第7話 第二王子・ヴェルモント

「第二王子の不祥事って、何なの?」


 第二王子・ヴェルモント。王子の中でも、母親の身分が最も高い男だ。

 金遣いが荒いとの噂もあるが、それ以上に潤沢な財を所有している。

 そして、カトリーヌとしては、最も気に入らない王子である。


「第二王子が塩の密売に関わっている、という噂がある。俺たちも調査をしているんだが、今のところは確実な証拠はまだない。宮殿の敷地内には、一歩も入れないからな」

「密売……」


 塩は貴重な品で、国が管理・販売を行っている。塩の密売は大罪であり、逮捕された商人も多い。


「その話が本当なら、大問題だわ」


 王子であるヴェルモント自身が法を犯し、私腹を肥やしていたことが判明すれば、きっと世間は大騒ぎになるだろう。

 ヴェルモントや王家に対する信頼は失墜し、代わりに、罪を暴いたカトリーヌに対する信頼が生まれるかもしれない。


「……さっき、宮殿の敷地内には入れない、と言ったわよね?」

「ああ」

「つまり、宮殿内で証拠を探せ、ということでいいのかしら?」

「そうだ」


 アウリールが頷いた途端、フリッツが心配そうな眼差しを向けてくれた……気がした。口に出しては何も言わないけれど。

 でも、カトリーヌには分かる。

 何度もその顔で、大丈夫?と言われたことがあるから。


「わたくし、頑張るわ」

「私も、全力でカトリーヌ様をサポートします」


 背後からマリアの声が聞こえた。振り向くと、マリアが力強く頷く。

 宮殿にいる、たった一人の味方だ。


「いい報告を期待している。なあ、兄上?」


 アウリールの呼びかけに、フリッツはゆっくりと頷いた。そして、カトリーヌの前までやってくる。

 彼が目の前にやってきただけで、心臓が激しく騒ぎ出した。


「……あまり、無理をしないように」


 小さな声でそう言うと、返事も待たず、フリッツは部屋を出ていってしまった。


「これが、第二王子と手を組んでいると噂がある商人の似顔絵だ」


 アウリールに一枚の羊皮紙を手渡された。そこには、やや太り気味の男の顔が描かれている。


「第二王子と同様、こいつについても頼む。もし、宮殿内で見かければ、だが」

「分かったわ」


 宮殿には多数の商人が出入りする。特に第二王子は浪費家で、頻繁に商人を自室へ招き、買い物をしているという話だ。

 その中に、絵の男もいるのかもしれない。


「任せて」


 自信があるわけじゃない。でもそれを口にすると、もっと自信がなくなってしまう気がして、カトリーヌは強気の笑みを浮かべた。





「宮殿内に入って、様子を探ってみるしかないわね」

「はい、それがいいと思います」


 離れに戻ってすぐ、二人は着替えた。マリアはいつもの侍女服へ、そして、カトリーヌは華やかなドレスへ。

 華やかな、といっても、他の王女から見ればずいぶんと質素なものだ。


 宮殿への出入りは制限されていない。とはいえ、宮殿に足を踏み入れるのはずいぶんと久しぶりだ。

 小さい頃は他人の視線が怖くて、宮殿に行くのが嫌いだった。

 でも、今は大丈夫だ。何を言われても、どんな態度をとられても。


「わたくしはとりあえず、第二王子を観察するわ。マリアは、彼に関する話を収集してくれないかしら?」

「分かりました。やってみます」


 頷き合って、カトリーヌたちは宮殿へ向かった。





 あれがはずれ姫よ、という無数の声を聞きながら、カトリーヌは宮殿の廊下を進む。

 久しぶりに足を踏み入れたここは、記憶の中よりも派手に輝いている気がした。

 離れとは、全く雰囲気が異なる。


「ではカトリーヌ様、また後で」


 マリアが囁いて、カトリーヌから離れていった。彼女には、宮殿で働く侍女への聞き込みを任せている。


 マリアが、嫌な思いをしなければいいのだけれど……。


 はずれ姫付きの、仮面をつけた侍女。使用人たちの中でもマリアの地位は低く、嫌な扱いを受けることも多いと聞いている。

 そんな彼女に聞き込みを依頼したのはカトリーヌ自身だ。しかしそれでも、彼女が嫌な思いをしないように、と祈ってしまう。


「……わたくしはわたくしで、どうにかしないと」


 今日の目標は、第二王子への接触だ。もう何年も話していない兄と会話して、様子を探りたい。


 どこにいるのかしら?部屋にいられたら厄介ね。部屋を訪ねていくような間柄ではないし。


 カトリーヌが足を止めて考え込んでいると、前方から華やかな笑い声が聞こえてきた。慌てて顔を上げると、目線の先に第一王女が立っている。

 第一王女・オリヴィア。第二王子であるヴェルモントとは同腹の兄妹だ。


「あら?カトリーヌじゃない」


 目が合うと、オリヴィアはにっこりと笑みを浮かべた。

 もちろん、その瞳は笑っていない。


 オリヴィアは金髪碧眼の美少女だ。舞踏会があれば、彼女と踊りたい男が列を作るという噂もある。

 舞踏会に参加したことのないカトリーヌに真偽は分からないものの、あながちそれも嘘ではないだろうと思う。


 絵に描いたような美少女で、背も高く、スタイルもいい。いつもきちんと身なりを整えていて、今日も普段使いには派手すぎるドレスを着ている。


「宮殿に何の用かしら?」


 ここは貴女の居場所ではない、とオリヴィアの瞳が語っている。

 彼女の左右に付き従う侍女も、カトリーヌへ嫌な視線を向けてきた。


 オリヴィアは、美しい少女しか侍女として迎えない。彼女付きの侍女になることは、宮殿で働く使用人たちの憧れなのだ。


「……書庫へきたのです。本を読もうかと」


 考えていた言い訳を口にすると、そう、とオリヴィアは興味なさそうに呟いた。


「あそこは埃が多くて嫌になるわ。ああ、でも、離れに慣れた貴女には、居心地がいいかもしれないわね」


 くすりと笑うと、オリヴィアはドレスの裾をひるがえして立ち去っていく。後ろ姿が見えなくなってから、カトリーヌはそっと息を吐いた。


 会いたくない人に会っちゃったわ。


 昔から、オリヴィエのことは苦手だ。カトリーヌのことを下に見過ぎていて、嫌がらせをされるようなことはなかったけれど、会うたびに嫌味を言われる。


 頭を振って、カトリーヌは歩き出した。今は、オリヴィエのことを考えている暇なんてないのだから。

 書庫へ向かうふりをしつつ、遠回りして第二王子の姿を探す。


「……あっ!」


 廊下の窓から、ヴェルモントが見えた。オリヴィエと同じ明るい金髪はよく目立つ。陽の光を浴びているなら、なおさら。

 ヴェルモントは中庭でティータイムを楽しんでいる最中のようだ。


「行かなきゃ」


 正直、彼と顔を合わせるのは、オリヴィエと話すよりずっと気が重い。でも、これもフリッツのためだ。

 覚悟を決めて、カトリーヌは中庭へ向かった。

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