第8話 調査開始
中庭には小さな庭園があり、その中央にテーブルと椅子がいくつか設置されている。花のアーチに囲まれた空間は美しく、時折ここで小規模なパーティーが開催されることもある。
「一人なのね」
木陰からこっそりとヴェルモントの様子を窺う。彼の背後に付き従う従僕はいるものの、誰かと談笑を楽しんでいるわけではなさそうだ。
テーブルの上にはティーカップと、ケーキがのった皿がある。
服装は……かなり派手だけれど、それもいつも通りね。
装飾品だって、この兄妹はいつも華美なものを身に着けているし。
ヴェルモントもオリヴィエと等しく、社交界の花となる美貌を有している。そして、それを自慢にも思っているはずだ。
だが、特定の令嬢との浮ついた話を聞いたことはない。
用心深い性格をしているからかしら?
美しい少女を見つければすぐに侍女にしたがるオリヴィエとは異なり、ヴェルモントが身近におくのは幼い時から彼に仕えている者ばかりだ。
どうしよう?調べるって言っても、どうするのがいいのかしら?
誰かと話しているなら会話を盗み聞けるが、一人でいる時はどうしようもない。
それにまだケーキに手をつけていないから、しばらくはここを離れないだろう。
別日にした方がいいか、と思い、気づかれないように動こうとした瞬間、背後から足音が聞こえた。
慌てて振り向くと、そこにいた少年と目が合う。
黒髪に、紫色の瞳。年はカトリーヌと同じくらいかもしれないが、やけに色気がある。手には、ハープを持っていた。
宮殿に招かれた楽師だろうか。それにしては若い気もするけれど……。
少年は軽く頭を下げると、そのまま宮殿の方へ歩いていった。
「カトリーヌか?」
ヴェルモントの声がして、慌てて振り向く。
しまった!つい、さっきの子に気をとられて……!
「まさか、この僕に用事か?お前が?」
相変わらずの上から目線な態度と言葉だ。カトリーヌを見る瞳には、はっきりと侮蔑の色が滲んでいる。
「みすぼらしい服を着て……金でも貸してほしいのか?」
カトリーヌの頭の先から爪先までをじっくりと眺め、ヴェルモントは薄く笑った。
「……違いますわ」
彼にとってはみすぼらしい服でも、カトリーヌが持っている服の中では立派な服だ。
「そうか。よかった。返ってこない金を貸す趣味はないからな」
どれだけお金がなくなっても、貴方にだけは頼まないわよ!
心の中で怒鳴りつける。けれどそれを口に出せないのを知っていて、ヴェルモントは会うたびにカトリーヌを馬鹿にするのだ。
「……相変わらず兄上は、立派なお召し物をお持ちですわね」
「ああ、これか?今日は何も用事がないから、適当な物を選んだんだがな」
袖に縫いつけられた宝石をカトリーヌに見せびらかしつつ、ヴェルモントはそう言った。
「素敵なお洋服は、いつもどこで買っていますの?」
いつもなら、わざわざヴェルモントの自慢話を引き出すような真似はしない。けれど、今は別だ。
些細なことでも、今はヴェルモントの情報が欲しい。
「どこで、なんて発想が出てくるのが哀れだな」
軽く笑うと、ヴェルモントは得意げな顔で続けた。
「商人たちを部屋に呼ぶんだ。今度、お前もくるか? お前に買えるようなものはないだろうけどな」
カトリーヌが何も答えずにいると、みすぼらしい格好でうろつくな、と言い残し、ヴェルモントは去っていった。
遠ざかる背中を睨みつけ、カトリーヌは小さく溜息を吐く。
久しぶりに話しただけで、やっぱり疲れたわ。
第一王子や第三王子は、ここまで嫌な人ではないのに。
生来の性格なのか、環境の違いなのか。
でも、ヴェルモントがいい人になんてなっていなくてよかった。もしそうなっていれば、罪悪感を覚えたかもしれないから。
それにしても、商人たちを部屋に呼ぶ……ね。
商人を招いて買い物をするのは、上流階級の人間にとってはよくあることだ。珍しいことではない。
そして商人なら、堂々とヴェルモントの部屋を訪れることもできる。
頭の中に、アウリールからもらった似顔絵の男を思い浮かべた。あの男も、堂々とヴェルモントに招かれているのかもしれない。
◆
「宮殿の使用人たちに話を聞いてみたのですが、まあ、結構嫌われているようでしたよ」
「そうなの?」
「ええ。まあ、一部の若い侍女たちからは人気があって、彼女たちには第二王子も優しいようですが」
離れに戻り、向かい合って紅茶を飲みながら話す。
食堂で聞き込みをしている際にもらったという茶葉は、ヴェルモントが好んで飲んでいるものだという。
「しかも、最近は以前に増して羽振りがよく、買い物の頻度も上がったとか」
「買い物っていうと、商人たちを部屋へ呼んでいるのよね?」
「はい。飲み物を用意するのも大変だと、厨房の人が愚痴を言っていました」
「なるほどね……」
決定的な証拠は何もないが、進展がなかったわけじゃない。
「次はいつ商人たちを呼ぶかは分かったかしら?」
「はい。明後日の午後だと。第二王子はいつも彼らに土産を渡すようで、その用意を命じられたとのことです」
「ありがとう、マリア。助かるわ」
明後日の午後、ここへ似顔絵の商人がやってくるかもしれない。
ヴェルモントの部屋を覗くことはできないが、門を監視し、商人たちの顔を確認することはできる。
「絶対、証拠を掴まなきゃ……!」
身体の中から、どんどんエネルギーが湧いてくる。フリッツのためだと思うと、力が湧いてくるのだ。
それに進展があれば、報告という名目でフリッツに会うこともできる。
上手くいけば、フリッツ様も褒めてくれるかしら?
すごいね、と頭を撫でてほしい。昔、詩をそらんじたわたくしをそうしてくれたように。
詩を読む時の彼の優しい声が大好きだった。幼いカトリーヌは半分も詩の意味を理解できなかったけれど、微笑みながら彼が口にする言葉は特別に聞こえたのだ。
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