第24話 本当に腕を斬ってやろうか?

 

「……え? おじさん誰? え? け、剣聖っ?」


 メレディアの部屋を出ると、おかっぱ頭の青年がいた。

 どうやらこちらの素性は知っているようだ。

 王覧剣檄のときにメレディアと一緒にいた魔導士なのかもしれない。

 

「ああ、良かった。中でメレディアが酔った状態で寝ているんだが、ときどき様子をみてやってくれ。もしかしたらベッドから転げ落ちてしまうかもしれないから。では頼んだよ、おかっぱ君」


 ミルディンはそれだけを言い残すと、魔導士舎から外へと出る。

 二一の刻を回っているだけあって、外は暗い。

 とはいえ、そこかしこに設置された街路灯のおかげで、視界が過度に制限されることはない。


 さて、あとは背中に背負っているアイーシャを狭間の館に送り届けるだけだが……。


「どっちだったっけか? 狭間の館って」


 一二年ぶりの王都ということもあってか、どの施設がどこにあるのか記憶が不鮮明だ。歩いている誰かに聞いたほうがよさそうだ。


 すると、


「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 と背後から声が飛んできた。


 誘拐だと。

 王都も物騒になったものだ。 

 治安の良さは大陸で随一だったはずだが。

 

 しかし、一体誰が誘拐など愚かなことを。

 声の方を振り向くと、一人の女性がミルディンに人差し指を向けていた。


「あ、ああ、あなたっ、アイーシャをどこに連れて行こうとしてるんですかっ? というより、今までアイーシャとどこにいたんですかっ? ってゆーか、アイーシャに何したんですかっ!?」


 眼鏡を掛けた若い女性がえらい剣幕でまくし立てる。

 

 そういうことかよ。


 どうやらこの眼鏡の女性は、ミルディンがアイーシャを誘拐していると思っているらしい。

 

 見ようによってはそう捉えることもできなくはないが、いきなり誘拐犯扱いとは。

 若干、腹も立つが、説明するしかない。


「あー、これはだな――」


「誰かーっ、誰かーっ、助けてくださいっ、変なおじさんに私の友達が誘拐されそうになってますっ! 誰かーっ、誰かーっ、この誘拐犯を捕まえてくださーいっ!!」


 おいこら、ちょっとは話を聞けよ。


 ミルディンの周りに十数人の人が集まってくる。

 向こうから走ってくるのは衛兵だろうか。

 

 これは厄介なことになった。

 こうなったらアイーシャを起こして、ミルディンが誘拐犯ではないことを説明してもらうしかないか。


 そう、結論づけたとき、一人の男が集まった人をかき分けてミルディンの前に立った。


「おや? どんな誘拐犯かと思えばノネーム卿ではないですか」


 糸目の王碗騎士隊、ヌミトール・ビラルだった。



 ◇



 何度も振り向いては頭を下げる、ミルディンを誘拐犯扱いした女性。

 マーリと名乗った彼女は、アイーシャを肩に担いで狭間の館へ連れていくとのことだった。話によれば友達らしい。


 手を振ると、マーリは最後に大きなお辞儀をして通りの角を曲がっていった。


 ミルディンは、黄金の鎧ではなくラフな格好のヌミトール・ビラルに目を向ける。


「助かったよ、ビラル卿。あんたが人払いしてくれたおかげで、落ち着いて彼女に説明することができた」


「いえ、お構いなく。ところでノネーム卿、本当のところはどうなんです?」


「本当のところってなんだ?」


「あの子、一人に手を出したんですか? それとも今の子と魔導士の子、二人に手を出したんですか?」

 

 もう、敬称など付けん。


「お前、話聞いてただろ。アイーシャとメレディアは俺が昔、ダンジョンで救った少女で、一一年ぶりの再会を祝して酒を飲み交わしたと」


「ちょっと本気にしないでくださいよ。冗談ですよ、冗談。……でもよりによってあの二人なんですね」


「それはどういう意味だ?」


「とても優秀なんですよ、あの二人。アイーシャ・リーダはデネブ師団長の次に優れた精霊操術師で、ポテンシャルの高さはそのデネブ師団長を凌ぐとさえ言われています。そして魔導士のメレディア・ミラーですが、魔法発動の速さと並外れた魔力の総量から、あの若さで一級魔導士をやっています」


 人外兵十数体を使役し、序列二位のイフリートを召喚したアイーシャ。

 そして、迅速な処置が必要とされる王覧剣檄の回復役に抜擢されたメレディア。


 それだけで充分、優秀なことは分かっていたが、どうやら彼女達の躍進はまだ止まらないらしい。


「ゾショネルの仔だからってだけじゃないんだ、あの子達は。元々の素質がずば抜けているんだよ。俺はそれを一一年前にはすでに知っていた」


「さきほど言っていた悪鬼羅刹のダンジョンの件ですか。もう二人、いたんですよね? それは誰なんですか?」


 四人助けたと話していたか。

 隠しておくことでもないので、ミルディンは残り二人の名前を口にする。


「ラヴィニスとダニカだ」


「ラヴィニスって銀狼騎士団団長のハミルトン卿ですね。そうか、彼女もゾショネルの仔でしたね。今でも充分に優れた騎士ですが、ギフト封解が起きれば王碗騎士隊に手が届くかもしれませんね」


 ラヴィニスはギフトの封解をしていなかったのか。

 なるほど……だとすればラヴィニスも多くの伸びしろがあるというわけか。


「そしてダニカって、ダニカ・フォリナーのことでしょうか。だとしたら四人の中でやや、特異な立ち位置の方ですね」


 ラヴィニス、メレディア、アイーシャに聞いた話によれば、ダニカは冒険者ギルドに所属しているらしい。

 ダンジョン専門でしかも配信も行っているようで、王都以外にも多くの視聴者がいるとか。


 王都ノルンのために働く三人の娘と比べれば、確かにダニカは異質かもしれない。

 

 そんなダニカにはいつ会えるのだろうか。

 ラヴィニスによれば、ダニカはダンジョンに赴いて王都にいないことが多々あるようだ。


 連絡が付かず、困っているとラヴィニスも言っていた。


「ハミルトン卿にしてもダニカ・フォリナーにしても、先ほどの二人に並ぶほどの優秀な人材。しかも揃いも揃って、見目麗しい女性。そんな彼女達に幼少のころから唾を付けておいたというわけですか。そこはせめて一人にしておいてくださいよ。四人だなんて贅沢すぎじゃないですか」


「……お前、本当に片腕を斬ってやろうか?」


 ミルディンは剣を抜く仕草を見せる。

 

「だから冗談ですってば。いやだなぁ、これだからおじさんは」


 おじさんは関係ないだろ。


「ほかに用がないなら帰らせてもらう。今日は数年ぶりに忙しかったからな。体が休息を欲しているんだ」


「お疲れのところ悪いのですが」ヌミトール・ビラルの目が僅かに開かれる。「あなたに見てほしいものがあるのです。城の転送陣からすぐに行けますので、是非一緒に来ていただきたい」

 

 さきほどまでの瓢々ひょうひょうとした態度が消えていた。

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