第17話 王とミルディン


「ではこの部屋でお待ちください。王を呼んできますので」


 ヌミトール・ビラルはそう言い残すと、去っていく。

 が、二、三歩進んだところで、こちらに振り向いた。


「それで結局、ノネームさんって何者なんです?」


「ん? なんだ、いきなり」


「いえ。だってノネームって偽名ですよね? ノーネーム名無しをもじってノネーム。誰だって分かりますよ」


 ――誰だって。

 だとすると、ラヴィニスとアイーシャも気づいているのだろうか。

 あのとき咄嗟に言ってしまって今に至るわけだが、あまりにも安易すぎたかもしれない。


「だがしかし、ノネームだ。名前など単なる識別にすぎんからな。ノネーム=俺となればそれでいい」


「そうですか。まあ、僕もあなたみたいなおっさんの名前には興味はないですけどね。ただ本名を隠す理由には多大な興味があります」


 ヌミトール・ビラルは暫し、ミルディンのことを熟視したあと、


「――それでは失礼します」


 笑顔を浮かべて今度こそ、去っていった。

 

 どうにもつかみどころのない男だった。

 おそらく歳は二十台半ば。

 だとしたらその若さで王腕騎士隊の一員とは、かなりの実力者だろう。


 自分の死と引き換えにミルディンの腕を頂くと言っていたが、あれはおそらく謙遜。

 もしも戦えば、その逆の結果になるというのが本心かもしれない。


 ま、どう思うのも勝手だがね。

 それはさておき――。


 ミルディンは案内された、サンジュメール城のとある部屋を見回した。

 

 隅々まで掃除の行き届いた豪奢な空間。

 上等な客室だろうか、あまりにも広くきれいすぎてどうにも落ち着かない。

 リザリクと共に住んでいた平凡な家が恋しくなるミルディンだった。


 しばらくすると扉が開く。

 そこに立っているのは聖国ファナティアの頂点に位置する者、グラント王そのものだった。


 王は目を見開くと、部屋に入り、ゆっくりと扉を閉める。

 そして一呼吸置くと、


「久しいな、ミルディン、よ。元気そうで何よりだ」


「そう見えますか? だったらあなたの目は正しい。俺はめちゃくちゃ元気ですよ」


 王の柔和な顔が相好を崩し、好々爺こうこうやのようになる。

 

 王都ノルンから離れて一二年。

 王の威厳を感じさせながらも、親近感を沸かせるその風貌と雰囲気は健在のようだ。

 こんなにも臣下と民に愛される王は二度と現れないかもしれない。


「しかしお前が覆面の剣聖だったとはな。あまりにも王族らしからぬ恰好をしておったので、全く気付かなかったわ」


「世を忍んでダンジョンに潜ろうってのに王族らしい恰好などしませんよ。その王族らしからぬ恰好のおかげで、俺は自由気ままに生きることができた」


 覆面を付け始めたのは、ダンジョンに潜り始めて一年と少し経った頃だった。

 

 初めてクラスSSのダンジョンの攻略したとき、それが誰なのだと知ろうとする人間が多々現れた。

 万が一にも、ミルディンの素性を知っている人間がその中にいたらと危惧し、隠すことにしたのだ。

 

 王が近くの椅子に腰掛ける。

 ミルディンは王の目の前に来るように立った。


「お前が王都から出ていって一二年か。なぜ出ていった? 妾の子とはいえ王族。貴族としての地位も与え、決して無碍むげな扱いはしなかったはずだ。――なぜだ?」


「俺の生き方に合わなかった。ただそれだけですよ。母さんが病死して、一人になったとき、いいタイミングだなって。それで」


「そうか。……わたしはアロセールの葬儀に出ることはなかった。それは恨んでいないのか?」


「まさか。王が妾の葬儀にでるわけにはいかんでしょう。妾とはいえ母さんは人並み以上の生活を送ることが出きた。母さんはあなたには感謝していたし、俺も同じですよ」


「ではなぜ、わたしに会うことを拒んだ? くっくっく、知っているのだぞ。わたしは千里眼の持ち主だからな」


 ミルディンも思わず口元を緩めてしまう。

 王のくだらない冗談も健在のようだ。


「ふ、それは映像配信を通して、でしょう。……あなたに会うのを拒んだのは、こういった二人だけの状況がこっぱずかしいから――ってのもありますが、別の意図も感じ取ったからですよ」


「別の意図か。お前は相変わらず勘が鋭いのう。その話は後回しにするとして、ミルディンよ、お前は結局こうしてわたしと会ってくれた。それには感謝するが、それは〝ついで〟みたいなものだろう。お前が王都に来た最大の理由はなんだ?」


 王が口角を上げてニヤリと嗤う。

 嫌な傾向だ。


「以前、ダンジョンで助けた少女達が俺に感謝の言葉を伝えたいというので、それで来たんですよ。映像配信を見ていたなら知っているでしょう」


「そこはな。しかし、お前の本心は別のところにあるのだろう。ん?」


「本心? 言っている意味が分かりませんが」


「成長した少女達と会い、気に入った一人を嫁として迎え入れる算段なのだろう」


「は??」


 王が手をぶんぶんと振る。


「いやいや、とぼけんでもいい。お前がその年でまだ独身だということは知っておる。エルフとの同棲で何不自由なく生活しているといっても、等しく歳を取っていけるわけでもない。何より同性だ。そこでお前は至極当然の考えに行き着いた。異性を伴侶として迎え、愛を育み、優れた遺伝子を後世に残したいという。そうなんだろ、ミルディンよ」


 このじじいは何を言っているんだ??


「やっぱり何言っているのか分かりません。俺はそんなつもりで、彼女達に会いにきたわけでは――」


「ラヴィニス団長が今のところ、筆頭候補か? ん?」


「はい?」


「ラヴィニス団長はいい剣士だ。強く聡明で美しく、正に銀狼騎士団の団長に相応しい。しかし、だからこそ彼女を団長のままにしておくのは惜しいとも考えている。彼女の優秀な遺伝子は、前団長のように後世に残していくべきなのだ。そのために婚姻は必須と考えており、その相手がお前なら申し分ないだろう」


 じじいの暴走が止まらない。

 アイーシャを含めたほかの三人へ言及する前に止めたほうがいいだろう。


「王よ。その話はまた後日でも? 正直、戸惑っていまして、まともに話ができそうにありませんので」


「む? そうか。ならまた別の日にするか」


「ええ、お願いします。それで話は戻りますが、別の意図とは? 隣国ガーランド絡みですか」


 王の表情にピリッとした緊張感が刻まれる。


「いや、違う。ガーランド国とは近々、休戦協定を結ぶ予定だ。お互い、戦争などしている場合じゃなくなってきてな」


「と、言いますと」


「各地のダンジョンに異変が生じている。クラスに見合わないモンスターが発生し、中にはダンジョン外に出てくる奴もいる。このままではいずれモンスターが地上を蹂躙じゅうりんし、人類が駆逐されかねない。だからお前を呼んだ。クラスSSSダンジョンを唯一攻略し、ダンジョンを知り尽くしたお前をな」


 王が立つ。

 しわがれた手がミルディンの手を掴んだ。


「今からお前の剣聖という通り名は、王腕騎士隊の称号である〝王の腕〟と同等とする。頼む。わたしに力を貸してくれ」

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