第16話 結婚適齢期


「あれ? おかしいですね。もう一人いたと思ったのですが」


 現れたのはやはり王腕騎士隊だった。

 ミルディンがまだ王都ノルンにいた頃と、何一つ変わらない黄金の甲冑。

 着用する者は強者と権威の象徴であり、誰もが畏敬の念を抱く王の側近。

 

 全部で六人いたはずの彼らは基本、単独行動であり、特定の部下を持つことはない。

 なんらかの問題に対処する際、大抵は自らの力のみで解決してしまうからだ。

 

 過去ミルディンの聞き及んだ話では、敵兵三〇〇人を一人で倒したとか、ファイアドラゴンを倒したとか、SSダンジョンを攻略したとか、その手の武勇伝は枚挙にいとまがない。


 それが事実かどうかは知らないが、強者であることには違いなかった。


「そこら中に人外兵の残骸もすごいですし、これはやっぱり誰かいたと思うんですよねぇ」

 

 全体的にうすっぺらい顔の中にある、まるで閉じているかのような糸目。

 屈強には程遠い細身の体と、全くいっていいほど威厳を感じさせない雰囲気。

 一見して強者とは思えないが、ミルディンの目はごまかせない。


 この男、相当な手練れだな。


「おかしいなぁ」男の視線がミルディンに向く。「――何か知ってます? 元覆面の剣聖さん」


 やはり、俺のことは知っていたか。


「いや。俺が来たときにはこうなっていたからな。こりゃ、一体なんなんだとこっちが聞きたい」


「おや、それはおかしいですね。炎の精霊イフリートを両断するあなたがいたということは、イフリートを召喚する誰かもいたはずですから」


 ――こいつ、どこからか見てたのか?


「ハミルトン卿に聞きましたが、そもそも、あなたを連れていった偽物の王の影はどこにいったのでしょうか。あの馬で来たのではないですか」


 と、アイーシャが乗っていた馬を指さす男。


 どう切り返したものかと逡巡していると、


「ま、どうでもいいです。あなたを見つけられたので」


 そこで何かに気づいたように、男が続ける。


「あ、すいません。名乗っていませんでしたね。僕は王碗騎士隊のヌミトール・ビラルと言います。以後、お見知りおきを。ところであなたはなんとお呼びすればいいでしょうか」


 名前、か。


「ノネームと呼んでくれ。それが俺の名前だ」


「ノネームさん、ですか。ではノネームさん、一緒に王のところへ参りましょう」


 にっこりと笑う、ヌミトール・ビラルと名乗った男。

 

「嫌だと言ったら?」


「ふふ。ベタな返しをしますね。でもそうですね。もしノネームさんが嫌だと言ったら、僕は死んであなたは腕を一本失うかもしれませんね」


 ヌミトール・ビラルの左目がうっすらと開き、鋭い眼光がミルディンを射抜こうとする。


「そいつはごめんだな。しょうがない。王に会うとするか」


 結局こうなるのだなと、ミルディンはため息を吐いた。



 ◇


 

 妖の精霊にお別れをしてアイーシャは元の姿に戻る。


 狭間の館周辺には誰もいない。

 本来であれば精霊との対話やその他知識の吸収に費やす時間だったが、アイーシャは我慢できずに狭間の館を飛び出ていたのだ。


 あの日、アイーシャはラヴィニスの映像配信を見ていた。

 覆面の剣聖が映っていたことそのものが驚きだったが、更なる驚愕はそのあとにあった。


 覆面の剣聖が覆面を脱ぐと、そこにはずっと逢いたかった人がいたのだから。


 ノネームお兄ちゃんは元々精悍な顔立ちだった。

 だがそこに一一年という時が乗り、深みが増した素敵なおじさまになっていた。


 だから、ラヴィニス率いる銀狼騎士団がノネームお兄ちゃんを迎えにいくという情報を手に入れたとき、歓喜した。


 アイーシャはすぐに作戦を立てた。

 コリ鳥の視界を借りて、ラヴィニスがノネームお兄ちゃんを連れて市門に近づいているのを確認したら、自分も鳥となって市門に向かう。


 そのあと王の影に姿を変えて、手配していた馬に乗り、ノネームお兄ちゃんを迎えにいく。


 悪いことをしていることは分かっていた。

 でも、どうしても早く逢いたいくて――。


 果たして再開したノネームお兄ちゃんは、あのときのようにに強く、優しく、逞しかった。

 

 そして改めて気づいた。

 彼への想いが今だ色褪せぬまま健在だということに。


 高揚感に心地よさを抱きながら、アイーシャは狭間の館に入り、自分の部屋に戻る。


「あれ? アイーシャどこに行ってたの? なんどかノックしたんだよ。一緒に勉強しようと思って」


「ふえっ?」


 背後から急に声を掛けられて、変な声がでるアイーシャ。

 見れば、友達のマーリがきょとんとした顔のあと、プッと噴き出した。


「何、今のー。何か悪いことをしてきた帰りを見つかったって感じだったけど。してきたの? 悪いこと? ん?」


 マーリが足早にアイーシャのところにやってきて、眼鏡をくいっとしたのち下から顔を覗き込む。

 歳も同じで仲良しということもあって、詮索に遠慮がないマーリ。


「な、何も悪いことなんてしていませんよ。ただちょっと逢いたい人がいて、逢ってきただけです」


 マーリが両手で口を押えて、瞳を大きくさせる。


「え? なに? それってアイーシャにもようやく好きな人ができたってことーっ? 多くの男性の求愛をことごとくあしらってきたあんたにも、ようやくそういう人ができたかーっ」


「ちょっとマーリ。あしらってきただなんて、人聞きの悪いことを言わないでください。気持ちを伝えてくれた男性にはちゃんと真摯に向き合ってごめんなさいとお断りしてきました。それと多くの男性といっても、二十三人ですよ」


「充分に多いわっ! しかもちゃんと人数覚えてるし。――それで、どんな人なの? イケメン? それともすごいイケメン??」


 イケメン好きのマーリが、イケメンの道具屋の息子と最近いい感じなのは知っている。

 今度こそ、うまくいけばいいのだが。


「イケメンといえばイケメンですかね。一一年ぶりに逢ったのですが、大人の渋みも出ていて……ええ、カッコよかったです」


「は? 一一年ぶりなのっ? 初恋の人に久しぶりに会ったとかそんな感じ?」


「そうですね。言われてみれば、あのときあの人に抱いたのが最初の恋だったのかもしれません」


「それはまたロマンチックだね。あたしらも二二だし、ここら辺で結婚を見据えたお付き合いをしていくべきなのかもね」


「結婚っ!!?」


「うわ、びっくりしたっ。アイーシャってそんなに大きな声出せるんだ。もう、驚かさないでよねー」


 結婚。

 ノネームお兄ちゃんと自分が夫婦。


 みるみる内に顔が熱くなってくるアイーシャ。


 微塵も考えたことはなかった。

 しかし、アイーシャは二二歳で結婚適齢期の範囲内だ。

 実際に、知り合いの何人かはすでに結婚している。


 だったらアイーシャがノネームお兄ちゃんと結婚しても、なんらおかしくはない。


 ――はっ!


 そこでアイーシャは重大なことを見逃しているのに気づく。


「おーい。アイーシャ?」


 

 


 

 怖い。

 だが、聞かなければならない。


 次に逢ったとき、聞こうとアイーシャは決めた。

 アイーシャは両手を握りしめて祷る。


 お願いします。

 全能神ゾショネル。

 どうか、ノネームお兄ちゃんが未婚であることを信じているわたくしの願いを叶えてください。

 

 なんならギフトも返していいですから――。


「おーい……?」

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