巨大蟹の死体

『ぎゃああああああああああああああ⁉』


 俺の脳内に、そんなナビの悲鳴が木霊する……が、叫びたい気持ちもわかる。

 目の前に人よりでかい化け物蟹がいるんだ。


 なんなら俺も、叫びそうになってるし……もし生身だったら、漏らしているくらいにはビビってる。


 ってかビビってる場合じゃない。

 早く逃げないと。


 じゃなきゃ、三メートル近い巨大なハサミで真っ二つにされてしまう。


「早く逃げ……」


 そう思って逃げようとした時、俺はあることに気が付いた。


「あ、あれ? こいつ……全く動いて無くね?」


 と。

 そう、全く……それこそピクリとも動いてないのだ。


「……もしかしてこいつ死んでる?」


 そう思ってハサミに触れてみると、巨大なハサミは力なく倒れた。


『死、死んでるっぽいですね……良かったよかった』


 そう言ってナビはホッとしたように言った。

 でもまあ本当に死んでてよかった……こんなのと戦うことになったら、普通に死ぬ……ことはないにしても、骸骨を失う羽目になってただろうからな。


 そう、俺は剣のように鋭いハサミを見てそう思った。


「それにしても……死んで出るのは分かったけど、でもなんでこんな場所で死んじゃったんだ?」


『そうですね……外敵に襲われたわけでもないですし』


「そうだよね……って、あれ? 凄いからだが柔らかいな」


『へ? 本当ですね……体が柔らか……ん? あ、マスターあれ見てください』


 ナビにそう言われてふと上を向くと、蟹二つの殻が甲羅に重なっていることに気が付いた。


 甲羅だけじゃない、足もまた、まるで服を脱ぐように殻が途中まで脱げている。つまり……


「……こいつもしや、脱皮にミスって死んじまったのか?」


『そうみたいですね』


 そう言えば、聞いたことがあるな。

 甲殻類は大きくなる過程で脱皮を行うが、脱皮に失敗して死んでしまう個体も多くいるって。


 おそらくこいつはそういう個体の一体なんだろう。


 そう思いながら甲羅に触れると、突然蟹が轟音を立てて崩れた。


「うわっ、び、びっくりした……やっぱ死んでるのかおや?」


 突然目の前で崩れた蟹は、ただ地面に倒れこむだけでなく体の中央部から真っ二つに裂けてしまっていた。


 理由は分からないが……もしかしたら、柔らかい体と、己の自重によって体が耐えられなくなってしまったのかもしれない。


 俺はそんな、崩れ去った蟹は内臓と、中の筋肉繊維を露出させ、まさにグロテスクな姿になってしまった蟹の断面を見て、心の中で思わずガッツポーズした。


「グロいけど……ラッキーだ」


『これはこれは、マスター貴方さては運がいいですね?』


「かもね~……まさかこいつ、死にたてほやほやだったとは」


 そう言って俺は、蟹にぎっしり詰まっていたその新鮮な肉を見て瞳を輝かせたのだった。






閑話休題骸骨、蟹を運び中






 蟹の一部を海岸まで運んだ俺は、持ってきた樽の半分に、蟹の肉を詰めた。


『あれ? 半分だけしか積まないんですね』


「まあ、これ以上詰んだらたぶん樽が沈んじゃうし」


『まあ、それもそうですね』


 そう言って俺は、樽を水の上に浮かばせると船へ向かって泳いでいく。


『どうします? アレ、まだたくさん余ってますし……それに甲羅も、触れた感じ結構いい素材になりそうですよ』


「あれって……あの蟹の事?」


 ナビに言われて、海岸に放置された蟹を見る。


 蟹のほかにも、森の中で採取してきた果物もいくつか置かれている。


「もちろん全部持っていくよ」


『そうですか……けど、あれだけの量ですからね。どうやって運ぶんです?』


 そう、ナビに聞かれて俺は答える。


「そりゃ、何回も往復して運ぶに決まってるでしょ?」


『うーん……まあ、そうですね。それしかないですよね……それにしても、そうなると面倒ですねぇ~』


「それはそう」


 こうして俺は、往復を繰り返して幼女が起きるまでに資材を全て船へと積み込み……そしてついでに【船体改造】にて骸骨のアップグレードを済ませることができたのだった。

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