第9話 全力の謝罪


 リザリクの耳がぴくりと動いたのが見えた。


「ミルディン。誰か来たようですね」


「誰か? 人間か?」


 ミルディンは耳を澄ます。

 確かに何者かが家に近づいてきている。

 

 こちらの方角にはミルディンとリザリクが住んでいる家しかない。

 その先は海と切り立った崖のみだ。


「それも一人や二人じゃないですね。多分、二十から三十人。全員が馬に乗っていますね」


「らしいな。どうやら途中で道を間違えたようだ。俺達にそんな大挙して押し寄せる客人なんていないからな。リザリク、頼んでいいか」


「ええ。ただ、本当に道を間違えたのでしょうか。注視しないと気づけない脇道なんですがね」


 リザリクが首を傾げつつ、顎に人差し指を当てた。

 ミルディンが何も言わずにいると、同居するエルフは家から出て道を間違えたであろう連中を出迎えに行く。


「……わざわざ馬で入ろうとする道じゃないか」


 ミルディンは机の上にある覆面を取ると、装着した。

 するといくつもの馬の蹄の音がすぐそこから聞こえはじめる。

 壁越しに数名のくぐもった声も。


 リザリクが対応しているようだ。

 本当に道を間違えているなら、すぐにでも去っていくだろう。

 でなければ……。


 扉が開き、リザリクが顔を覗かせる。

 その表情は困ったような、あるいは事態を理解していないような、とにかくミルディンが初めて見るものだった。


「ちょっと、いいですか? この方達あなたに用があるようなのですが、あなたがちゃんと話を聞いたほうがいいと思います」


 扉の隙間から馬に乗った騎士が数名、見えた。

 先頭には女性の騎士。

 ほかの騎士より装飾の凝った装備と振る舞いからして、団長クラスかもしれない。


 ちょっと待て。あれは……っ。

 

 間違いない。 

 ヨーク断崖のダンジョンで会った女騎士、ラヴィニス。

 

 確か銀狼騎士団団長と言っていたのを脳裏に過らせる。

 ということは、外にいるのはその銀狼騎士団なのだろう。


 まさか俺の居場所を調べ上げてまで、正式な謝礼でも持ってきたのだろうか。

 だとしたら有難迷惑にも程がある。


「分かった。ったく、めんどくさいなぁ」


 ミルディンは、リザリクが開けてくれた扉を抜けて外にでた。


 ラヴィニスを先頭にして、馬に乗った騎士が二十数名。

 よく見ると、騎士ではない少年も混じっていた。


「ラヴィニスだったよな? 何しに来たんだ? 謝礼だったらいらないぞ。でも持ってきたのなら丁重に受け取るよ。……しかし、わざわざ来るとはなぁ。困るんだよな、そういうの」


 するとラヴィニスが馬から降りて、兜を脱ぎ、背中まである黄金色の髪の毛を風になびかせた。


 やはり年の頃は二一、二といったところか。

 女性らしい恰好をすれば充分に社交の場で通用しそうな可憐な顔と、鎧越しでも分かるフォルムの良さは相変わらずだ。

 

 それでいて意志の強そうな瞳は、騎士団の長であることの自負心に溢れている。

 だてに、男共をまとめあげているわけではないようだ。


 颯爽としたラヴィニスがミルディンの前に立つ。


「フックメンさん、いえ、覆面の剣聖さん。その節はありがとうございました。ただ、今日来たのは謝礼を持ってくるためではないのです」


「そうなのか? じゃあ、一体、なんの用だってんだ」


「我が王が、グラント王があなたに会いたがっています。なので是非、一緒に来ていただきたいのです」


 王と聞いてミルディンの心が僅かに乱れる。

 だがそれは、取るに足らない刹那のことだった。


「俺のことを王に話したのか」


「そ、それは……」


「いや、いいいだ、別に。俺のことを誰に話そうがあんたの自由さ。ただ、王が俺に会いたがってるってのがよく分からない。俺が、覆面の剣聖なんて呼ばれて多少は有名だってことは認めるが、それだって剣が得意ってだけだ。王が俺に会いたがる理由になるとは思えん」


 ラヴィニスが横を向いて眉間に皺を寄せている。

 すると、再びミルディンのほうを向いて何か言おうとするが、それを飲み込み、今度は下を向いた。


 一体、なんだってんだ?


「……素顔、に意味があるのかもしれません」


 ラヴィニスが言葉を吐く。

 ぽつりと、それでいて絞り出すように。


「素顔? 素顔って俺の素顔のことか?」


「はい。王はおそらくあなたの素顔を知って、会うことを決意したのだと思います。王とあなたにどんな関係、あるいは繋がりがあるのかは分かりませんが、そこは間違いないと思っています」


 ん? んんっ!?


「ち、ちょっと待ったっ。王が俺の素顔を知ったってどういうことだ? 例外を除いて、俺は覆面をかぶってから今の今まで、リザリク以外の奴に素顔を見せたことはない。なのに、王が知っている? どういうことだ……?」


 理解が及ばない。

 どうしてそんなことが――


「わ、私のせいなんですっ」


 いきなりラヴィニスが叫ぶ。

 

「あ、あんたのせい?」


「はい、これはあの日、あなたに助けてもらった日に正直に言うべきだったのですが、わたしはヨーク断崖のダンジョンには鍛錬のためではなく、映像配信をするためにいたのです」


「映像配信……それって」


 とリザリクに見向くと、


「先日見せたアレですよ、アレ。ビジョン鉱石を用いた映像伝達」


 と教えてくれた。


「そうです。そのビジョン鉱石を使用した映像配信をあの日していたのです。モンスターとのバトルを配信するいわゆるダンジョン配信なのですが……そ、その配信する映像にあなたの素顔が入ってしまいました。本当に申し訳ありませんっ」


 ラヴィニスが腰を九十度に折って、謝罪する。

 

 ――は?


「お、俺の素顔が映像に入った? え? 配信したってこと?」


「は、はいっ。あなたが来る前に配信を止めるつもりだったのですが、イレギュラーリポップに気を取られ止めるのを忘れてしまい、気づいたのはあなたと一緒に転移門に入ろうとしたときでした。だからその前に、あなたが覆面を取って呼吸を整えていたところも配信されてしまいました。本当に申し訳ありませんっ」


 え? え?


「え? え? いやいやいやいや、聞き違いに決まってるっ。リ、リザリク、今、この人は何と言ったんだ? 正しいところを教えてくれっ」


 リザリクがこほんっと喉を鳴らして、



「本当に申し訳ありませんっ」


 う、ウソだろぉぉっ。

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