第6話 剣聖の安息


「うわ、本当に入口の脇に咲いてるじゃないか。しかもこんなにもたくさん」


 大量のメタリナの花の前で、覆面の剣聖さんが地団駄を踏んでいる。

 

 来たときは岩の影で見えなかったようだ。

 どうやら覆面の剣聖さんは、ラヴィニスとは逆の方向からヨーク断崖のダンジョンにやってきたらしい。


 ――西か。


 そちらの方角だと、進んでいけばニバラス海へと出る。

 もしかして海の近くに住んでいるのだろうか。


 ふと視線をずらすと、木に繋がれている黒い馬が見えた。

 ラヴィニスが乗ってきたのではない。

 覆面の剣聖さんのだろう。


 ガサリ、と音がしてラヴィニスは振り向く。

 片手にどっさりとメタリアの花を抱え込んだ、覆面の剣聖さんが立っていた。

 

「俺は帰るぞ。あんたは向こうだよな。もう会うこともないと思うから最後に一つ。命は大事にしろよ」


 覆面の剣聖さんが背中を見せて手を振る。


「ちょっと待ってくださいっ」


「なんだ?」


 言うべきか。

 黙っているべきか。


「あ、あの……実は――……」


「どうした?」


「き、気を付けて帰ってくださいねっ」


「? ああ、別に気を付ける必要なんてないけどな」


 言えなかった。

 あまりにも重大事過ぎて。


 覆面の剣聖さんが馬に乗り走り去っていく。


「はあああああっ」


 ラヴィニスはうずくまって頭を抱える。

 

 

 

 ラヴィニスはなぜか、そう確信できた。

 果たしてラヴィニスのその確信は現実となる。

 

 

 ちなみにラヴィニス・ハミルトンの見積もりだと視聴者は一万人だが、実際は八六万五二三三人。ラヴィニス・ハミルトン本人は知らないが、彼女は人気配信者に名を連ねていた。

 

 にもかかわらずマージンが少ないのは、配信者ギルドがとんでもない額の金を中抜きしているからである。

 もちろん、この事実もラヴィニス・ハミルトンは知らない。


 

 ◆プロローグ完



『最凶のSSSダンジョンを踏破した覆面の剣聖。やることなくなって隠遁を決め込むが、うっかり人気配信者のライブ配信で素顔を晒してしまう』



 ◆本編


 ディアの季節は日が暮れるのが早い。

 ミルディンが家に着いたときには、夕焼けが空一面に広がっていた。

 静かな波の音に癒しを覚えながら、ミルディンは愛馬クロゥを馬小屋に連れていく。


 お疲れさん、とクロゥを撫でたあと、採れたてのメタリナの花を持って我が家へ。

 すると、タイミングよく扉が開いた。


 白く濁りのない肌。

 力強さを兼ね備えたすらりとした体。

 理知的な顔の両脇から伸びた、長くツンとした耳。


 神秘の旅人エルフであるリザリクが出迎えてくれた。

 ちなみに♂である。

 

「おかえりなさい。ミルディン」


「おう、帰ったぞ。ほら、メタリナの花だ。これだけあれば充分だろ」


「充分というか多すぎですね。ふふ。でも、ありがとうございます」


 リザリクがほほ笑む。

 

 ミルディンは、そんなリザリクの肩をポンと叩くと部屋に入る。

 安楽椅子に座り、剣を立て掛け覆面を取ると、ミルディンはお土産話を口にする。


「今日、一〇年ぶりにダンジョン行ったらさ、串差し王ヒュラ・ドに会ったんだよ。教えたよな? 串刺し王ヒュラ・ドのこと」


「ええ。確かクラスSダンジョンのボスで、七死しちし王の一人でしたよね。その中でも一番弱かったとも」


「ああ、そうだな。相変わらず大したことなかったわ。……でも、おかしいんだよなぁ。あそこのヨーク断崖のダンジョンって確かCかAか、それともDかBか、まあ、その辺のクラスだったと思うんだが、なんであいつ、いたんだろう」


 ミルディンは、リザリクの入れてくれた紅茶で喉を潤す。


「それはわたしには分かりません。でも、ふふ」


 リザリクが口元に手を当てる。


「ん? 何、笑ってんだ」


「いえ、ミルディンにとって、S以下のダンジョンって全て同じなんだなぁって。今までもダンジョンの話をしてくれることはありましたけど、S以下のクラスを断定したことありませんよね」


「そりゃ、どれもこれもモンスターが弱すぎて同じに感じたからだ。区別なんてしてられるかよ。あ、そうだ」


 ミルディンは唐突に思い出す。

 ヨーク断崖のダンジョンの、ボスの領域にいた人物のことを。


「どうかしましたか?」


「ダンジョンのボスの間に女がいた」


「女性が?」


「ああ。確か、銀狼騎士団の団長とか言っていたな。名前ファーストネームは、えっと、なんだったっけなぁ、ラ、ラ、ラ、ラ……」


「ふふふ。ララララさんとは面白いお名前ですね。ところでそのララララさんは、なんでそんなところにいたのでしょうか?」


 ララララではない。

 確か……そうだ、ラヴィニスと言っていたか。

 名字ラストネームは忘れたが。


「名前を思い出した。ラヴィニスだ。そのラヴィニスは鍛錬のためにモンスターと戦っていたらしいんだ。んで、ボスの間まで行ったのはいいものの、ヒュラ・ドに殺されそうになっていて、そこを俺が間一髪のところで助けたんだ」


「それは危ないところでしたね。もしもミルディンがダンジョンに行っていなかったら死んでいたわけですから」


「ああ、そうだな。あるいはあそこで死ぬべき人間ではなかったのかもしれん。でもすごいよな。決まり事とはいえ、実際、女の身でありながら騎士団の団長をやるなんてさ」


「そうですね。男性とではどうしても身体的に劣る部分がありますからね。その男性達を認めさせるほどの、血のにじむような努力をしてきたのでしょう。あとはその方がゾショネルの仔で、ギフトの封解も済ませていたのかもしれませんね」


「勘だが、ギフトの封解って感じじゃなかったな。……ん? ゾショネルの仔……ラヴィニス……」


 何かが、脳裏に引っかかっている。

 物懐かしいこの感覚は一体なんなのだろうか。

 それが鮮明な記憶として蘇らなくて、もどかしいミルディンだった。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


「そうですか。ところで戻りたくはならないのですか? 王都に」


「なんだよ、藪から棒に。そんな問いかけになるようなこと俺、言ったか?」


「いえ。ただ、銀狼騎士団が王都の騎士団なので、なんとなくですかね」


「まさか」


 王都ノルンに住んではいたが、望郷の念を抱くことはない。

 戻ったところで何か感じることもないだろう。

 あの日を境に、ミルディンを魅了するのはダンジョンだけとなったのだから。


 そして今。

 ダンジョンにも興味がなくなったミルディンが見ているのは、久遠の安息

だけだ。


「そうそう、王都と言えば、最近は映像配信というのがあるそうですよ」


 リザリクの口から初めて聞く言葉がでてきた。




 ◇◆◇


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 プロローグも終わり、本格的に覆面の剣聖の物語が始まります。おもしろいな、続きが楽しみだなと思ってくれた方、もしよろしければ★での評価をしていただけると作者のモチベーションがグンッと上がります。それでは引き続きお楽しみください♪

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