三分でお前を殺人料理(1) -闇バイトの打ち上げ-


 ◆


 夜の繁華街を五人の闇集団が歩いている。

 闇大仕事の帰り道である、莫大な収入を得たので折角だから打ち上げで少し良い店にでも行こうということになったのである。


「いやあ、俺らって本当に闇っすねぇ」

 先頭を行くのは闇バイトリーダーである。

 元々は普通の大学生であったが、恐るべき悪の力に魅入られたことで闇落ちし、闇バイト五年目からは闇バイトリーダーとして現場管理やシフト調整にも勤しんでいる恐るべき闇の世界の住人である。


「キヒヒ、オイラ達は本当に闇でヤンスねぇ」

「イヒヒ、闇ダス、闇ダス」

 闇バイトリーダーの言葉に調子良く同調する二人は双子の闇バイトである。

 闇落ちした友達からの紹介で闇落ちしたこの双子のコンビネーションは、入社早々業界でも評判となっており、将来的には闇業界を背負って立つ存在になるのではないかとも噂されている。


「こらこら皆さん、そんなに闇をアピールするもんじゃありませんヤミよ」

 そんな調子の三人を闇正社員が軽く諫める。

 年齢としては闇バイトリーダーと大して変わらないように見える優男であるが、中学を卒業してすぐに職業不安定所で光と闇の混沌の中から闇に就職した叩き上げの闇正社員である。


「……フン」

 そして暗黒騎士。


 今日の彼らは抜群のチームワークで、今日は太陽の下で違法薬物の材料となる草農場で五時間ほど働いた後に、銀行を襲って何百人もの利用者から銀行口座を奪ってきた。この銀行口座は詐欺や犯罪者の隠し口座など恐るべき目的のために利用される。

 初心者が闇落ちした際にオススメの和気藹々とした闇職場の面々である。

 貴方達もこういう仲間と出会えれば、若くして闇落ちした甲斐があると言えるだろう。


「しかし、なかなか良い店はないっすねぇ……」

 繁華街を歩く五人に明確な目的店はない。

 ただ、繁華街を歩けばなにか良い店も見つかるだろうと歩いているのである。


「キヒヒ、オイラはやく魚が食べたいでヤンス」

「イヒヒ、オラはやく肉が食べたいダス」

 急かすような口ぶりだが、双子の顔は明るい。

 気の合う仲間たちと一緒ならば目的のない歩みも楽しいものである。


「どうっすかね、闇正社員さん。ここらでいっちょ、プロバイダを襲って手に入れた回線で、ここらの良い店を調べてみるってのは」

 闇バイトリーダーがしびれを切らしたように言った。


「おおっと、いけないヤミねぇ、闇バイトリーダーくん。そりゃお客様の分のインターネットヤミよ?」

「じゃ、俺のスマホを使うってのは?」

「若いんだから我慢するヤミ」

「ちぇっ、闇正社員さんと俺の年齢、あんまり変わらないじゃないですか」

「だから、私もみんなと一緒に歩いているんだヤミ……ほら、自分の目で良い店を探すヤミよ。私達は迂闊にスマホを使うと遠隔ハッキングでスマホごと爆殺される可能性があるヤミんだから」

「おっと、忘れてたっすわ」

「「「「ハハハハハハハハハハハハハ」」」」

「フッ……」

 四人の盛大な笑い声に暗黒騎士の甲冑の内側から漏れた僅かな笑い声が重なる。

 生まれも育ちも性格も給料も違う。

 しかし、五人は大切な闇落ち仲間であった。

 夜の繁華街を五人は進む、この時間が永遠に続けばいいと思いながら。


「可愛い女の子いますよー!飲み放題触り放題で一時間五百円!お兄さんたちどう!?」

「五人入れますよー!!鳥貴族に次ぐ店、豚革命でーす!!」

「おっ、闇の五名様!ウチ空いてますよ!!!貴様達を裁く電気椅子が五人分なァ!!!オジキが誠実な強盗でコツコツ集めた金を奪った恨みじゃボケェ!!!死ねい!!!!」

「誰でも良いから棺桶に入りませんかー?」

 夜の繁華街は誘惑が多い。

 条例などなんのその、迷惑な客引きが闇の集団に容赦なく寄ってくる。

 虫は光にしか引かれないが、欲望は闇にすらも引かれてやってくるのである。


「闇の世界に堕ちよ……邪冥獄狼波ッ!」

「グ……グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!馬鹿なッ!!!だが、たとえ闇の力が勝利しても、必ずや第二、第三の客引きが貴様を罰する日が来る……その日が来るのを地獄で……待って……い…………」

 群がる客引きを暗黒騎士の闇の力で粉砕しつつ、彼らは店を探す。

 

「おっ」

 唐突に闇バイトリーダーが立ち止まり、言った。

「あれ、良くないですか?」

 闇バイトリーダーの視線の先にあるのは、二階建ての大衆居酒屋らしき建物であった。店内からは絶えず賑やかな声が漏れ聞こえている。

 デカデカと掲げられた『安い』『美味い』『疾い』のネオンサインが、夜の闇の中で踊るようにチカチカと煌めく。


「いや、闇バイトリーダーくん。私にはもっと良い店があるように思えるヤミがねぇ」

「しかし、闇正社員さん」

 闇バイトリーダーが説明しようとするよりも早く、闇双子が高い声を上げた。


「キヒィ!めちゃくちゃ美味しそうな匂いがするでヤンス!」

「イヒィ!オラは闇バイトリーダーさんの意見に賛成ダス!」

 はしゃぐ二人の様子に、闇正社員は肩をすくめた。


「やれやれ……折角今日は大金を手にしたっていうヤミなぁ」

「なぁに、また別の機会に来ればいいんすよ。俺等の獲物はこの世界に幾らでもいるんすから」

 そう言って、闇バイトリーダーが獣のように笑う。

 見るものがゾッとするような凄絶な笑みである。

 こういう笑顔を作れるものは、闇の世界と言えどもそうはいない。

 フッ……と小さく息を吐き、闇正社員は「頼もしいヤミなぁ」と言った。


「えっ、何か言いました?」

「君の意見に賛成だって言ったヤミ、暗黒騎士もそれでいいヤミ?」

「……良かろう」

 かくして、五人の闇集団が入店することになったのである。

 居酒屋『新鮮な食材、お前』に。


「らっしゃっせェェェェェェッ!!!!!!」

 自動ドアが開く、と同時に――包丁が闇バイトリーダーを襲った。


――疾いッ!

 亜音速にも到達しようかという速度で包丁がダーツのように闇バイトリーダーに放たれたのである。

 闇バイトリーダーは咄嗟に闇オーラを両手に集め、包丁を弾く。

 闇オーラ――闇バイトの嗜みである。


「なるほど、疾いってのは……こういうことっすかぁ~~~~」

 両手に集中させた闇オーラを闇バイトリーダーは全身に分散させる。

 これで亜音速の包丁を防げるほどの硬度は失われたが、どこから狙われてもある程度の防御力を発揮する。


「お通しがコレだなんて言わないっすよねぇ……?お通し代払わないっすよぉ?」

 一般人ならば最初の一撃でなすすべもなく、死んでいただろう。

 だが、闇バイトリーダーは歴戦の闇バイトである。

 この程度の危機ならば、何度も乗り越えてきた。


「ねえ、皆……この店殺っちまわないっすか?」

「キヒヒ」

「イヒヒ」

「ヤミヤミヤミヤミ」

「フッ……」

 恐るべき闇のオーラを放ちながら、五人の闇バイトが嗤った。

 獣の笑みである。料理するのは常に自分たちの側――その自負がある。


「良かったっすわああああああああああああああああ」

 店の奥から威勢のよい声がした。

 喉が張り裂けんばかりの絶叫である。


「良かったヤミ?」

「先の一撃はあくまでも、お通し。この程度の一撃でお通されずになったら……がっかりでしたよお客さん……」

「じゃあ、次はがっかりしてもらうヤミよ……あなたの死でねぇ……」

「……ヘヘッ!!!」

 その笑い声をキッカケに、闇集団が突入した。

 

「どうでしょうか、皆さん。私の奢りで飲みに行くというのは……いい店を知っているんですよ」

 むべの生命保険がそう言って、殺死杉謙信とバッドリ惨状を伴って居酒屋『新鮮な食材、お前』に来店したのは、その直後のことである。


【つづく】

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