第10話 素顔
ミルディンはがっくしと地面に膝を付く。
数人の人間に見られるならまだしも、配信で不特定多数に素顔を知られてしまうとは。
だからこそ王の知るところとなった。
王にだけは知られたくないからこそ、覆面を付けていたというのに。
「覆面の剣聖さん。本当に――」
ミルディンは手で、その先を制す。
「もういい。あんたは三度謝った。だからもういい。……そもそも俺がいけなかった。もっと世間の常識ってやつを勉強しておけば、そういった事態を予測することもできたんだからな」
ミルディンはゆっくりと立ち上がる。
「で、では、一緒に王都ノルンに来ていただけますか? そして王に会って――」
「それは断る」
ラヴィニスが動きを止め、瞬きを数回繰り返す。
やがてミルディンを見据えるようにすると、こう述べた。
「覆面の剣聖さん。王の勅命は、私たち銀狼騎士団に、あなたを連れてくるようにというもの。これは覆ることのない決定事項であり、何人たりとも逆らうことはできません。つまりあなたは王の元に行くしかない。断ることはできないのです」
「ほう、様になってるじゃないか。んで、もう一度言うぞ。俺は王には会わない。帰ってそう伝えてくれ」
「それはできません。だからお願いします。一緒に来てください」
「無理だ。帰ってくれ」
「覆面の剣聖さん……っ」
「いい加減にしろよ、お前」
誰かと思えば、ラヴィニスのとなりにいた優男の騎士だ。
ずっと敵意むき出しでこちらを睨んでいたが、彼とは初対面である。
五人程の騎士がその優男の後ろに続いて、ミルディンに近づいてきた。
「ガストン。あなたは下がっていなさい」
「いえ、下がりません。こいつは王が望んでいると知りながら、二度も断った。それは二度の王への侮辱と同義。――殺してでも連れていく」
ガストンと呼ばれた男が剣を抜くと、五人の騎士もそれに倣った。
「ガストンっ。剣を仕舞いなさい!」
「ラヴィニス団長、あなたは優しすぎます。これはラヴィニス団長の為でもあるのです。ここで剣を抜かずにすごすごと引き下がったら、ラヴィニス団長が罪に問われかねない。それだけは絶対にできない。だから例え死体であってもこいつを王の元に引き渡す」
「何を言っているのですっ。王は生きている覆面の剣聖さんに会うのを望んでいるに、決まっているではないですか」
「生きている状態ではこいつは王には会いませんよ。そうだろっ、貴様ッ!」
「正解。あんたの言った通り、死体で連れていくしかないな」
「ふ、覆面の剣聖さん、そんな……っ」
話を聞くに、俺を連れて行かないとラヴィニスは罪に問われるらしい。
しかし俺は行く気はないと言っている。
その解決策が、俺を殺して連れていくというものだった。
うむ、悪くない解決策だ。
「友よ。剣、要ります?」
悟ったようにリザリクが聞いてくる。
「いや、いらん。こっちが殺してしまうからな」
ミルディンのその一言で場の空気が一変した。
「ほう。剣も持たずに我々に勝つ気でいると。くくくっ、はーっははははは……舐めやがってッ!!」
◇
ガストンが覆面の剣聖に向かって剣を振り下ろす。
止める暇もなかった。
目を背けるラヴィニス。
「がっ!?」
しかし再び視界に入れたとき、そこにいたのは、前に倒れ込むガストンだった。
後ろには覆面の剣聖さん。
彼がガストンに何かしたに違いない。
ガストンの剣を避けて背後に回り、打撃を加えた――。
剣を振り下ろすあの一瞬の中で。
驚きはある。
だが驚愕するほどでもない。
ラヴィニスはすでに、彼のありえない強さをその目で目撃しているから。
「ラヴィニスさん、でしたっけ? こちらへ」
エルフの男性――確かリザリクという名前だったはず――が、ラヴィニスを自分の方に来るように促す。
ラヴィニスは言われた通りに、彼の隣に並んだ。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「団員さん達は五体満足で帰れますから」
リザリクはラヴィニスに優しい微笑みを向けた。
「くっ……一体、何が……」
起き上がるガストンが頭を押さえている。
頭を殴られたのだろう。
「ガストン、もう止めなさい。覆面の剣聖さんはお前達が勝てる相手ではありません。それは今ので分かったでしょう」
「い、今のは少し油断しただけですっ。ラヴィニス団長はそこで見ていてください。こいつは俺達で必ず仕留めます」
今のを油断の一言で片づけるガストン。
どうやら副団長は冷静ではないようだ。
覆面の剣聖さんを六人の銀狼騎士団が囲む。
一方の彼は、覆面越しに頬をぽりぽりと搔きながら、
「うぅん、分かんないかなぁ。実力の差ってやつがさ」
と、まるで緊張感がない。
あくびまでする始末だ。
串刺し王ヒュラ・ドのときはもう少し、その緊張感が伝わってきた。
当たり前だが、ガストン達がヒュラ・ドよりも劣るということだろう。
「こんなに囲まれるのは地震のときのあれ以来か。あのときは可憐な少女が四人だったが、今はむさ苦しい騎士ときたもんだ。はぁ、泣けるね」
――え?
今、なんと言ったのだ?
地震のとき以来。
あのときは少女が四人。
そう。確かに覆面の剣聖さんはそう口にした。
唐突にラヴィニスの脳裏に描き出される人物。
これが彼に感じた懐かしさの答え――?
でも、まさか……。
「調子に乗るなよ、この覆面野郎が。もはや逃げ場はない。グラント王、そして銀狼騎士団を侮辱した罪はこの場であがなってもらう。――はッ!」
ガストン達六人が一斉に、覆面の剣聖さんに斬りかかる。
刹那、彼は体勢を低くして一人の団員の足元に滑り込んだ。
覆面の剣聖さんが立ち上がると同時に、団員の顎に掌底を食らわす。
意識を失ったその団員をとなりの団員に投げ、振り向き様に別の団員に回し蹴りをお見舞いする。
とてつもなく流麗な体捌き。
一人、また一人と覆面の剣聖さんの徒手空拳で地面に倒れ伏していく団員達。
たった十数秒で残ったのはガストンのみとなった。
だがすぐに――、
「お、お前、お前は一体、何者なのだっ!? うおおおおおっ!」
ガストンが力まかせに剣を振り下ろす。
同時に覆面の剣聖さんの右手が副団長の腕と腕の間に入り込み――。
ガストンの顔面を掴むと、そのまま地面に後頭部を叩きつけた。
「がっはぁっ」
覆面の剣聖さんとガストン達の戦いは終わった。
その様は児戯に付きあう大人のようであり、覆面の剣聖さんの凄さが改めて分かる一戦でもあった。
ふと、配信士である少年に目を向ければ、ビジョン鉱石を覆面の剣聖さんに向けている。
いつから配信をしていたのだろうか。
いつからグラント王はこの状況を見ていたのだろうか。
「やっぱり配信してたか」
覆面の剣聖さんが少年を見ながら言う。
もしかして、こちらの視線を追って気づいたのかもしれない。
「す、すいません。覆面の剣聖さん。あの配信を私に止めることはできません」
「いいって。今更気にしないよ。もう王に素顔もばれてるしな。……なんかそう考えると覆面付けてるのバカらしくなってきたな。――取ってしまうか、暑いしな」
――え?
言うや否や、覆面の剣聖さんが覆面を外しにかかる。
覆面の下に指を掛け――そのまま上にあげた。
「いや、すっきりすっきり」
彫りの深い目鼻立ちのはっきりとした顔だった。
ああ、そんな――。
短く刈り込んだ髪の毛と顎の無精ひげが、適度な無骨さを演出していて、彼の着用している服や草履と妙にマッチしている。
若さはないが、老いを一切感じさせない力強さもにじみ出ていて、総じて端正な顔立ちだとラヴィニスは思った。
あの日のように――……。
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