覆面の剣聖として名を馳せたおっさん。全てのダンジョンを攻略したのち隠遁するが、うっかり人気配信者の映像配信で素顔を晒してしまい、図らずも表舞台にでてしまう。
第1話 銀狼騎士団団長。副業のダンジョン配信を始める
覆面の剣聖として名を馳せたおっさん。全てのダンジョンを攻略したのち隠遁するが、うっかり人気配信者の映像配信で素顔を晒してしまい、図らずも表舞台にでてしまう。
真賀田デニム
第1話 銀狼騎士団団長。副業のダンジョン配信を始める
「それでは失礼致します。ラヴィニス団長」
「ええ。貴重な休日です。しっかり休んでください」
「はっ」
部下である団員が執務室から去っていく。
足音が消えたのを確認したのち、
「はあぁぁ……」
銀狼騎士団団長ラヴィニス・ハミルトンは給金袋の中身に溜息を吐いた。
先月より四〇〇〇ロギス減り、二六万二〇〇〇ロギスである。
ある程度、予想はしていたが、あまりにも予想通りで乾いた笑みすら出る。
一年前は確か三八万ロギスは貰っていたはずだから、ほぼ三〇パーセント減。
一体何がどうしてこうなったのかと、ラヴィニスは頭に過らせる。
第一に、緊張状態にある隣国ガーナンド国との戦争に備えるための軍備増強。それ自体は大いに結構だが、ここでまず給金の一割を減らされた。
第二に、各地に点在するダンジョンの探索強化に伴う人員の確保。もちろん探索者を雇うのに金がかかり、ここでも一割減らされた。
今年は更に、農作物の不況により農家の収入が激減。よって慈悲深いグラント王は、農家からの税金の徴収をかなり緩めた。よってこちらに負担が回ってきた。とどめの一割減。
王よ。ああ、王よ。
三割減はあまりにもあまりではございませんか。
軍備増強と税金の件はいいとして、ダンジョンの探索強化はほどほどにしてはどうでしょうか……。
「はっ、王の剣である私としたことが、王のご判断に疑問を抱くとは。剣は思考などせぬ。疑いなどせぬ。ただ王を守るための道具であれっ」
両の手を握るラヴィニスは、執務室に飾られているグラント王の肖像画を見ながら、彼への無償の愛を改めて誓った。
そうだ。
こちらが愛するように、王もまた愛してくれているではないか。
その一つが、我々の嘆願によって実現した〝副業可〟だ。
休みの日には、騎士とは別の仕事をしてロギスを稼いでもいいのだ。
だからラヴィニスは、休日となれば副業に精を出していた。
ダンジョン配信である。
◇
「石の精霊ジュエーリよ。目覚めその眼で事象を観測せよ。――ク・レネス」
ラヴィニスは発動魔法を唱える。
すると手に持つ配信用の魔法石――ビジョン鉱石が、淡い青の光を発し始めた。
前回の配信時に、〝
映像を見るには、同じくビジョン鉱石に発動魔法を唱える必要がある。
〝石の精霊ジュエーリよ。目覚めその眼で事象を投影せよ。――ヤ・レネス〟と言ったあと、〝ラヴィニス・ハミルトン〟と続ければ、ラヴィニスが配信している映像がビジョン鉱石から空中へ投影されるのだ。
一体、何人の視聴者がラヴィニスの配信を視聴しているだろうか。
さすがにそれは分からないが、銀狼騎士団団長ラヴィニスがダンジョン配信していることは、王都ノルンである程度、知れ渡っているはず。
ざっと見積もって一万人くらいだろうか。
少ないようで実はかなり多い数字だ。
誰もかれもが配信に興味があるわけではないのだ。
その一万人の誰かが、別の誰かに配信視聴の面白さを伝えれば、ビジョン鉱石の需要が高まる。
それはすなわちビジョン鉱石の供給が増えることを意味していて、貢献度によって配信した者に
貢献度は、配信者ギルドが映像の精査をした上で決定している。
その精査方法は公表されていない。
ただモンスター討伐などの配信は、貢献度を高めに設定しているという噂は聞いたことがある。
それも強敵であれば強敵であるほど、高くなっていくとも。
なんにせよ、あの公明正大を信条とするグラント王が認めているので問題はないだろう。
ラヴィニスはそこで、ビジョン鉱石の切断面がずっと自分に向けられていることに気づいた。
今現在、ラヴィニスの顔が一万人(憶測)の人に見られているということである。
大丈夫。
いつも通り、強く、美しく、聡明な女性だ。
これはなにも自画自賛しているわけでない。
他人からの評価であり、それを素直に受け止めているにすぎない。
ラヴィニスはビジョン鉱石に、〝持続〟が付加された
これでグラント王への忠誠の証である、神々しい銀狼騎士団の装備を見せることができる。
さて、配信を始めるとしよう。
こほんっ。
「私は銀狼騎士団団長のラヴィニス・ハミルトンだ。前回のお知らせ通り、私は今からクラスAである〝ヨーク断崖のダンジョン〟にてボス戦へと入る」
ラヴィニスはボス戦しか配信するつもりはない。
ボスの間の前に来るまでの間にモンスターは十数体倒したが、配信の価値はないとの判断だ。部下である団員達でも難なく倒せるからだ。
ラヴィニス一人で団員達が苦戦する強敵に挑む姿こそが、感動と興奮を与え、新たなる視聴者を呼び込む。
これがラヴィニスが辿り着いた方法論。
「知っての通りだが、ボスはランダムだ。何が発生するかは分からないが、私にクラスAで倒せぬボスはいない。圧倒的な剣技と奥義でボスを撃破する姿をお見せしようと思う。それではいざ……」
ラヴィニスは、浮遊するビジョン鉱石と共にアーチ状の〝境界の門〟をくぐると、ボスの領域へと立つ。
すると、後ろの境界の門に虹色に光る魔法の壁が降りた。
向こうからは自由に入れるが、こちらからは決して出ることのできない魔法障壁。
これはボスモンスターを倒さなければ消えることはない。
そして、ダンジョンの入口へ瞬間移動できる転移門もまた、ボスを撃破しなければ現れることはない。
ボスの領域の中央の地面に赤い魔法陣が発生する。
かなりの大きさだ。大型のボスに違いない。
果たして出てきたのは一つ目巨人のサイクロプス。
モンスターレベルは390。
サイズは、横幅、高さ共にラヴィニスの四倍。
岩のような体躯と巨木のような四肢で暴れ狂うその姿から、〝暴力の権化〟と言われている強敵だ。
対峙しているのが、村の自警団なら逃げだすレベル。
聖国ファナティアではない別の町の騎士団であれば、総出で戦うレベル。
その聖国ファナティアを拠点にする銀狼騎士団団員であれば、三、四人で倒せるレベル。
そして、銀狼騎士団団長であるラヴィニスであれば一人で倒せるレベル。
ゆえに圧倒的な巨躯を前にしても、ラヴィニスは動じない。
もう少しモンスターレベルが上のケルベロスでも良かったが、思ったところで変わるわけでもない。
いや、巨大というのは〝映え〟の観点から考えれば充分にありか。
ラヴィニスはビジョン鉱石の切断面に顔を向ける。
「私の相手はサイクロプスのようだ。ご覧の通りの体格差。一撃でも食らえば骨が砕かれ、待つのは壮絶な死。私はダンジョン墓誌直行となるだろう。この不利な状況をどう打開して倒すのか。そこをしっかりと見届けてほしい。――では」
ラヴィニスは鞘から剣を抜く。
銀狼騎士団団長しか扱うことの許されない、破邪の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます