最終話

「巻き込んでしまってごめんなさい」


 病室にあすかの声が響く。ここは市内の病院。地震は起きたが静かなものである。


 震度0の地震は、どういうわけか不安定かつ固定されてもいなかった本棚をたやすく倒し、チリの体を押しつぶそうと襲い掛かった。


 だが、横になっているチリの体に傷はない。倒れた本棚は五十キロはくだらない。


 チリの小柄な体くらいたやすく押しつぶせたが、運がいいことに本がバサバサ落ち、できたスペースにスポッとはまって難を逃れたのだった。


 その後、気絶していたところをやってきたあすかに助けられた。ちなみに気絶していたのは頭を打ったわけではなく、文字の悪影響というわけでもない。単に寝不足による過労が原因だ。


「しっかし運がいいねえ、君も」


「そういうあすかさんはどうしたんですか」


「どうしたって……これのこと?」


 あすかが指さしたのは、腕に巻きつけられた真っ白なギプス。骨折の際に付けられるようなやつであった。


「それ以外に何があるんです」


「あはは、これはねえ、チリちゃんの店に行こうとした直前に本棚が倒れてきちゃって」


「……それで骨を折ったと」


「そうなの。でも、ちょっと危なかったんだよ? 本棚がさあ私の頭を狙ったみたいに倒れてくんだもん。あと少し反応が遅れていたら、死んでたかもね」


 朗らかに笑いながら、あすかは言う。


 話を聞いていたチリの背筋に冷たいものが走る。そういえば、あすかが相談しにやってきた際、文字の精霊を貶すようなことを言っていなかっただろうか。そのせいで、彼女は殺されようとしていたのだとしたら……。


「気を付けたほうがいいですよ」


「なに? いつだって私は気を付けてるとも。死角はないさ、無敵だよ」


 と、あすかは言うがチリとしては気が気じゃなかった。一歩間違えば、自分も同じような目に遭っていたかもしれないのだ。もし、そうなっていたら、運動音痴な自分では命はなかったに違いない。


「それよりも、どうだいわかった?」


「わかりましたよ。文字の精霊はおそらくいます」


「ホントにっ!? じゃあ、事件との因果関係は――」


「そこまでは断定できません。意思といっても、ウイルスのような本能的なものかもしれませんし」


「はーなるほど。状況証拠しかないってことかあ」


「まあ、そういえるのかもしれないです」


 脳裏によぎるのは、あすかの怪我。今知ったことを加味するならば、間違いなく、文字に危害を加えようとする存在に対して攻撃を仕掛けてくるということになる。


 だが、言えるわけがない。チリだって死にたくはないし、本と仲良くしていきたいのである。


 チリは口を真一文字にして黙っていた。そんなチリの隣に座るあすかは「そっかそっか」と呟いていた。


「残念。対処を求められていたんだけどなあ」


「対処って?」


「文字の精霊ってやつが、人々に危害を与えるようなら――」


「そんなことにはなりませんよ」


「どうして?」


「殺すつもりだったら、最初からやっていたはずですから」

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文字病 藤原くう @erevestakiba

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