第21話 アリだと思ってる
「ここでいいんだよな」
ミルディンはメレディアに言われた場所、サンジュメール城の中庭に立っていた。
季節が季節なのか、色とりどりの花が咲いていて目を楽しませてくれる。
鳥がさえずり、蝶がひらひらと舞い、平和そのものだ。
とはいえ、自分には似つかわしい場所でどうにも落ち着かない。
メレディアはいつ来るのだろうか、とそわそわし始めたとき、
「ノネームお兄ちゃぁぁんっ」
背後から聞こえる声。
これはメレディアだ。
やっと来たかと振り返ると、全速力で走ってくるメレディアがいた。
「わっ」
メレディアはそのままミルディンに突っ込むと、抱きついた。
小柄ながらも、なかなかの威力。
ミルディンは倒れまいと踏ん張った。
「……やっと、やっと逢えた。ずっと逢いたかったんだよ」
今にも泣きそうな、そんなかぼそい声。
黒の間で会ったときは周囲の目もあり、自分を抑えていたのだろうか。
ミルディンは抱きしめていいものかと、手をメレディアのそばでワキワキさせる。
最終的には、背中をとんとんと優しく叩くに留めた。
「ごめんな。長い間、メレディアの気持ちも知らずに」
メレディアが顔を上げる。
頬を涙が――伝ってなくて良かった。
というより、ほっぺたを含まらせてプンスカって感じだ。
あれ? 怒ってる??
「あのときはどうしていきなりいなくなっちゃったのっ? お礼を言いたかったのに、いなくて言えなくて。それが辛くて、だからわたしこの一一年間、ずっと塞ぎ込んでいたんだから」
ずっと塞ぎ込んでいた。
もしかして、ラヴィニスの言っていた病んでいる子ってメレディアなのか――?
ミルディンは腰を曲げて頭を下げる。
「すまんっ」
「え?」
「メレディアが病んでいるのは俺のせいなんだよな。まさかそんな状態だなんて露知らずの俺はある意味で無責任だった。その病の治療にはいくら掛かるんだ? 心の病がすぐに完治するとは思えない。治るまで俺が金を払うし、傍にだっている。だから――ッ」
「ち、ちょっと待ってっ。ノネームお兄ちゃん」
メレディアが叫んで俺を制止する。
ミルディンはゆっくりと顔を上げた。
複雑な表情を浮かべているメレディアがいた。
「メレディア……?」
「え、えっと、まず最初に……わたし、病んではいないよ。なんか勘違いさせてしまったのなら、わたしも謝る。ごめんなさい」
メレディアがぺこりと頭を下げる。
「あれ、そうなの? 塞ぎ込んでるって言ったからつい……」
「あれは、それくらいノネームお兄ちゃんに逢いたかったっていう例えであって、塞ぎ込んでもいないよ。大体、塞ぎ込んでいたら魔導士にだってなれるわけがないし」
そういうことかとミルディンは合点がいく。
すると病んでいるのはダニカのほうか。
「そうか。ただ、メレディアの気持ちを汲むこともなく今の今まで来てしまったのは事実だし、そこは本当にすまなかった」
「ううん、もういいよ。次はわたしの番」
メレディアが居ずまいを正す。
「あの日、ヘルハウンドに襲われたとき絶対死んだと思っていたし、ダンジョンを出るまでに死ぬとも思ってた。だから今こうして生きているのは奇跡だと思っているし、その奇跡を起こしてくれたのはノネームお兄ちゃんなんだよ? あのときは本当にありがとうね、ノネームお兄ちゃんっ」
「ああ。俺もメレディア達を助けることができて本当に良かった。俺に妹はいないが、いるとしたらあのとき助けた四人がそんな感じだからな。すくすく育っているようで何よりだ」
「妹……って思ってるの?」
メレディアが承服しかねるという表情でミルディンを見詰めている。
「そ、そうだが……あ、ごめん。なんか気持ち悪いよな。勝手に妹とか思ってて」
「そうじゃなくて、わたし、ノネームお兄ちゃんのことお兄ちゃんって呼んでるけど、それはそう呼んでいるだけであって、アリだと思ってるから」
アリ?
有りか?
では何が有りなのだろうか?
「ノネームお兄ちゃんって、何歳なの?」
「? 三五だが」
「うん。やっぱりアリだよ。だってわたし二一だし、親子ほど歳が離れているわけじゃない。それに血が繋がっているわけでもないから、やっぱり妹というのも違うと思う」
なんとなく嫌な予感がするのはなぜだろうか。
話が変な方向に行きそうなので、変えたほうがよさそうだ。
「ち、ちゃんと魔導士になれたようだな」
「え?」
「メレディアと会って話して思い出したんだよ。当時メレディアが魔導士になりたいって言っていたこと。そして実際になれた。しかも王覧剣檄の回復役にも抜擢される優秀な魔導士に。あれから修練したんだな」
メレディアは突然の話の変換に戸惑いを見せたものの、乗ってきてくれた。
「うん。たくさん修練したよ。あの日、ノネームお兄ちゃんが、〝メレディアには魔法の才能がある。だから魔導士になったほうがいい〟と、わたしの道を示してくれたおかげだよ」
確かにそう言ったのを思い出す。
なぜ言ったのかといえば、メレディアに魔法の才能を感じたからだ。
あの日、悪鬼羅刹のダンジョンを進む過程で見つけた魔光石。
魔光石は、触れて魔力を流し込むことによって光を発する石なのだが、メレディアが握っていた魔光石はとにかく長い間光り続けた。
おかげで昼のような明るさが長時間続き、気持ちも明るくなったものだ。
そのとき、ミルディンは確信したのだ。
魔力の総量の多いメレディアは優秀な魔導士になると。
そして実際になったのだ。
命がけのダンジョン攻略を共にした仲間の成長が、心の底から嬉しいミルディンだった。
「おめでとう。俺もなんだか鼻が高いよ。道を示しただけだけどな」
「そんなことないよっ。あのとき、時間を見つけては魔法の使い方を教えてくれたよね。それが今でもわたしの基盤となっていて、だからぜーんぶ、ノネームお兄ちゃんのおかげ」
「全部ってことはないと思うけどなぁ」
ミルディンは頭をぽりぽりと掻く。
それにしても、
ラヴィニスは剣。
アイーシャは精霊術。
そしてメレディアは魔法と、みんな得意な分野で結果を出していて凄いの一言だ。
ゾショネルの仔だからというのももちろんあるが、それだけで成功できるものではない。正に努力の賜物なのだろう。
俺はどうやら、とんでもない少女達を救っていたようだ。
ミルディンは最後の一人であるダニカに会うのが、今から楽しみで仕方がなかった。
彼女はどう、成長しているのかと――。
「それで、ね。ノネームお兄ちゃんに感謝をしてもしてもし足りないから、手料理を振舞いたいと思ってるんだけど、今日の夜、魔導士舎のわたしの部屋に来れるかなぁ?」
「え? メ、メレディアの部屋にか?」
「うん」
唐突なお誘いに困惑するミルディン。
しかし断る理由もなく、分かったと答えていたのだった。
「あ、ところでノネームお兄ちゃんって結婚してるの?」
「いや、してないが」
「そうなんだーっ」
ほっとしたような姿を見せるメレディア。
そんな彼女と手料理の件に関して詳細を詰めていたとき、すぐそばから一羽の鳥が飛んでいった。
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