第5話 ラヴィニスのやらかし


「あ、勘違いしてたわ。こいつの弱点」


「え? 弱点?」


 自分に言っているのかとラヴィニスは、反応する。


「まあ、ダンジョンに潜ってたのは一〇年以上も前のことだからなぁ。でも思い出した。首は別の奴で、ヒュラ・ドは胸の中央。そこに偽魂コアがあるはずだ」


 一〇年以上も前――。

 そういえばさきもそんなことを言っていた。

 それ以来、今の今までずっとダンジョンに潜っていなかったというのか。

 

 ちょっと待って。


 ラヴィニスの中で、〝一〇年前〟と〝覆面〟というワードが重なり合う。

 そして導き出される答え。


 うそ……。

 だとしたら、やっぱりこの人は――。


「次で決めるから覚悟しろよ。ヒュラ・ド。俺はな、けっこう暇だが、お前と遊ぶための暇は持ち合わせていないんだよ」


 よく分からないことを述べるフックメンさんが、剣の先端を串刺し王ヒュラ・ドに向ける。

 それに応えるかのようにヒュラ・ドが胸元で剣を構える。


 答えが正しいかは次で分かる。

 ラヴィニスが唾を飲み込んだそのとき、


「壱の技――れつ

 

 フックメンさんとヒュラ・ドが同時に動いた。


 瞬きをしては見逃してしまうほどの速さだった。

 フックメンさんの剣が、走り出そうとしていたヒュラ・ドの胸をバツの字に切り裂いている。


 バツの字。

 あの超速の最中に二回、剣を振るったというのか。

 信じがたい現実である。


 切断された面からズルリと滑り落ちる、ヒュラ・ドの四つの塊。

 胸の中央にあった赤い宝石のような物体もまた切断されていて、やがてヒュラ・ドの本体ともども砂のように霧散した。

 

 圧勝。

 そして確信した。


 

 このフックメンさんが、なのだということを――。



「はあ、歳かね。息が苦しいわ」


 フックメンさんが覆面の下を指で少し広げている。

 呼吸が苦しいらしい。


 ラヴィニスは立ち上がると頭を下げた。

 

「二度も助けていただきありがとうございます。さん」


 ピタっと動きが止まる覆面の剣聖さん。


「え? え? ふくめんのけんせー?? そんな人、どこにいるの? フックメンならここにいるけどな、わっはっは」


 両の拳を腰に当てて笑ってる覆面の剣聖さん。

 

「隠したって無駄です。覆面付けて、十年以上ダンジョンに潜っていなくて、こんなにも強い人なんてほかにいませんから」


「いや、もう一人くらいはいるだろ。それが俺だ」


「だったらあなたも覆面の剣聖です。……覆面をしている理由はなんですか? なぜ隠す必要があるのです? もしかして極度の照れ屋なのですか?」


「別に照れ屋ってわけじゃない。素性晒した上で目立つと、十中八九、色々とめんどくさいことになるからな。だから覆面。それ以外の理由はない」


 あ、完全に覆面の剣聖だって認めた。


 それにしても、


 ――素性晒した上で目立つと、めんどくさいことになる――。


 過去に素顔の状態で何か仕出かしたのだろうか。

 ただ、それを聞いてしまうほど、ラヴィニスは分別のない人間ではない。

 

「そういうことなのですね。というより、覆面の剣聖自体が素性を隠す仮の姿なのですから、そこは別に隠さなくても良かったのでは」


「うぬぼれるわけじゃないが、覆面の剣聖もけっこうな有名人になってしまったからな。覆面の剣聖とバレれば、それはそれでめんどくさい」


 だったら覆面じゃなくてヒュラ・ドみたいな顔全体を覆う兜。

 あるいはフードを被って付け髭などの変装のほうが、覆面からの連想に至らないので良かったと思うのだが。


 その辺は、覆面の剣聖さんなりのポリシーがあるのかもしれない。

 なのでラヴィニスは口には出さなかった。

 その変わり、


「呼吸が苦しいのでしたら、今は覆面を外したらいかがですか? ここには私しかいませんし」


「んー、それはそうだが、だけどなぁ……」腕を組んで悩む覆面の剣聖がそして、「いや、止めておく。人に素顔を見られること自体、慣れてないから」


 ダンジョンだけではなく、いつなんどきでも覆面を着用しているのだろうか。

 だとしたら、それこそ面倒くさい生き方をしていると思った。


「分かりました。では、私は後ろを向いています。それならいいのでは?」


「ん? そこまでしなくてもいいが……してくれるのであれば、お願いしてもいいか」


「ええ、もちろんです。ではどうぞ」


 ラヴィニスは覆面の剣聖さんに背を向ける。


「悪いな。すぐに被り直すから」


 かぶり直さなくてもいいのだが。

 

 ガサガサと音がする。


「ふう……。呼吸は楽だし、暑さが和らいでいい。特にこの時期は蒸してしょうがないからな」


 覆面の剣聖さんが覆面を取った。

 ラヴィニスの心音が高まる。

 今振り返れば、そこには素顔の彼がいる。


 見たい。

 とてつもなく見たい。

 

 でもだめだ。

 銀狼騎士団団長ともあろう人間が、約束を破るわけにはいかない。

 

「こっち見てもいいぞ」


「え、いいのですかっ?」


 と言いながら、速攻で振り返るラヴィニス。

 こちらに背を向けている覆面の剣聖さんがいた。

 

 ……ですよね。


 覆面は付けていないが、ラヴィニスから見えるのは短く刈り込んだ髪の毛と耳だけだった。


 ふと、心がざわめく。

 

 なんでだろう。

 理由が分からなくてもどかしい。

 それがなんだか、とても腹ただしい。


 一体、この感情の揺らぎは――――、


「おい、どうした?」

 

「え?」


 顔を上げると、そこには覆面を着用した覆面の剣聖さん。


「い、いえ。すいません。大丈夫です」


「そうか。じゃあ、今度こそ地上へ戻るとするか。一緒に来るか? 転移門には二人まで入れるしな」


「は、はい。ではお言葉に甘えて」


 串刺し王ヒュラ・ドを倒したこともあり、今度はちゃんと転移門が出現している。

 ラヴィニスは覆面の剣聖さんに続いて、転移門に向かう。


 ――っ!?

 

 その途中で見てしまった。

 ビジョン鉱石が宙に浮いているのを。

 

 すっかり忘れていたが、これは大変な事態かもしれない。

 ラヴィニスはまだ、配信を終える魔法を唱えていないのだ。

 つまりビジョン鉱石は、


 さぁぁっと血の気が引いていく。


 ラヴィニスは足早にビジョン鉱石の元に向かうと、急いで配信解除の魔法を掛けた。


 だが、もう遅い。

 副業で死にかけるいう銀狼騎士団団長にあるまじき失態はともかく、覆面の剣聖さんが一〇年以上もひた隠しにしてきた素顔を、あろうことか映像配信してしまったのだ。

 

 大変だ。

 これは、本当に大変だ。


「おーい、何やってんだ? 早く来いよ。一緒に戻るんだろ?」


「は、はいぃ、今すぐっ」


 引き攣った声を出しながら、ラヴィニスは走った。


 正直に話したら殺されるんだろうなと思いながら。

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