第14話 王家の血
屋敷を出て、ひたすら走る。地震で混乱した人のせいで道は混雑していて、とても馬車を使えるような状況ではなかったのだ。
走り慣れていないから、足はかなり痛い。一瞬でも立ち止まってしまったら、走ることをやめてしまいそうだ。
でも、とにかく、走らなきゃ……!
あとどれくらい走ればつくのか、現場はどんな状況なのか。
分からないことだらけだ。だから、急がなければならない。
わずかな時間が、命取りになるかもしれないんだもの……!
◆
「ここだよ」
息を乱して立ち止まったカトリーヌの背中を、そっとマリアがさする。
前方に広がっているのは、酷い景色だった。
「……そんな」
三方を山に囲まれた集落は、いくつもの建物が崩壊していた。怪我をして、地面にうずくまっている人もいる。
「こんなところが……」
貧民街の奥をさらに進み、王都の中心からはかなり離れた。しかしそれでも地図上は、まだここは王都に位置するはず。
そこに、こんな場所があったなんて。
「地図にはのっていないからね」
カトリーヌの心を読んだように、フリッツが呟く。
「とりあえず、怪我人の救助と治療を!」
フリッツが大声を出すと、ついてきていたシアンの団員たちが一斉に動き出す。
わたくしにできることは、ないかしら?
地震は既におさまっており、無事に避難できた人は建物から離れ、周囲に何もない場所に集まっている。
「土砂崩れの心配はない……のかしら?」
きょろきょろとあたりを見回す。正直、暗くてよく分からない。団員たちが持ってきた松明はあるものの、周辺の様子までは見えないのだ。
なにか自分にもできることを探さなくては、とカトリーヌが一歩踏み出した時、再び地面が激しく揺れた。
闇を切り裂くような悲鳴が、カトリーヌの耳にも届く。
「落ち着いて、落ち着いてください!」
フリッツが声を張り上げるが、悲鳴はおさまらない。その中には、幼い子供の声もあった。
しかも地震の影響で、一つ、また一つと松明の火が消えていく。
まずいわ、このままでは……!
「安心しろ!」
アウリールの大声が響く。そして急激に、視界が明るくなった。
顔を上げると、上空に大きな火の玉が浮かんでいる。それはまるで、夜に現れた太陽のようだった。
「あれは……魔法?」
あまりにも大きい。しかも、松明の火はほとんど消えていたし、あれほど大きな火はなかった。
アウリールは、火を操っただけじゃない。
火を、生み出したのだ。
「……やっぱり、彼は……」
カトリーヌや、他の王子とは魔法使いとしての格が違う。
まるで建国史にのる英雄のような力だ。
建国当時、強大な魔法を使える人々がいた。彼らは魔法で戦争に勝利し、文化を発展させ、国の支配者となった。
それが、今の王家の始まりだ。
「……きっと、魔法でアウリール様に勝てる人なんていないわ」
ロレーユの血を引いているからと王家が殺そうとした王子が、誰よりも王家の血を色濃く継いでいるなんて。
周囲が軽くなったことで、だんだんと悲鳴が小さくなっていく。
そして、揺れもおさまった。
「よかったわ」
ほっとしていると、慌ててマリアに肩を叩かれた。
「カトリーヌ様、あれ……!」
マリアが指差した場所には、蹲った少女がいる。足を怪我したのだろうか。両手が右足に添えられていた。
そして彼女の頭上から、大きな土の塊が落ちている。
このままでは彼女は土に潰され、死んでしまうだろう。
悩んでいる暇も、迷っている暇もない。
わたくしが、やらなきゃ……!
カトリーヌにできるのは、土を操ることだけ。
しかも、アウリールのような強い力はない。
落ちてくる土の塊に手のひらをかざし、目を閉じて強く祈る。
「お願い、どうか……!」
全身が熱くなる。身体の節々が痛くて、立っているだけでやっとだ。
「それでも……!」
ぎゅっと閉じていた目を開く。土の塊は自然に反し、落下途中でその動きを止めていた。
しかしこれも、長くは続かない。
「マリア!」
カトリーヌの声に反応し、マリアがすぐに駆け出す。
マリアが少女を抱えて安全な場所へ移動したのを確認して、カトリーヌは全身の力を抜いた。
よかった。なんとか、あの子は助かったはずだわ……。
立っていられなくて、カトリーヌはそのまま地面へ倒れた。
するとすぐに、大きな音が聞こえる。きっと、先程の土が地面へ落下したのだろう。
何も考えられなくなって、カトリーヌは目を閉じた。
◆
額に冷たい感触があって、カトリーヌはゆっくりと目を開けた。窓から差し込む朝日が、優しく室内を照らしている。
「カトリーヌ様!」
泣きそうな顔をしたマリアが、ぎゅっとカトリーヌの手を握った。
「カトリーヌ様は魔法で少女を助けた後、倒れてしまったんです。そのまま眠っていたんですよ」
「……わたくし、どのくらい寝ていたの?」
「一晩です。大丈夫ですよ。集会の日は、終わっていませんから」
安心してください、とマリアは微笑む。カトリーヌが考えていることなんて、マリアには全てお見通しのようだ。
集会は昼過ぎからだから、今から準備をすればまだ間に合う。
「昨晩はあれから、どうなったの?」
「地震はあれ以上起こりませんでした。怪我人や家が壊れた方を避難させて……今もまだ、向こうに残っている人はいます」
「そうなのね」
「はい。でも幸運なことに、死人は出ませんでしたよ。怪我人は何人か出てしまいましたけれど」
安堵のあまりまた全身から力が抜けそうになって、カトリーヌは慌てて目に力を入れた。
「マリア。身支度の用意を手伝ってくれるかしら。集会は予定通り行われるのでしょう?」
「はい。ですが、その前に……」
マリアが話し始める前に、部屋の扉が開いた。
「無事に目を覚ましたようだね」
「フリッツ様!」
「体調は問題ないのかい?」
「はい、もう大丈夫ですわ!」
疲労はたまっているが、それだけだ。
「それならよかった。じゃあ、また後で」
そう言うと、フリッツはすぐに部屋を出て行ってしまった。
名残惜しいけれど、仕方ない。
今日はフリッツ様も、いろいろと準備がおありでしょうしね。
カトリーヌも、のんびりしている時間はないのだ。原稿の確認もしなければならないし、時間があれば演説の練習もしたい。
「カトリーヌ様」
「マリア、どうかした?」
「カトリーヌ様をここまで運んでくださったのは、フリッツ様なんですよ」
「えっ?」
「私ではここまで、カトリーヌ様を運べませんでしたから」
ここまで……って、あんなに長い距離を?
馬車もない中、わたくしのことをずっと抱えてくれたの?
ああもう、わたくしの馬鹿!どうして、全く覚えていないのかしら!
「わたくし、礼を言ってくるわ!」
慌てて、カトリーヌは部屋を飛び出した。
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