前の虚言をろうするその口をかっさばいてやるッ」

 

 あれ? 何、この展開!?

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