第7話 いつか出会った少女たち


「映像配信? なんだそりゃ」


「二年ほど前にガハラ鉱山からビジョン鉱石という魔法石が見つかったのです。そのビジョン鉱石なのですが、石の精霊ジュエーリにお願いすると、切断面から映像を配信できることが判明したんです」


 リザリクが席を離れると、戸棚から二つの石を持ってくる。

 若干、青みがかっているというだけで、取り立てて特別な感じはない。

 

 そんな石は最近までなかったはずだが、リザリクが王都へ行ったときにでも手に入れたのだろう。


「配信された映像を見るには、同じくビジョン鉱石の切断面を用いて――」


「ち、ちょっと待て。そもそも配信ってなんだ? そんな言葉あったか」


 ああ、そこからですよね。

 とリザリク。


「配信とは、〝ビジョン鉱石を通した情報を不特定多数の人に拡散する〟という意味です。ビジョン鉱石が見つかってから作られた言葉ですので、ミルディンが知らないのも無理ありません」


「だろうな」


 こんな辺鄙へんぴな場所で、世の中という歯車から外れた生き方をしていれば、知らぬ事柄が増えていくのは道理。

 

 一〇年前に踏破しつくしたダンジョンは、ミルディンにとって全てが既知のつまらぬものになった。

 だが、今はまた未知が侵食を始めているのかもしれない。


 今日、あのダンジョンに串刺し王ヒュラ・ドが現れたように。

 

「我が名はリザリク。石の精霊ジュエーリよ。目覚めその眼で事象を観測せよ。――ク・レネス」


 リザリクがなにやら魔法を唱える。

 するとビジョン鉱石が、青く光り出した。


「お、光ったな。それで? この状態ですでに配信とやらが始まっているのか?」


「ええ、始まってますよ。その証拠に――」


 リザリクがもう一つのビジョン鉱石に魔法を掛ける。


「石の精霊ジュエーリよ。目覚めその眼で事象を投影せよ。――ヤ・レネス・リザリク」


 刹那、もう一つのビジョン鉱石がうっすらと赤く光り出す。

 と思ったらビジョン鉱石の切断面から、ミルディンに似た人物が現れた。


「おわっ! あれっ? お、俺じゃないかっ。なんだこりゃ。どうなってんだ?」


 こちらのミルディンが手を上げると、あちらのミルディンも手を上げる。

 こちらのミルディンが変な顔をすると、あちらのミルディンも全く同じ顔をした。


「青く光るビジョン鉱石で配信している映像が、赤く光るビジョン鉱石に投影されているのですよ。不思議ですよね。でも今はこれが常識の一つとなっていて、配信を生業とする配信士という職業もあるほどです」


 リザリクの声がダブって聞こえる。

 どうやら投影されている映像からも彼の声が聞こえているらしい。

 

「配信士ねぇ……」


「ちなみに、投影用の魔法で最後にわたしの名前を言ったので、わたしが配信している映像が投影されています。なので、ここを別の配信士の名前にすれば、その方の映像配信が見れますよ。ただ、その方が丁度、映像配信をしていなければいけませんが」


 リザリクが魔法を唱えると、二つのビジョン鉱石が光を失う。

 投影されていたミルディンも、難しい顔のまま空中から掻き消えた。

 

「へえ、面白いもんがあったもんだ。映像だけでも驚きだが、声まで拾えるとはね」


「ええ、自分を表現したい人にはもってこいのツールじゃないでしょうか。最近はダンジョンから配信する人も多いと聞いています。やはりモンスターとの闘いは迫力があるので人気があるのでしょう」


「なに? ダンジョンまでそんなお遊びの場になっているのか。確かにS以下のダンジョンはお遊びみたいなもんだが、にしたって人間のおふざけの場所であっていいわけがない。俺が潜っていたときは神秘と幻想と謎に溢れた、正に〝神の大いなる道楽〟って感じで、例えS以下の歯ごたえのないダンジョンでも、最低限の敬意を忘れたことはなかったぞ」


「ミルディン」


 リザリクがまっすぐこちらを見ている。


「なんだよ?」


「久々にダンジョンに潜ってどうでしたか? 楽しかったですか? またダンジョンへの熱い想いが込み上がってはきませんでしたか?」


 最凶と称される五つのSSSダンジョンを踏破したとき、ダンジョンへの熱は冷めた。それもあっけないほど一瞬で。


 神の提供する道楽を余すことなく享受した達成感は、しかし同時に多大な空虚感をミルディンに与えたのだ。

 それは、これ以上何をしたって心の底から楽しめないという〝絶望〟とも言えた。

 

 ならばもう楽しむことは望まない。

 ただひたすら安息に身を委ねて余生を重ねていこうと、ミルディンは決めた。

 

 そして今。

 ミルディンはそれが心地いい。

 ダンジョンに後ろ髪を引かれることは、ない。


「ないよ。そんなことは。ダンジョンはもう俺の興味の対象にはなり得ない。俺の今の最上の生き方は、この静かな場所でお前の作った飯を食って、ふかふかのベッドで寝て、海で魚釣って、この安楽椅子で揺られることだ」


「ふふふ、もう完全に老後じゃないですか」


「なら、老後も悪くないな。俺が死ぬそのときまで頼むわ」


「別にそれは構いませんけどね。あなたには返しても返しきれない恩がありますから。でも本来、余生は愛すべき妻と共に送るべきでしょう。わたしのような寿命も種族も違う同性とではないと思いますよ」


「考え方が古いねぇ。今はそんなことに縛られない時代だろうに」


「映像配信を知らなかったくせに何、言ってんだか。ふふふ」


 ――結婚か。

 

 ミルディンはダンジョンに潜っていたときのことを思い出す。

 正確に言えば、まだ覆面を付けていなかった頃のことを。

 ダンジョンでモンスターから救った幾人かの少女のことを。

 

 彼女達はみな、当時ミルディンのことを慕ってくれていて、中には、将来お嫁さんになりたいと言ってくれた子もいた。


 あの子達はもう立派な成人になっていることだろう。

 何人かは結婚して幸せな家庭を築いているかもしれない。


 齢三五のおっさんのことなど、とうの昔に記憶の引き出しからゴミ箱に捨てられているに違いない。


「どうしたんですか? ミルディン。もしかして、〝昔ダンジョンで出会った少女のこととか思い出して、その子達と再び出会って結婚したいなぁ〟とか思ってます?」


 半分合ってるが、半分間違ってる。


「お、思うかよ。そんなことはいいから夕飯の用意してくれ。昨日、狩ったウサギの肉とメタリナの花でうまいもん食わせてくれるって言っただろ」


「はいはい。分かりました」


「おう、頼む」


 ウサギの肉を取りにいくのか、リザリクが外への扉に手を掛ける。

 すると横顔だけをこちらに向けた。


「でもね、ミルディン。これだけは言っておきますよ。わたしは一人でも大丈夫です。あなたがフラッと出かけて一〇年後に妻と共に帰ってきたとしても、今日と同じようにおかえりと言えますから」


 外へ出るリザリク。

 ミルディンはぽつりとつぶやいた。


「だから行かないっての。もう、ダンジョンなんかに」

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