第14話 精霊操術師の正体


 ラヴィニス達と別れ、ミルディンは王の影に付いていく。


 ノネームお兄ちゃんか。

 

 名前を言いたくなくて、名無しノーネームをもじったノネーム。

 一緒にいたところでたった数日だからと適当に付けてしまったが、まさか一一年経ってその名前で呼ばれるとは思わなかった。


 ミルディン・ロシリオン。

 それがミルディンの本名だが、それを聞いただけで〝隠された真実〟に気づく者はほぼいないといっていいだろう。

 

 だったら、さっさと自分から名乗ったほうがいいだろうか。

 いつまでも偽名で呼ばせるのもどうかと思う。

 しかも、〝お兄ちゃん〟と誤解を招くような呼称付きだ。


 いや、〝ノネームお兄ちゃん〟が〝ミルディンお兄ちゃん〟に変わるだけか。

 だったら愛着のあるノネームお兄ちゃんのままでいいという話になる。


 とりあえず、本名がばれるまではそのままでいいか。


 そう結論づけてミルディンは、王の影に声を掛けた。


「ところで城とは方向が違うようだが、俺をどこに連れて行こうとしているんだ? というより――?」


 王の影の乗る馬がピタリと止まる。


 当の王の影は背中を見せたまま、黙ったままだ。

 ただ、王の影であれば何ら不自然ではない。

 王の影は元々、人前でしゃべることを是としないからだ。

 

 だがこいつは、王の影ではない。


「俺の知ってる限り、王の影は仲間と一緒に行動はしないはずだが」


 今、ミルディンのいる場所は人気のない劇場前の広場。

 その広場周辺の、柱の裏、壁の後ろ、木の影、屋根の上に、十数人の何者かが隠れている。


 状況的に間違いなく、〝王の影〟をかたる輩の仲間であるに違いない。


「どんな理由か知らんが、こういうのはあんまり好きじゃないな。素性を隠したまま戦いを仕掛けるってフェアじゃないと思わない? だってこっちは、誰かも分からん奴を殺すことになるんだから。あとでそれが自分の親だと分かったらどうする? まあ、俺に親はいないがね」


 刹那、隠れていた連中が姿を現す。


 ――ほう。


 それらは人間ではなかった。

 全てが土や木、或いは石でできた人形だった。

 

 大地の精霊によって命を与えられ、糸のない傀儡くぐつとなった人外兵。

 彼らが一斉にミルディンに敵意を向けた。


 王の影を騙る輩もまた、精霊操術師のようだ。


「ちょっと待て。相手してやるから」

 

 ミルディンは馬から飛び降りると、愛馬クロゥを近くの柱につないだ。


「よし、いいぞ」


 と言った瞬間、人外兵が遅い掛かってくる。

 

 大槌を持った土人形と槍を握った木人形が数体。

 その動きはまるで人間のようであり違和感がない。

 それでいて、人間を凌駕した速度。

 

 ここまでのレベルのものは、精霊との対話が熟達していなければ不可能だ。

 どうやら王の影は、精霊操術師の中でもかなりの使い手のようだ。


 ミルディンに大槌を振り下ろす土人形。

 その剛腕も怪力自慢のモンスターのごとくであり、まともに食らったら即死間違いなしだ。


 しかし、なんてことはない。

 

 左方に体を動かすとひらりと槌の一撃をかわす。

 そこに槍を突き刺してくる木人形。

 槍の軌道を剣で変えると、その槍が土人形を串刺しにした。


 ミルディンは剣で木人形の体をまっぷたつにすると、その先にいる石人形に走り詰める。

 

 土や木の人形に比べて大柄な石人形が、力任せに拳を振り回す。

 が、眼前で飛び上がったミルディンには当たらない。

 ミルディンは空中で体をひねると、落下様に剣で石人形をまっぷたつにした。


「おい、偽王の影。こんな奴らが何体いようと意味はないぞ。何が目的が分からんが、いい加減素性を明らかにしたらどうだ」


 偽王の影は、王の影のごとく口を閉じたままだ。

 いっそのこと、偽王の影の首に剣を突き付けてやろうか。

 しかし、実力者である偽王の影が最後にどんな手を仕掛けてくるのか興味もある。


 うーん。俺って奴は。


 戦いへの熱はとうに冷めたはずなのに。


 

 ◇



 人外兵の残骸が其処かしこに散乱している。

 これは一体誰が掃除するのだろうと、今考えるべきではない事柄が脳裏を過る。


「ふう。全部で一五体か。よくもまあ、こんなにも動かせたもんだ。あんた凄いよ。あのデネブ・ベルデに次ぐ実力者なんじゃないか。あ、ところであの人はまだ師団長やってるのか?」


 ぴくっと体を動かす偽王の影。


 だが、問いに答えることはない。

 代わりとばかりに、偽王の影はこう唱え始めた。


「我はイフリートと契約せし火で心を焦がす者、血の盟約に従い汝の力を授からん」


 女の声。

 詠唱は本人そのものの声である必要があると考えれば、偽王の影はそのまま女ということになる。


 それはさておき――、


 偽王の影の後ろに、上半身のみの巨大なイフリートが姿を現す。

 

 火の精霊、序列二位のイフリート。

 その姿は、見るだけで相手の戦意を喪失させる圧倒的な炎の獣。


 こいつはますます、とんでもない実力者だ。


 ミルディンは剣を横に構える。

 正面から受けて立つために。


「――業火ごうかの咆哮」


 正に咆哮を上げるイフリートが、口から炎を吐き出す。

 食らえば消し炭すら残らない地獄の猛炎。


 だが、


「参の技――ぜつ


 ミルディンは剣を横に一閃する。

 大気を揺るがす波動が突風を伴って、業火の咆哮を切り裂く。

 そしてその先にいるイフリートまでもを両断したとき、勝負は決した。


「できなかったらどうしようかと思ったが、まだまだいけるもんだね。俺の技。――それで、どうする? まだやるのか」


 ミルディンは偽王の影に聞く。

 すると偽王の影は馬から降りると、こちらに歩いてきた。


 敵意も殺意も全く感じられない。


 ミルディンは剣を鞘に収めると、偽王の影が近くに来るのを待つことにした。


 一歩一歩近づいてくる偽王の影。

 その姿が、溶けだす。

 いや、あやかしの精霊の力を解き、本来の姿に戻ろうとしているのだ。


「ずっと――ずっと、あなたに逢いたかった」


 俺に会いたかった? 

 まさか――。


 紺のマントが消え、姿形も変わり、そこに現れたのは凛とした女性。

  

 腰まで伸びた艶やかな黒髪。

 肢体を包み込む紺碧を基調としたローブ。

 そしてその顔はまるで陶器のようにきれいで、一片の瑕疵かしも見当たらないほどに美しかった。


「お久しぶりです。


 透き通った声に懐かしさを覚える。


 やはり、あのとき俺が助けた少女の一人だったようだ。

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