第23話 例え大人になっても
「あれ? アイーシャじゃん。どうしたの?」
「こんばんは、メレディア。ち、ちょっと、近くに用事があったので、その帰りに最近どうしてるかなって、ふらっと寄ってみました」
ドアがノックされ、対応するメレディア。
魔導士舎にいるほかの誰かだと思ったが今、確かにアイーシャと聞こえた。
声で分かったが、ドアのほうへ視線を向ければ、そこには俺の知っているアイーシャがいた。
「あれ、アイーシャ。お前も招かれていたのか?」
「あ、ノネームお兄ちゃんもいたのですねっ。こんばんはです」
「ああ、こんばんは」
やたらと瞬きの多いアイーシャ。
何やらその挙動に動揺が見え隠れしているが、一体どうしたのだろうか。
それはさておき助かった。
メレディアの作ったオムライスを美味しくいただいたあと、ふと脳裏に去来する、
〝いくら誘われたからとはいえ、年頃の女性と部屋に二人きりってまずくないか〟。
という至極全うな倫理観。
万が一の過ちを犯す前に辞去したほうがいいかと思った矢先に、アイーシャが来てくれてよかった。
「入って、アイーシャ。あ、夕食は全部なくなっちゃったけど、何か食べたい物ってある? 作ってあげる」
「え? だ、大丈夫です、御飯なら食べてきましたから。……ただ、お言葉に甘えて上がらせてもらってもいいでしょうか」
「もう、何を遠慮してるのー。いいに決まってんじゃん。ね、ノネームお兄ちゃん」
「おう、入れ入れ。先日はあまり喋れなかったからな。三人で話そうじゃないか」
よし。
これで万が一の過ちの線は消えた。
お二人で楽しんでいるところを失礼します、とアイーシャが部屋の奥まで入ってくる。
ふと鼻先をかすめる例の甘い香り。
うむ、正真正銘、アイーシャである。
しかしあの日も思ったが、アイーシャはとにかく麗しい。
いや、アイーシャだけではない。
ラヴィニスもメレディアも、可憐でとても素敵な女性に成長した。
一度関わった身としては、何も悪いことはないむしろ喜ばしいことなのだが、いかんせん目の保養がすぎる。
同じおっさんのバールゼフォン・ウォッツのほうが、瞳には優しいかもしれない。
「ノネームお兄ちゃんはお酒は飲めますか?」
アイーシャが聞いてくる。
「ん? ああ、飲めるよ」
「良かった。わたくし、ここに来る途中に買ってきたのです。三人で一緒に
メレディアが即座に反応する。
「いいね、お酒。飲もう、飲もうっ。でもアイーシャ、準備がいいね。用事のついでにふらっと寄っただけなのに。この辺、お店もないけど」
「へ? そ、それはその……あっ、あとで狭間の館の仲間達と飲むため買っておいたのです。でもよくよく考えると、わたくし以外、誰も飲まないことに気づきまして、それでこちらで消費してしまおうかと」
とってつけたような理由に感じたが、気のせいだろうか。
「そういうことなんだ。じゃあ、今から飲み会ってことでいい? ノネームお兄ちゃん」
「ああ、構わないよ。ただ、時間も時間だし飲みすぎないようにな。お前達ももういい大人だ。自分を見失うことだけは絶対にないように」
「はーい」
「もちろんですとも」
お酒か。
あまり気分ではないが、嗜む程度ならいいだろう。
それに断ってしまってはアイーシャに悪い。
良かれと思っての提案なのだ。
拒絶されて悲しむアイーシャを見たくはないミルディンだった。
それにしても、まさかあの時の少女達と一一年ぶりに再会して酒を飲み交わすことになるとは。
あの時の出来事が何かの縁であり、これがその結果なのだろうか。
あるいは結果はまだ先にあって、これは過程なのかもしれない。
辿り着く結末は全く予想もできないが、今日このときは二人の女神と酒を楽しもうとミルディンは決めた。
◇
「――で、今日の結果はこれか」
ミルディンは飲み会後の惨状を眺めながら、やれやれと頭を掻く。
「ぐぅ、すぴ~、ぐぅ、すぴ~、……えへ、えへへ、ノネェ~ム……ぃちゃぁん、どわぁぁぃすきぃ」
テーブルにつっぷして、にやにやしながら寝ているメレディア。
なにかごにょごにょと寝言を口にしているが、よく聞き取れない。
一方のアイーシャはというと、
「わたくしって、かわいぃですか? 綺麗ですか? ひっく、お願ぃします、答えてください。なんで何も言わずに黙ってるんぇすか? ひっく」
さっきからずっと棚に置かれた人形と喋っていた。
人形の中に精霊でも宿っているのだろうか。
「ったく、自分を見失うなと言っただろうに……」
時間的に帰りたいところだが、さすがにこのままにしておくわけにはいかない。
ミルディンは散乱したお酒の瓶を片付けたあと、メレディアに声を掛ける。
だめだ。
笑っているだけで、問いかけへの反応はない。
水でもぶっかければ正気を取り戻すかもしれないが、そんな乱暴なことはできない。
「ふぅ、しょうがないな」
ミルディンはメレディアを抱きかかえて、そのままベッドへと連れていく。
すると、「どわぁぁっいすきぃ」とメレディアのほうからも抱きついてる。
鼻孔を撫でる、酒の臭いとメレディアの匂い。
且つ、妙に柔らかいモノが自分の胸に当たっている感覚。
これはまずいと、ミルディンは慌ててメレディアをベッドに置いた。
「ごちそう様」
そっと毛布を掛けるミルディンはそう言い残して、その場を離れた。
一応、帰り際に魔導士舎にいる誰かに声を掛けておいたほうがいいかもしれない。
中でメレディアが酔っぱらった状態で寝ていることを、伝えたほうがいいだろう。
さて、メレディアはこれでいいとして問題はアイーシャだ。
周りが見えていない彼女はおそらく、自分の足では家に帰れないだろう。
だからといって、酔った状態で鳥に姿変化するなどもってのほかだ。
建物に激突して、下手をすれば死んでしまう。
狭間の館まで俺が連れていくか。
ミルディンはそう決めると、アイーシャに声を掛ける。
「アイーシャ。帰るぞ。こっちにおいで」
「いつまでそうやって黙っているつもりなんぇすか? あなたが答えるまで、わたくしはここを離れるつもりはありましぇんから。ひっく」
だめだ。
こっちも全く反応がない。
人形に宿っている?精霊との繋がりが強固なようだ。
ミルディンはアイーシャの肩に手を置くと、こちらに振り向かせる。
「アイーシャ。もう帰る時間だ。だから一緒に来るんだ。いいね?」
うつらうつらとした表情でミルディンをじっと見詰めているアイーシャ。
すると、
「やっと話したかと思えば、それは答えになっていましぇん。わたくしが聞いているのは、わたくしが可愛いくて綺麗ですかってことなんぇす。ひっく」
話す対象がミルディンに変わったようだ。
精霊が俺に宿ったとでも思っているのかもしれない。
ならば、こう答えるべきだろう。
「ああ、可愛くて綺麗だよ。だから一緒に帰ろう。分かったかい?」
ミルディンをやけに潤った瞳で凝視しているアイーシャ。
その顔がみるみる赤くなっていく。
やがて、こう呟いた。
「嬉しい」
そこで、糸が切れたマリオネットのように倒れそうになるアイーシャ。
ミルディンは咄嗟に支える。
どうやら気を失っているらしい。
こうなったら、おんぶして狭間の館まで連れていくしかない。
「成長したとはいえ、まだまだ子供か」
あのときと変わらない幼さに頬が緩むミルディンだった。
◇◆◇
ここまでお読みいただきありがとうございます。拙作に貴重な時間を割いていただき感謝しております。ハーレム?とバトルの比率に悩みつつ書いていますが、楽しんでいただけていると信じておりますっ。
尚、現在カクヨムコン9に参加しておりますが、読者の皆様の★による評価が順位に影響しています。せめて読者選考は突破したいと思っていますので、もしよろしければ★による評価をお願い致します。それでは続きをお楽しみください♪
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