第20話 戦いの勝者は


 あっぶねぇぇ。


 タイミングが僅かでも遅かったら、体が二つに分裂していたところだった。


 決して油断していたわけではない。

 バールゼフォン・ウォッツが強者であるのは、立ち振る舞いで分かっていた。

 おそらく、先日戦った串刺し王ヒュラ・ドを軽く超えてくることも。

 

 事実、バールゼフォン・ウォッツはミルディンの予想を裏切らなかった。

 もちろんギフト封解はしているだろう。

 しかも、潜在能力の一〇〇パーセント発動状態に完璧に慣れていると思われた。


 ブルームとはまた違う修練の賜物。


 これが王腕騎士隊の実力。


 いたのか。

 ダンジョンの外にもこんな奴が――。


「いや、すごいよ、あんた。一〇年ぶりにマジで心臓掴まれそうになったからね、今」


「ふん。こっちとしては鷲掴みにして握り潰したつもりだったんだがな。お主もやるではないか」


「お礼といっちゃなんだが」ミルディンは剣をやや後方へ下げると「――腕を一本貰おうか」


 足の裏に全ての力を込めて、反動で体を前に押し出す。

 助走を必要としない全速力が、バールゼフォン・ウォッツとの間合いを一気に詰めた。


 下からの切り上げが、獣皇の剣を持つバールゼフォン・ウォッツの右手を切断する。

 ――はずだったのだが、剣で弾かれた。


 ミルディンはそのまま、休むことなく攻撃を続ける。

 

 左手がダメなら右手を。

 右手がだめなら左足を。

 左足がだめなら右足を。

 右足がだめならまた左手を、と。


 数回ほど剣が肉を斬る感触はあったが、切断には至らない。

 蒼の焔を纏った剣ならそれだけでも激痛が走るはずだが、バールゼフォン・ウォッツの表情にその気配は一切なかった。


 ミルディンは四肢のいずれかを切断する気でいた。

 それでこの戦いを終えることができるのならと思っていたのだが、やはり剣に迷いが生じていたからだろう。


 

 

 モンスターは数え切れないほど斬り殺してきたが、人間は殺すどころか、部位の切断だってしたことがなかった。

 なぜならミルディンは戦争には一切関与せず、ダンジョン攻略一辺倒だったからだ。

 

 さすがにモンスターのようにはいかないか。


「その剣技。並の剣士を遥かに超えている。が、脅威というほどでもない。剣聖とはその程度で名乗れるものなのか」


「俺が自分で名乗ったわけじゃな――」


「はあああああっ!」


 ミルディンの言を遮り、バールゼフォン・ウォッツが獣皇の剣を豪快に振り回す。

 しかしその剣の軌跡はでたらめではなく、一振り一振りが全てミルディンを即死させんばかりに正確だった。


 避け、弾き、隙を付いては攻撃へと打って出る。

 だが、確実に追い込まれている。


 簡単なことだ。

 

 戦争で人を斬り慣れているバールゼフォン・ウォッツには、ミルディンを殺すことへの躊躇いが一切ないからだ。


 いや、躊躇えよ。

 これ、殺し合いじゃなくて王覧剣檄だろ。


 明かに殺意をほとばしらせているのに、誰も止めようとしない。

 距離を取って王を見るミルディン。

 王はあごひげを撫でながらご満悦の表情を浮かべていた。


 じじいも止める気なしかよ。


「余所見とはなッ」


 勝機と見たのか、バールゼフォン・ウォッツが剣を大きく振りかぶる。

 王に移した視線を再びバールゼフォン・ウォッツに戻すまでの、ほんの一瞬。

 その隙を赤髪の王腕騎士隊は見逃さなかった。


 ヤバい――ならばッ。


「食らえぃっ、獣皇雷牙斬らいがざんッ!!」


「弐の技――ごう


 電撃を走らせるバールゼフォン・ウォッツの獣皇の剣と、威力を大きく増幅させたミルディンの剣がぶつかる。


 剣と剣がこすれ合い、いびつで耳障りな管楽器のような音が鳴り響く。

 蒼の焔が電撃を防ぎ、聖剣のごとき剣身の硬度が大剣をその場に押しとどめる。


「むぅぅ、我が奥義を防ぐとは……ッ」


「こっちも押してんだけどな。あんた、強いねぇ」


「まだまだぁッ! ガアアアアアアアッ!!」


 正に猛獣のような顔で、このまま力勝負を続けようとするバールゼフォン・ウォッツ。

 

 そうなったら分が悪い。

 体格の差は如何ともしがたく、ギフト封解と蒼の焔があったとしても、このままじゃジリ貧だ。いずれ真っ二つにされる。


 本当に強い。

 ミルディンに、こんなにも死を意識させる人間は初めてだった。

 

 だが、死と隣合わせというわけでもない。

 ダンジョンで幾度も命を失いかけたミルディンに焦りは生じなかった。

 それがこの王覧剣檄の答え。


「はッ!!」


 ミルディンは剣に凝縮した力を流し込む。

 獣皇の剣が、バールゼフォン・ウォッツの気後れを表すかのように後ろへと下がる。


 生まれた僅かな、機。


 殺す気でくるのならさきにやるしかない。

 相手は人間であると同時に狂暴な獣なのだ。


 ミルディンは剣を滑らせながら横へ体をずらす。

 次に手首を捻って剣を上に斬り上げた。


 肘から上、上腕二陶頭筋で切断されたバールゼフォン・ウォッツの右腕が、獣皇の剣と共に宙に舞い上がる。

 

 腕が地面に落ち、黒い地面に鮮血が飛び散った。


 沈黙の観戦者達。


「勝者、ノネームっ」


 立ち上がった王がミルディンの名を叫ぶ。

 王の始めた手ばたきが観戦者達の拍手喝采を生み出し、やがて黒の間が歓声に包まれる。


「……俺の負けだ。ノネーム卿、貴公は今から我ら王碗騎士隊と対等なり。剣聖であることを誇れよ」


 右腕の切断面から血を流しながら、顔色一つ変えないバールゼフォン・ウォッツ。

 もしかして、痛みを感じない能力がブルームしているのだろうか。


「認めてもらったようで、なにより。それはさておき……おーいっ、早く来てくれ!」


 ミルディンは四方に立っている、魔導士を呼ぶ。

 一番近い南の魔導士が最初に来て、バールゼフォン・ウォッツの右手を拾う。

 慣れているのだろう、切断された腕を持つことに抵抗がないようだ。


 腕の切断面を合わせるようにすると、集まった三人の魔導士が一斉に回復の魔法を唱える。


 腕と腕の合わせ目が目立たなくなっていき、しばらくするとバールゼフォン・ウォッツの腕は自然な形で元の場所に収まった。


 すると魔導士の一人がミルディンのほうへぱたぱたと走ってきた。


「お怪我はありませんか?」


 橙色のふんわりボブカットの女性魔導士。

 つぶらな瞳に小柄で一見すると少女のようだが、幼さは感じられない。

 こう見えて二十台前半なのかもしれない。

 

 動きやすさを重視した膝上の白いローブの下には、健康的な足が見える。


「俺は大丈夫だよ」


 ミルディンがまぶしいそこから目を逸らすと、再び女性魔導士の顔。

 彼女はにっこり笑うと、こう言った。


「なら良かったです。


 ――っ!


 ああ、そうか。

 ラヴィニスが言っていた。

 

 残り二人のうち、メレディアは魔導士をやっていると――。

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