第22話 恋する乙女は積極的で

 

 ノネームお兄ちゃんが中庭から去っていく。

 その背中をジィっと見ていると想いが伝わったのか、曲がり角のところでこちらに振り向いてくれた。


 すぐさま、ブンブンと手を振るメレディア。

 すると手を振り返してくれるノネームお兄ちゃん。

 

 名残惜しい。

 だが、今日の夜にまた会えると思うと、気持ちはすぐに上昇気流に乗った。


 料理、どうしようっかな。

 もう、わたしったらなんでノネームお兄ちゃんに食べたい物、聞かなかったんだろ。


「あーっ、こんなところにいたんですか、ミラー士長っ」


 その大きな声で、メレディアの思考が遮断される。

 振り向くと、部下でおかっぱ頭の青年ダリオがいた。

 はぁはぁ、と息が上がっているが、どれだけ探し回っていたのだろうか。


「どうかしたの? ダリオ。もうみんな帰ったと思ったけど」


「はい、ボク以外はみんな帰りましたっ」


「ダリオはどうして残ってるの? 早く帰って配信見るって言ってたじゃん」


 ダリオは、身近な疑問に挑戦する類の配信をよく見ていた。

 この前は、自分の体に浮遊ルーフ加重グライを同時に掛けたら、果たして浮くのか沈むのかという配信を楽しんだという。


 結果はわずかに浮かんだらしい。

 単に浮遊ルーフのほうが使用した魔力が大きかった説大である。


 ちなみにメレディアも配信はよく見るほうだ。

 ラヴィニスとダニカのダンジョン配信、そして料理系。

 特に料理系は自分が料理好きということもあってか、色々な人の配信を見ていた。

 

「えっと、それはその、メレディア士長と一緒に帰ろうかと思いまして、はいっ」


「そうなんだ。じゃあ、一緒に帰ろうか」


「はい、一緒に帰りましょうっ」


 満面の笑みのダリオ。

 なんでそんなに嬉しそうなのだろうか。


「あ、そうだ。ダリオに聞きたいんだけどさ、もしわたしが手料理作るってなったら何が食べたい?」


「え……手料理……? って、え? メレディア士長がボクに作る手料理ですかっ!?」


「うん。そう言ってんだけど」


 男の人は、女性にどのような手料理を作ってほしいのか。

 メレディアはそれが知りたくて、ダリオに聞いたのだ。

 もちろん食に対する好みは違うだろうけど、参考にはなると思って。


「そんなの、なんでもいいですっ! なんでもいいですっ! メレディア士長が作ってくれるならなんでもいいですっ! 本当になんでもいいですっ!」


 でた。

〝なんでもいい〟。

 しかも、バカの一つ覚えのように四回も。

 

 ダリオに聞いた自分もバカだった。


「でも嬉しいなぁ、メレディア士長がボクに手料理作ってくれるなんてっ。そ、それってあれですかねっ? メレディア士長はボクに対してその、こっ、ここ、好意をいだいだいだ……………」


 だったら無難に得意料理にしよう。

 ふわっと卵で綺麗に包んだ特性オムライス。

 

 ラヴィニスやアイーシャ、そしてダニカには大好評だから、ノネームお兄ちゃんもきっと気に入ってくれるはず。

 そうと決まれば、最高級の卵も用意しなくては。

 

 今から夕食の時間が待ちきれないメレディアだった。



 ◇

 


 アイーシャは妖の精霊の力を解くと、鳥から人間の姿へと戻る。


 場所は民家の裏。

 狭間の館までそのまま帰りたかったのだが、精霊とのつながりが弱まってきたので緊急的に地上に降りたのだ。


 要は姿変しへん化を継続するための集中力が散漫になったわけである。

 知りたかったことを望む形で知れて、そのことばかりに思考がいってしまったから。


「……よかった。ノネームお兄ちゃん、まだ結婚していない」


 ノネームお兄ちゃんが王覧剣檄をすると聞いて、アイーシャは黒の間に出向いていた。

 

 ノネームお兄ちゃんのことを声を振り絞って応援した(恥ずかしいので胸中で)のち、鳥になって帰ろうとしたアイーシャ。


 その途中でノネームお兄ちゃんを中庭で見つけた。

 親友のメレディアが一緒にいて、彼女はノネームお兄ちゃんとの一一年ぶりの再会が嬉しいのだろう、表情に花を咲かせていた。


 自分はすでにノネームお兄ちゃんに逢って、二人だけの時間を共有している。

 だから割って入るつもりは毛頭なかった。


 実際、割って入らなかった。

 でも、何を話しているのかなぁって気になって、鳥のまま近くに寄って二人の会話を聞いていた。


 盗み聞きなんてよくない。

 そう思いつつどうしても欲求に抗えなかったのは、もしかしたら知りたいことを話すかもしれないという期待からだった。


 そして――



<あ、ところでノネームお兄ちゃんって結婚してるの?>




 こんなに嬉しかったのは、ギフトの封解がされたとき以来だろうか。

 いや、ノネームお兄ちゃんと再会したことのほうが嬉しいので、一日以来である。


「でも、ノネームお兄ちゃんってどんな女性がタイプなんだろう」


 ノネームお兄ちゃんが結婚していないからといって、自動的にアイーシャにお嫁さんの権利が与えられるわけではない。

 それはノネームお兄ちゃんのタイプの女性に付与される特権なのだ。


「ノネームお兄ちゃんのタイプ……か。なんだろう。すごい知りたい」


 そこでアイーシャは思い出す。

 今日の夜、メレディアが部屋にノネームお兄ちゃんを招待するようなことを言っていたのを。


 ノネームお兄ちゃんが結婚していない事実を知ってからの話はほとんど頭に入っていない。

 だけど、確かそのようなことを口にしていた気がする。

 

 そういえば、おぼろげながら手料理を振舞うとも耳にした記憶がある。

 メレディアは料理が上手だから、ノネームお兄ちゃんはさぞかし喜ぶだろう。


 そうだ。

 逢ってタイプを聞くなら、自分もメレディアの部屋に行けばいい。

 

 でも迷惑かもしれない。

 何度もメレディアの部屋には行っているが、誘われてもいないのにお邪魔するのはどうかと思う。


 でも行ってノネームお兄ちゃんのタイプを聞きたい。

 ううん、だめ。迷惑だから。


 でも。

 ううん、だめ。

 でも。

 ううん、だめ。

 でも。

 ううん、だめ。

 でも。

 ううん、だめ。

 でも。

 ううん、だめ。

 でも。

 ううん、だめ。


 でも――っ。

 ううん、絶対に、だめっ!!

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