第11話 いつか出会ったあの人は


 あの日は〝ゾショネルの仔〟四人で、パーザの神殿に向かう途中だった。

 

 ゾショネルの仔とは、ギフトと呼ばれる〝突出したなんらかの能力を有している〟選定された人間のことであり、ラヴィニスもその一人だった。


 ただ、そのギフトを発現させるには十四歳を迎える前に、祝福の儀を執り行わなければならない。

 そのためのパーザ神殿行きだった。


 当時、ラヴィニス十二歳。

 その他の子もラヴィニスと同じか、違っても一つということもあり、皆はすぐに打ち解けることができた。


 普段乗ることのない豪奢な馬車の中で、ラヴィニス達は大いに話し、大いに笑い、思う存分四人での会話を楽しんだ。


 幼さゆえだろう。

 そこに、出自や身分の垣根などは一切なくて、気づけばずっと昔からの親友のようになっていた。


 銀狼騎士四名と御者はいたが子供たちだけの旅行のような感じで、その高揚感も一役買っていたのかもしれない。


 銀狼騎士はもちろんのこと、御者も素性が明らかで信用に足る人物。

 王都ノルンからパーザ神殿はやや距離があるが、何の危険もない道程。

 だから、何事もなくパーザ神殿で祝福の儀をして帰れると思っていた。

 四人でまた会おうね、と笑顔でさようならをすると思っていた。


 大きな地震が発生したのは、緩やかな坂を上っているときだった。

 〝あっ〟と思ったときには、横の崖から地滑りが発生して、馬車の後ろにいた銀狼騎士達が飲み込まれていった。


 次に地震に驚いた馬が暴れて御者が振り落とされた。

 馬は、四人だけになったラヴィニス達を馬車に乗せたまま走り続けた。

 ラヴィニス達はどうすることもできなくて、馬が止まるのを待つしかなかった。


 やがて疲れ切ったのか、馬は止まった。

 一体どこまで来たのだろうか。

 途中から四人で抱き合って外を見ることをしなかったので、全く見当がつかなかった。


 恐る恐る馬車の扉を開けると、そこは岩に囲まれた天井のない空間だった。

 日の光が入っていないにも関わらず、視界が確保できるほどに明るい。

 どうやらそこかしこにある光る苔のおかげのようだった。


 ダンジョン――。


 と誰かが言った。

 そうだ。ここはダンジョン。

 光る苔はダンジョンにしか存在しないのだから。

 

 だとしたら、非常にまずいことになったとラヴィニスは思った。

 ダンジョンには凶悪なモンスターが出現する。

 こんなところにいては絶対にだめだと、ラヴィニスの頭の中で警告音が鳴り響いた。


 おそらく全員がそう思ったのだろう。

 誰に言われるわけでもなく、ダンジョンの入口を目指して歩いた。

 

 道は間違っていない。

 基本、地下に潜っていく作りになっているダンジョンは、上に歩いていけば必ず入口がある。

 

 しかも、一本道だ。

 入口がないわけがない。

 もしかしたら銀狼騎士達が追いかけてきてくれていて、その入口からやってくるかもしれない。


 そんな淡い期待は木っ端みじんに砕かれた。

 

 ダンジョンの入口は、地震による影響なのか岩で塞がっていた。

 ラヴィニス達がダンジョンに入ってから崩落したのだろう。


 こうなったらもう、転移門を使って地上に戻るしか方法がない。

 しかし転移門を使用するにはダンジョンを潜っていき、ボスの間でボスを倒す必要がある。


 武器も持たないひ弱な少女四人にそんなことは絶対に不可能だ。

 非情な現実を目の前にして四人の一人が泣き出す。その一人を大丈夫だよと励ます二人の少女。

 

 大丈夫なことは何一つもない。

 それでも大丈夫、なんとかなると思っていなければ心が崩壊してしまう。

 

 素敵な出会いを、四人の繋がりの始まりを、ずっと続くはずの友情を、こんなところでいきなり終わりになんかさせたくない。

 

 絶対に脱出してやるんだ。

 

 ラヴィニス達はまずは馬車のところに戻ることにした。

 馬の体力が回復していれば、その馬にどうにかして馬車を引っ張ってもらおうとも考えていた。


 馬車が見えた。

 馬も見えた。

 でも何かおかしい。

 

 馬が倒れている。

 近くに行ってみると、馬は首から上がなくなっていた。


 息を飲んだそのとき、岩の影からぬぅっとダンジョンに蔓延はびこるモノが現れた。


 四本脚で支える全身黒の体躯。

 背中から尻尾にかけてびっしりと生えた赤い角。

 犬のような顔にある、六つの目と口内に見え隠れするナイフのような牙。

 

 その悪夢としか言いようのないモンスターが、舌から血の混じった涎を滴らせながらラヴィニス達四人を凝視している。


 恐ろしさから体が固まるという体験をしたのは、このときが初めてだった。

 死というものを、こんなにも身近に感じたのもまた。


 モンスターがゆっくりと歩いてくる。

 四人は誰も動かない。動けない。

 ただ、全員で手を繋いでいたことだけは分かった。


 

 今でも思う。

 この四人の行動が、現在のラヴィニス達の揺るぎない絆を作り上げたのだろうと。

 そして、あの人を喚んだのだとも――。


 

 ゴオォッと風が吹いたような気がした。

 なんだろう……と思ったとき、モンスターが血しぶきを上げてその場でくずおれた。


「おいおい、なんだってこんなところに子供が四人もいるんだよ。お父さんとお母さんはどうした? もしかして殺されちゃったのか?」


 おそらく一回りくらい年上の男性。

 ダンジョン探索者シーカーだと思われる彼は、剣を鞘に収めるとラヴィニス達を見回して、


「お、俺は怖くないから大丈夫だ。ほら、何があったか言ってごらん。この、えっと……ノ、ノネームお兄さんに。ちゃんと聞いてあげるから。な?」


 引き攣った笑みのノネームと名乗った男性。

 無理して笑って、ラヴィニス達を安心させようとしているのだと思った。

 実際、その笑顔はラヴィニス達に多大な安堵感をもたらした。

 とても優しさに溢れていたから。


 死神が去っていったことを理解した途端、涙が溢れてくるラヴィニス。

 止めどなく、止めどなく、そしてあらんかぎりの声で泣き叫んだ。


 それは他の三人も同じで、ラヴィニス達ゾショネルの仔は、ノネームお兄ちゃんに抱きついて泣き続けた。


 これがラヴィニスとノネームお兄ちゃんとの出会い。

 このあとラヴィニス達は、最長、最深と言われるクラスA〝悪鬼羅刹のダンジョン〟を進み続けた。


 ノネームお兄ちゃんはラヴィニス達を守り、気遣い、寝食を提供し、絶望に飲まれないように鼓舞し、時には笑わせ、ずっと優しくて強いお兄ちゃんであり続けた。


 ノネームお兄ちゃんがボスを倒し転移門でダンジョンの外にでたとき、すでに五日経っていた。

 

 ラヴィニス達を見つけ、驚いたように走り寄ってくる人。

 彼はしばらくすると大きな声で誰かを呼び、やがて数名の銀狼騎士団がやってきた。


 これでもう危険はない。

 家に帰える。


 三人と抱き合って喜ぶラヴィニスはそこで気づく。

 ノネームお兄ちゃんがいなくなっていることに。


 あの日から彼には会っていない。

 でもずっと忘れたことはない。

 いつだって心の大事なところに彼はいる。


 だから、ちゃんとお礼を言ってあのとき抱いていた感情を伝えたい――。

 

 

 そのノネームお兄ちゃんがラヴィニスの目の前にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る