第18話 久しぶりのドレス


「よし、多分、これで大丈夫」


 ラヴィニスは自分の恰好にようやく、合格を出した。

 

 普段はお洒落などほとんどしない。

 それは単に、お洒落をする必要のあるシチュエーションがないからであり、それがあるならラヴィニスだってお洒落に気を遣うのである。


 だからといって、着替えの場所が宿屋になるとは……とラヴィニスは失笑する。

 

 ラヴィニスは銀狼騎士団団長という立場ゆえ、城の中に自分の部屋を持っている。

 だがさすがに、その部屋で着替えて城を出ていくという勇気はなかった。

 

 普段、甲冑姿か簡素な服で歩いているラヴィニスがドレスを着用して歩いていたら、何事だと思われてしまう。

 自意識過剰かもしれないが、他者に余計な詮索をしてほしくはなかった。



 ◇



 市門へと着いたラヴィニス。

 衛兵に顔を見られたくなくて、少し離れたところで待機。


 ノネームお兄ちゃんはこの格好を見て、どんな感想を抱くだろうか。


 可愛いでも素敵でも似合っているでも、どれでもいいから言ってほしい――。


 宿屋の水時計から推測するに、時間的にはもうすぐ十九の刻だ。

 もうそろそろノネームお兄ちゃんは来るだろう。


「ラヴィニス、なのか?」


 っ!?


 反射的に振り向くと、そこにはノネームお兄ちゃんがいた。


「ノ、ノネームお兄ちゃんっ。こ、ここ、こんばんは」


 いつの間に後ろにいたのだろうか。

 全く気配を感じなかった。


 再び逢えた嬉しさと驚きからの鼓動の高鳴りが、同時に胸を打つ。


「ああ、こんばんは。も、もしかして待たせてしまったか? だとしたら悪い」


「い、いえ。私もさっき来たところですので」


「そうか。なら良かった。……ところで、そのドレス。可愛くて素敵だね。とてもラヴィニスに似合っていると思う。うん」


 全部、言ってくれた!

 しかも、こちらから聞いてないのに。


 嬉しい。

 だが恥ずかしくもあり、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。


「あ、ありがとうございます。あっ、そ、そういえば、あのとき現れた王の影は偽物だったとか。王腕騎士隊のビラル卿に聞いて知りました。ビラル卿は特に問題にはしないと言っていましたが、その偽の王の影は一体誰だったのでしょうか」


「ああ、あれはアイーシャだった」


「えっ? そうだったのですか」


「ああ。俺とその、早く会いたいとかで、偽王の影になったらしい。ラヴィニス同様、彼女も立派に成長していたな」


 そういえば、アイーシャは精霊操術師だった。

 実力者でもある彼女なら偽王の影に変化するのもたやすいだろう。

 しかし、あの親友がそんな大胆なことをするとは思わなかった。


 ぐうううううう。


 なんの音かと思ったら、ノネームお兄ちゃんがお腹を押さえている。


「ふふふ。お腹、空きましたよね。食事、一緒にいかがですか」


「だな。ラヴィニスのおすすめの店があるなら、そこがいいかな」


 この流れは想定の範囲内。

 ラヴィニスは、調べておいた店までの道のりを頭の中でシミュレーションした。


 男性と食事をするのはいつ以来だろうか。

 半年ほど前に、ガストンに誘われて食べたのが最後のような気がする。

 

 あのときガストンは、〈ある女性を食事に誘った際の会話の練習のためにラヴィニス団長を誘ってもよろしいでしょうか〉というよく分からない理由で誘ってきたが、その後、ある女性とはどうなったのだろうか。



 ◇



「ふぅ、食べた食べた。うん。うまかったね、肉」


 ノネームお兄ちゃんは本当に満足そうだ。

 海辺の近くに住んでいるから普段はおそらく魚料理が多い。

 だから敢えて肉料理を選んだのだが、正解だったようだ。


「ふふ。満足できたのなら良かったです。……あの、それで、さっきの話、あれは本当なのでしょうか? 王腕騎士隊ウォッツ卿と王覧おうらん剣檄けんげきを行うというのは」


 王覧剣檄。

 すなわち、王の御前で剣による主張をぶつけ合う試合。

 ぶつけ合わずとも片方が主張を通したいときでも、王が了承すれば行える試合であり、今回の場合はバールゼフォン・ウォッツ卿の主張が発端となった。


 ノネームお兄ちゃんは頬をぽりぽりと掻くと、


「らしいね。どうやらそのウォッツ卿は、俺が王の元で働くことに断固反対という態度を示しているらしい。多分、同等の地位ってのが気にくわないんだろうなぁ」


 ノネームお兄ちゃんの通り名である覆面の剣聖。

 今は覆面をかぶっていないので剣聖だが、それが〝王の腕〟と同等の地位。


 さきほど聞いたときは驚いたが、それ以上にラヴィニスは嬉しかった。

 ノネームお兄ちゃんがしばらく王都に滞在してくれることに――。

 

「ウォッツ卿にノネームお兄ちゃんの実力を示せば、あの方も……いえ、ほかの王碗騎士隊の方達も納得されるでしょう。ここだけの話、全力でノネームお兄ちゃんの応援をさせてもらいますね」


「そいつは嬉しいね。かっこ悪いところを見せないようにしないとな」


 ノネームお兄ちゃんが葡萄ぶどう酒をぐいっと喉に流し込む。

 その姿を眺めながら、ラヴィニスは考える。


 今、ダンジョンでは何が起きているのだろうかと。

 先日、潜ったヨーク断崖のダンジョンでのイレギュラーリポップ。

 出てきたのは、クラスAダンジョンのボスにはあまりにも不釣り合いな強敵、串刺し王ヒュラ・ドだった。


 ノネームお兄ちゃんが王から聞いたとされる、〝ダンジョンの異変〟の一つであることは間違いないだろう。


 ノネームお兄ちゃんが王の頼みを断り切れなかったのも、ダンジョン絡みだからだと言っていた。

 全てのダンジョンを攻略し、知り尽くしたからこそ放っておけないのかもしれない。



 ◇



 店を出ると、暖かな夜風が体を包み込む。

 ディアの季節はラヴィニスが一番、好きな季節だった。


「さてと、帰るとするか。ラヴィニスは城か?」


「そ、そうですね。城に自分の部屋を持っていますので」


 城に戻る前に、普段の服に着替えるために一度宿屋に寄ることは敢えて話さなかった。言う必要がないと思ったから。


「そっか。ああ、そうだ。ダニカとメレディアの情報ありがとうな。そういえばダニカは泣き虫だったが、あいつがどう成長したのか今から楽しみだ」


「ええ、ダニカも同じように楽しみにしていると思います。それとダニカはもう泣き虫じゃないですからね。それどころか……」


「それどころか?」


「いえ、なんでもないです」怪訝な表情のノネームお兄ちゃんだが、ラヴィニスは先を続ける。「あの、ノネームお兄ちゃんはどこに宿泊してるんですか」


 滞在というからには、どこかに宿泊しているはずだ。


「俺か? そこの通りを行って右に曲がったところにある宿屋だ。王は城に部屋を用意してやるって言ってくれたんだが、どうにも落ち着かないんでね」


 ……宿屋?

 私が着替えに使った宿屋は、そこの通りを行って右に曲がったところだけど――、


 それって同じ宿屋では!?


「あの……その宿屋の名前って、もしかしてグレゴリーの家、ですか」


「ん? ああ、そんな感じだったよ。それがどうかしたのか」


「い、いえ」


 やはり同じだ。

 

 少しでも時間がずれていたら、部屋をでるときに鉢合わせていたかもしれない。

 そこに不都合はなくても、多大な気まずさがあったのは間違いない。

 本当に危なかった。

 

「ラヴィニス。今日は楽しかったよ。何か用があったら宿屋にきてくれ。しばらくはそこに滞在しているから。それじゃ」


「あ、はいっ。私も凄い楽しかったです。おやすみなさい」


 ノネームお兄ちゃんが手を振って去っていく。

 

 ラヴィニスはどこかで時間を潰して、あとでこっそり戻ることにした。

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