第13話 王の影


「で? なんでラヴィニスはダンジョン配信とやらをしてるんだ? それも任務の一つなのか? リザリクの話を聞く限り、あまり騎士団、しかも団長がやるようなイメージはないんだが」


 王都ノルンへの道中――。

 

 ラヴィニスの右横で馬に乗るノネームお兄ちゃんが聞いてくる。

 ちなみに左隣はガストンだが、彼はノネームお兄ちゃんがラヴィニスに話し掛けるたびに睨みつけていた。


「あ、いえ、私の場合は任務でやっているのではなくて副業なんです。その……色々な要因が重なってちょっと懐が寂しくて」


「そ、そうなのか。はぁ、今は騎士団も生活するために副業をする時代なんだなぁ。そっちのガストン君もやっているのか? 副業」


 ガストン君と呼ばれたガストンが、ピクリと眉毛を動かした。


「ガ、ガストン君だと……っ。私は、私は副業はしていない。ラヴィニス団長のように、剣のほかに才を持ち合わせていないからな」


 ラヴィニスを持ち上げ、さも自分が劣っているかのように見せるガストン。

 

 ところでラヴィニスの心情は複雑だ。

 最初は趣味を充実させるための副業だったが、今はダンジョン配信が趣味のようになっている。

 

 そういった意味では、剣が趣味でもあるガストンのほうが騎士の鏡と言えるかもしれない。

 それはさておき、


「ガストンは副業はしていませんが、休みのときは孤老院で奉仕しているのです。今は険しい顔をしていますが、お年寄り達の前ではとても優しい笑顔を振りまいているそうですよ」


「ラ、ラヴィニス団長、なぜそれを……っ?」


「ヘンリーに聞いたの」


「あ、あいつめっ。ラヴィニス団長に余計なことをっ」


「いやいや実に素晴らしいね、ガストン君。国のいしずえを築いてきた先人達を敬う気持ち。それを騎士業の傍ら、無償で行動に表すなどそうそうできるものではない。本当に素晴らしいよ、ガストン君」


「だ、だまれっ。ガストン君ではなく、ディダーロさんと呼べっ。それと褒めるなっ」


 顔を赤くするガストン。

 なぜ照れる必要があるのだろうか。

 素晴らしい行いであることには違いないのに。


 剣だってラヴィニスに次いで優れているのだ。

 あとは、配信士の少年に対するような高圧的な態度さえなければ――。


「おい、小僧っ。来るときにこんな道を通ったか? よもや、間違えてはいないだろうな」


 頭上の蒼天には、幸せを運ぶ鳥スフートゥが飛んでいる。

 ラヴィニスはスフートゥに感謝の念を送ると、手綱の握りを楽にした。



 ◇



 王都ノルン。

 人、物、富、名誉、権力その他有形無形の財が渦状かじょうの如く集約され、混交と積み重なったそこは、聖国ファナティアの中心。


 日干し煉瓦で作られた高さ二四メード(※メートル)はあろうかという都市城壁。そこに設けられた南の市門が、ミルディン達を出迎える。

 

 一〇数年ぶりに見たが、その南の市門は意匠を凝らした装飾が施され、まるで凱旋門のようだ。


「相変わらず凝った市門だな。戦いに勝利したあとは、さぞかしいい気分で通れるだろうな」


 ラヴィニスがこちらを見遣る。


「やはり王都ノルンは初めてではないのですね。いつぶりなのですか? ノネームお兄ちゃんがここに来たのは」


「ダンジョンをかたっぱしから攻略してやろうと決めたのが一二年前だから、そのまま一二年ぶりかな」


「一二年、ですか。それはまた長い間、リザリクさんと一緒にいたのですね」


「いや、あいつと住み始めたのは三年ほど前からだ。それまではずっと町や村を転々としたり、山小屋や廃教会なんかを住処にしていたな。それこそ世界中のな」


 若さゆえのバイタリティなのか、今となっては真似ができない無謀の数々。

 あの頃のミルディンが今の自分を見たらどう思うだろうか。

 

 つまらない生き方だな――。


 そんな声が聞こえたような気がした。


 ガストンが二言三言、衛兵と会話すると、止まっていた隊列を再び前進させる。


 ミルディンの視界に広がる王都ノルンの内部。

 大通り沿いに大層な家屋が並んでいる。

 周囲には小奇麗な服で身を包んだ裕福そうな市民達。


 通りの先を見遣れば、サンジュメール城が丘の上から威厳に満ちた形象を見せつけている。


 その城に至るなだらかな曲線は、都市の繁栄を現わすかのような立派な建築物で溢れかえっていた。


 ところで、ちらほらと向けられる視線がこそばゆい。

 そこにあるのは混じり気のない好奇、そのものだった。

 

「ごめんなさい、ノネームお兄ちゃん。多分、私の映像配信のせいです。覆面の剣聖の素顔だからとまじまじと見ているのだと思います」


「だろうな。それ以外にこんなおっさんの顔を凝視する理由がない。ま、慣れるしかないさ。あとは別の覆面を付けるか」


「ここでそんなものを付けたら、逆に注目されますよ」


「む、それもそうだな」


 すると前方から馬に乗ってやってくる一人の人間。

 

 その姿は全身を覆うような紺色のマント姿で、顔はフードの影でほとんど見えなかった。

 マントの両脇には王家の紋章が描かれている。

 

 見たことがある。あれは――


「〝王の影〟? 出迎えにきたのか」


 ガストンが独り言のように呟く。


 王の影。

 王の命が危ぶまれる際に、王としてふるまう身代わりの者。

 どこの国にも存在する者であり特段不思議ではないが、客人の出迎えまでするとは思わなかった。

 

「精霊操術そうじゅつ師は知っているな。あの人達は、精霊を操り、自らの姿を別人に変えることもできる。精霊との対話は自らの心との対話とも聞く。いまいち、よくわからんがな」


 ガストンが述べたことは既知の情報だ。

 

 ミルディンが王都ノルンを出た十二年前、精霊操術師師団長はハーフリング族の女性だった。名前はデネブ・ベルデ。

 規格外の姿変しへん化能力を有する彼女はまだ健在なのだろうか。


 ラヴィニスが口を開く。


「王の影殿。まさかあなたが出迎えに来てくれるとは思いませんでした。てっきり、王腕騎士隊の誰かが来ると思っていましたので」


 王の影は何も答えずミルディンを指さすと、指をクイックイッとさせた。

 こっちへ来いということらしい。


 ミルディンは、どうしたらいい? という顔をラヴィニスに向ける。


「王に会っていただけるのであれば従ってください。あ、それと……」


「ん? どうした?」


「ま、またあとで会えますかっ? 今後のことを話し合いたいと思っているのですが。今後のことというのは、ほかの三人に会うための段取りとか、あとはその……それだけなんですが……」


「分かった。久々に会って積もる話もあるだろうし、あとで会おう。十九の刻にこの場所でいいか?」


 ラヴィニスが顔に花笑みを浮かべた。


「はいっ」

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