第8話 王の勅命


 数多の馬のひづめの音が山道に響く。

 その先頭にいるのが銀狼騎士団団長であるラヴィニス。

 彼女は今、二十人の部下を従えてある場所へと向かっていた。


「おい、小僧。本当にこの道で合っているのだろうな。よもや、間違っているのを知りながら黙っているわけではあるまいな」


 副団長のガストン・ディダーロが、その後ろで馬を駆る少年を睨みつける。

 少年は一瞬、ビクっと体を震わせたのち、「だ、大丈夫、です。合っている、はずです」とおずおずと述べた。


「〝はずです〟だと? それは間違っているかもしれないということか? 貴様、無駄かもしれん道程に我ら銀狼騎士団の労力を使わせる気か」


 蒼白い顔で言葉の出ない少年。

 ガストンが青筋の浮き出た形相で更にまくし立てようとしていたので、ラヴィニスは仲裁に入る。


「止めなさい。ガストン。あなたが高圧的な態度を取るから、少年が怖がっているじゃないですか」


「い、いや、しかし、ラヴィニス団長。目的地と違う場所に向かっている可能性もあるわけでして。であれば、こいつの罪は重い。穏やかに話しかけるなど、できようもありません」


「罪などと。誰にでも間違いはあります。そもそも物事に確実などありません。ならば、〝はず〟でも充分ではないですか」


「いやっ、……いえ、ラヴィニス団長がそう仰るなら」ガストンがラヴィニスから少年に視線を移し、「ちっ」と舌打ちをする。


 ガストンは言ってしまえば、貴族の嫡男の悪い典型例だ。

 尊大な態度で身分の低いものを見下し、そこに一切の敬意はない。

 貴族が貴族でいられるのは、彼らのような平民がいてくれるからだというのに。


 剣の腕は確かで、そこはラヴィニスも認めている。

 見てくれも、引き締まった体と甘いマスクで悪くはない。

 だが、人間性に於いてガストンは未熟であり、そこがもったいないと思うラヴィニスでもあった。


 団長は教育者ではなく、まとめめ上げる者である。

 幸いにもガストンはラヴィニスに対して、強引に自分の考えを通そうとはしない。

 そういった意味では扱いやすい、〝優等生な部下〟とも言えた。

 

「そ、そこを右に曲がってください。そうすれば開けた道に出ます。あとは道なりに進めば目的地に着く、です」


 そう述べた少年を、ガストンがまたキッと睨みつける。

 だが何も言わずに前を向いた。

 いい部下である。


 少年は〝配信士〟である。

 ビジョン鉱石を使って、観測した映像をグラント王とその側近に送る役目を担っている。


 配信士である少年には名前はあるが、その名前を知っているのは王と側近のみ。王と側近専属の映像伝達係とも言えた。


 表に出せない情報というのは必ずある。

 とかく政治が絡むものは念入りな精査が必要だ。

 ゆえにそういったものをまずは王と側近が確認して、その後の対処方法を決めるのだ。


 少年は絶対に王と側近以外に名前を教えることはない。

 何があっても、何をされても、だ。

 その、王への忠誠心にラヴィニスは敬意を表している。


「ラヴィニス団長」


 こちらを見向くガストン。


「なんですか?」


「今回の件ですが、王の勅命とあらば我らは素直に従うまでです。ただ、困惑しているのも事実であります」


「困惑? それはなぜ?」


 ガストンは躊躇を見せる。

 が、せきを切ったように再度、口を開いた。


「覆面の剣聖などどうでもいいではありませんか。奴がどれほどのものか知りませんが、所詮時代に取り残された錆び付いた男。そんな奴をなぜ、王は連れてこいなどと言ったのかよく分からないのです。仮に戦いに必要だとしても、奴一人が増えたところで何が変わるというのでしょうか」


 ――錆び付いた男。

 

「ガストンも見たのでしょう。私の映像配信を」


「え? い、いや、まあ、見ましたが……」


 視線を右往左往させて動揺している副団長。

 まるでのぞき見がばれた子供のように。

 

 ラヴィニスは、自分が配信している映像をガストンが欠かさず見ていることを知っている。


 ガストンは剣の勉強のためと言い張っているが、今更彼が映像配信から学ぶことなどないとラヴィニスは思っていた。

 

「だったら分かるでしょう。覆面の剣聖は錆び付いてなどいません。私が手も足も出なかったヒュラ・ドとやらを一撃で倒したのだから」


「あれは何かの間違いでしょう」断言するガストンが先を続ける。「そもそも、ラヴィニス団長がクラスAダンジョンのボス如きに苦戦するはずがないですからね。たまたまラヴィニス団長の調子がすこぶる悪くて、代わりにひょっこり現れたあいつが倒したってだけですよ」


 あの串刺し王ヒュラ・ドがクラスAダンジョンのボスのはずがない。

 モンスターレベルは優に1000は超えているだろう。

 それは対峙した私だからこそ分かる、圧倒的な力の差。

 

 その串刺し王ヒュラ・ドを難なく倒した覆面の剣聖――。


 投影された映像からは、もしかしたら伝わらなかったのかもしれない。

 ガストンの言葉を聞く限り、そうとしか思えなかった。


「王が覆面の剣聖に拘る理由は私にも分かりません。そして知る必要もありません。我ら銀狼騎士団は王の剣であり盾であればいい。道具は持ち主の考えに疑問を差しはさむことはしないのですから」


 ラヴィニスの映像配信をグラント王の側近の一人が見ていた。

 その話を聞いたのは、王そのものからだった。

 側近から何を聞いたのか分からないが、そこに何か覆面の剣聖に会いたい理由があったのだろう。


 だから王は、多くの人間を使って覆面の剣聖の居場所を突き止めた。

 配信士を使って、覆面の剣聖の姿を、素顔を改めて確認した。

 そして銀狼騎士団に覆面の剣聖を連れてくるようにとの勅命を出した。


 いや、理由なんて分かっている。

 覆面の剣聖の素顔に起因するものに決まっている。

 

 そうだ。

 ラヴィニスの映像配信を見た人間はみな、

 自分のとなりにいるガストンもだ。


 ラヴィニスは副団長のほうを向いて口を開く。

 だが、止めた。

 怪訝な表情のガストンから目を背けると、ラヴィニスは前を向いた。

 

 どうせ、覆面の剣聖の覆面はもうじき取れる。

 ラヴィニスが黙っていた映像配信のことを伝えれば、自ずとそうなる。

 だからいい。今は。


 あの日から三日経った。

 ずっと胸の底に罪悪感が沈殿していた。


 まずは謝らないといけない。

 覆面の剣聖の素顔を多くの人間に晒してしまったことを――。

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