第2話 真の恐怖
「グオオオオオオオオオッ!!」
戦いの広間に響く、耳をつんざくような咆哮。
モンスター特有の最初にこちらをたじろがせる、ある種の技。
しかもボスであるサイクロプスのである。
モンスターとの戦いに慣れていない人間なら、ここで戦意消失。
戦う前から彼の世行き確定だろう。
だが、ラヴィニスには効かない。
むしろバトルの高揚感が高まり、剣技も冴え渡るというものだ。
「はっ」
ラヴィニスは地面を蹴ると、サイクロプスに向けて走る。
そこに一切の躊躇はない。
ためらえば隙が生まれ、相手が利するだけだ。
サイクロプスが右手を振り上げて、力任せに落とす。
当たりはしない。
その攻撃はどう避けるか、知っている。
なんども戦った相手の攻撃など、幼児のパンチを避けるがごとく容易だ。
避けたのち、ラヴィニスは煌剣ロンバルディアでサイクロプスの右足を斬りつける。
「グオオオッ」
痛みからなのか、唸る一つ目の巨人。
地面を打ち付けた右手を、なりふり構わぬ反撃で後ろに振り回すサイクロプス。
ラヴィニスは地に這うようにしゃがんで回避。
すぐさま立ち上がると左方へ走りながら、今度はサイクロプスの左足を斬りこんだ。
たたらを踏むように後ろに下がる巨躯のモンスター。
やがてバランスをくずして、背中から倒れた。
ちょっとうまくいきすぎたか。
ラヴィニスは浮遊するビジョン鉱石に話しかける。
「基本、大きな体を持つ人型モンスターは足を斬りつけ、転ばせるのが有効だ。転んでしまえば相手の攻撃の手段を奪ったも同然。あとは煮るなり焼くなり、し放題。だが今回、私はフェアにいく。倒れたサイクロプスが起きるのを待ってやろうと思う」
フェアを持ち出したが、実際のところは違う。
このまま倒しても、内容的に物足りないとの判断からだ。
もう少し戦いを続け、最後に奥義で屠るという流れこそが求められている内容だろう。
だてに半年もダンジョン配信をしていない。
何をどうすれば視聴者が満足するか、ある程度は分かっているラヴィニスだった。
サイクロプスが立ち上がる。
背後を見遣り、こちらを認識すると「ゴアアアアアアアッ!」と怒号を上げた。
いいね。その調子、その調子。
怒髪天を衝いたサイクロプスが、正しく暴力の権化のように暴れ狂う。
自分の置かれた空間を把握し距離を取れば、なんてことはない。
ラヴィニスは、サイクロプスが小休止した瞬間を狙って斬りつける。
単調にならないようにバリエーション豊かに。
「暴れると手を付けられないと思いがちだが、モンスターも動けば疲れる。そして疲労を回復するために攻撃の手が緩む。私はそこを狙っている」
ヒット&アウェイを何度か繰り返したのち、頃合いかと判断。
ラヴィニスはビジョン鉱石に顔を向けた。
「御覧のみなさん。もはやサイクロプスは虫の息だ。相当な痛みに襲われているにも関わらず、それでもめげない姿勢に心打たれるが、これは私と奴の命を賭した戦いだ。よって、次の一撃で終わりにしようと思う。しっかりと見届けてほしい」
もはやラヴィニスに勝てるなどと思ってはいないのだろう。
だが、ダンジョンのボスである使命感、いや呪縛から逃れられないサイクロプスはなけなしの力を使ってラヴィニスに向かってきた。
「グ、グオオ、オォォ……」
「奥義――」
ゆっくりと振り上げる右手が、同じ速度で振り下ろされる。
ラヴィニスは右へ回避すると奥義を発動した。
「ヴァニシング・スラッシュッ」
光り輝く煌剣ロンバルディアを斜め下から上方へと斬り上げる。
剣の軌跡が三日月を描き、サイクロプスの体躯を斜めに切り裂いた。
傷口から鮮血を飛散させるサイクロプス。
すると生命活動を終えた巨躯のモンスターは、そのまま地面へと崩れ落ちた。
地響きが止み、静寂が訪れる。
ラヴィニスはビジョン鉱石と向き合った。
「サイクロプスを倒した。いかがだっただろうか。今回はヴァニシング・スラッシュで仕留めたが、次回は別の奥義を披露したいと思う。相手は嘆きの森ダンジョンのボスだ。時期は一週間後、時間は今回と同じ、五の夕刻に行うつもりだ。それでは失礼する」
ラヴィニスはビジョン鉱石を手に取ると、配信を止めるための魔法を掛けようとする。だが、別のことに気を取られて途中で止めた。
境界の門の魔法障壁が消えていない。
ふと周囲に目をやると、転移門も現れていなかった。
なぜだろうか。
ボスを倒したというのに。
まさかとサイクロプスを見れば、その体は大気に溶け込むように消えていっている最中だ。つまり確実に死んでいる。
ラヴィニスは魔法障壁に近づくと、聖剣ロンバルディアの切っ先を当てる。
バァンッと弾かれた。
おかしい。
サイクロプスが死んでいるのに、門を通れないなどあり得ない。
初めてのことに困惑するラヴィニスに追い打ちをかけるように、更なる出来事が発生する。
さきほどサイクロプスが出てきた地面に、再び魔法陣が現れた。
ああ、そうか。
ラヴィニスは、数多あるダンジョンの知識から一つの答えをつかみ取る。
これはイレギュラーリポップ。
ごく稀に起きる、ボスがもう一度出現するという不可解な現象。
だが、不可解なのはそれだけではなかった。
魔法陣の色が普段見る赤色ではなく黒だったのだ。
赤ではなく黒?
どういうことだ……。
ダンジョンの知識にはない、自分が知らない現象が起きている。
理解が及ばない状況の中、その黒い魔法陣から何者かが浮かび上がってきた。
まず、兜が視界に入る。
頭をすっぽりと覆う赤い色の兜。
その兜から伸びた、六つの鋭利な角のような装飾がやたらと主張する。
胸部、そして両腕と腰も露わとなる。
それらも生身が見えない状態で、血のような赤色の甲冑が装備されている。
ところどころに、苔のようなものが映えているのが確認できた。
右手に剣、左手に盾を持っているのを視認したとき、最後に露わとなる下半身。
兜や上半身と同じく、こちらも甲冑を着用している。
背中には
まるで人間かのようだ。
でもこれは――こいつは人間ではない。
更に言えば、クラスAダンジョンで発生するボスでもない。
とてつもなくおぞましい何か。
急激に喉が渇く。
全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出るような不快感。
初めてのモンスター狩りのときを遥かに上回る恐怖が、ラヴィニスを侵食し始めた。
「問おう。お前は何ものだっ」
ラヴィニスは煌剣ロンバルディアの剣先を未知のモンスターに向ける。
モンスターであれば人間の言葉は理解できない。
なのに、聞かねばならない衝動を抑えることができなかった。
「贄、ヲ。我ガ、主ニ、贄、ヲ」
モンスターが言葉を発して、剣を抜く。
兜の奥の目が赤く光った。
こいつは、やばい。
ラヴィニスは人生で初めて、命に指を掛けられた気がした。
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