第3話 絶望の淵から救いし者
銀狼騎士団団長。
それは、代々、女性しか就くことができない。
だが決して、騎士団に花を添えるようなお飾りではない。
貴族であるハミルトン家に生まれたラヴィニスは、待望の長女だった。
それまでの子供三人がすべて男だったこともあり、両親はとにかくラヴィニスを溺愛した。
その溺愛というのは女児に対するそれが徹底していて、一五歳を迎えてからも、とにかく女性らしさをラヴィニスに求めた。
だが、ラヴィニスにはその押し付けが苦痛だった。
幼い頃に観覧した馬上槍試合や模擬試合を見てから――、
いや、あの出来事があってからラヴィニスの中には、常に騎士になりたいという願望があったのだ。
その願望を口にしたのは、ラヴィニスが一七歳のとき。
別の貴族の次男との婚約話が出たときだった。
子供の頃に一度会って話したことがある程度の男性。
顔だって覚えていない。
そんな人間との婚約話が自分の意思を無視して知らない間に進んでいたことが、ラヴィニスの抑圧された感情を爆発させた。
そのときに、銀狼騎士になりたい旨をラヴィニスは両親に話した。
どうせなるなら銀狼騎士団団長になりたいとも。
嗤うだろう。呆れるだろう。怒るだろう。怒鳴るだろう。ぶたれるだろう。
もしかしたら勘当されるかもしれない。
ラヴィニスは覚悟した。
でもそれを聞いた両親は、ラヴィニスの意思を
今まで辛い思いをさせてすまなかったと。
両親はラヴィニスが銀狼騎士になることを認めてくれた。
その代わり、一つ約束してほしいと懇願された。
それは、〝いい男性が見つかったら結婚してくれ〟というもの。
ラヴィニスははぐらかすように曖昧に頷くと、了承する素振りを見せた。
それからラヴィニスは銀狼騎士になるために、修練を積んだ。
すでにグラント王直属の
そんな折、当時の銀狼騎士団団長が、婚姻を機に
空白となる団長の座。
元団長を含めた皆がラヴィニスを推薦した。
ラヴィニスはそのとき、どんな男性騎士よりも強かった。
ラヴィニスが銀狼騎士団団長になった瞬間だった。
そして現在、ラヴィニス二十二歳。
まだ、いい男性は見つかっていない。
◇
足に力が入らない。
目の前の未知のモンスターを前にして怖気付いているからだ。
――未知のモンスター。
こいつはクラスS以上に発生するモンスターなのかもしれない。
ラヴィニスは、クラスS以上のダンジョンには潜ったことはない。
銀狼騎士団団長であろうとも、自分では実力不足だと分かっているからだ。
グラント王直属の王腕騎士隊ならクラスSの攻略は可能だろうが、その上のクラスSSは困難を極めるだろう。
SSSダンジョンなど、もはや神の領域だ。
人間に手出しできるとは思えない。
が、五つあるクラスSSSダンジョンを踏破できた人物が一人だけといると言われている。
その人物が誰かは知らない。
ただ、いつも覆面を付けていて、素顔を晒したことがないという話は聞いたことがあった。
その名を、〝覆面の剣聖〟。
もはや、おとぎ話の類だ。
滑稽すぎて笑いすらでる。
幸いにもその笑いが筋肉の緊張をほぐす。
ラヴィニスは足に力を入れて、煌剣ロンバルディアを構える。
いきなり奥義を使うつもりだった。
通常の攻撃では勝つのは難しいとの判断――
――っ!?
未知のモンスターがゆらりと動き、消えた。
いや、消えたのではない。
高速で左方へと動いたのだ。
なんとか目で追うラヴィニス。
だったが、すでに未知のモンスターは眼前まで迫っていた。
「くっ!」
振り下ろされた剣をすんでのところで受け流すラヴィニス。
僅かでも遅れれば首が飛んでいた。
……ああ、そんな。
今ので分かった。分かってしまった。
断言できる。
難しいどころではない。
今の私に勝てる道理はない。
押し寄せる絶望。
膝から崩れ落ちそうになるラヴィニス。
それでも踏ん張れたのは、銀狼騎士団団長の意地。
せめて一撃は食らわす。
私の最強の技で――ッ。
ラヴィニスは対峙する未知のモンスターを睨みつけると、構えた。
「奥義――」
ごめんなさい。
お父さん、お母さん。
いい人、紹介したかったけど、できなくて――……。
未知のモンスターが正面から迫る。
「スターライト・アンフィニーッ!!」
前に突き出す煌剣ロンバルディアの周囲に、いくつもの光の波が発生する。
それらがロンバルディアの切っ先に集約され、凝縮された聖なる光の一撃が未知のモンスターを
――はずだったが、盾でいとも簡単に弾かれた。
未知のモンスターが剣を振り下ろす。
ラヴィニスは目を瞑り、死を覚悟した。
ガンッ!
……。
………?
なんだ?
なぜ、私は死んでいない?
一体なんで……とラヴィニスは恐る恐る目を開く。
すると目の前には未知のモンスター。
だが、その未知のモンスターには頭がなかった。
ぐらりと動く未知のモンスターが地面に倒れる。
死んだのか?
私ではなく、こいつが……?
理解が及ばなくて混乱するラヴィニス。
だが、その混乱に更に拍車をかけたのが、未知のモンスターの横に立っている何者かの存在だ。
「大丈夫か? しかし、一〇年ぶりにダンジョンに潜ってみれば、受肉した、えっと、なんだっけ、こいつの名前。あー、えっと……ああ、そうだ、串刺し王ヒュラ・ドっ。こいつに会えるとは思わなかったわ。全然嬉しくないけどな」
何者かの口からでた、串刺し王ヒュラ・ド。
約二〇〇年前に友好国ハチの国で恐怖政治を敷いていた王のことだろう。
歯向かう人間を串刺しにしては、城壁の周りに立てていたことからその名がついたことを思い出す。
兜の角がその串をイメージして作製したものなら、あまりにも悪趣味である。
いや、そんなことはどうでもいい。
今知るべきことは、そこに立つ男のことである。
男だと分かったのは彼の声からであり、顔からではない。
というのもその男は、目だけを出した黒い覆面を着用していたからだ。
ただ、何か――とても懐かしく思えた。
それがなぜだかは分からなくて、ラヴィニスは困惑した。
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