第6話 はずれ姫の決意
宮殿に戻った時、カトリーヌの身体は疲労で限界を迎えていた。
「疲れたわ……」
ベッドに倒れ込み、目を閉じる。頭の中を、今日一日のできごとが駆け巡った。
初恋の人に再会して、夜に王宮を飛び出して、シアンの屋敷へ行って。
人生で一番、活動的な日を過ごした気がする。
「……どうすればいいのかしら」
フリッツのためならなんだってする。しかし彼のために実際、自分にできることはなんなのだろう。
「復讐の手伝い?」
離れとはいえ、カトリーヌは王宮の敷地内に暮らしている。宮殿への出入りも制限されているわけではない。
フリッツよりはずっと、父王の首を狙える機会も多いだろう。
しかし、王が死ねば、それでいいのだろうか。復讐を果たし、フリッツは納得するのだろうか。
彼が憎んでいるのはきっと、国王個人というより、この国の王家……ひいては、この国自体だ。
ロレーユを虐げてきた、悪しき風習と制度。
シアンは、それを破壊するために活動しているのだから。
「わたくしも、間違っていると感じたわ」
今まで、ロレーユについて考えたことなんてなかった。
カトリーヌ個人が直接彼らを差別したり、酷い扱いをしたことはない。けれど平然と、彼らが虐げられている社会で生きてきた。
彼らも、カトリーヌと変わらない、ただの人間なのに。
ロレーユへの差別を撤廃する。国の制度を変え、彼らが生きやすい社会を作る。
シアンのその目標を叶えることが、フリッツを救うことに繋がるのではないだろうか。
「それを期待して、アウリール様も、わたくしに力を貸してほしいと言ったはずよ」
はずれ姫でも、カトリーヌは王女だ。そこに、利用価値を見出したのだろう。
しかし今のカトリーヌに、国の制度を変えるような力はない。
「……わたくしは、王位継承決闘への参加権もないし」
国王が死ねば、一ヶ月後に王位継承決闘が開催される。参加できるのは、魔法が使える王子のみ。
そこでの勝者が、次の国王となるのだ。
そのため、王太子はおかれず、王子であればその立場は皆等しい。
実際には、母方の出自によって王子たちのパワーバランスが決まっているわけだが、決闘によってひっくり返すチャンスがあるのだ。
今、カトリーヌには、味方になってくれるような親類もいない。
孤立無援のはずれ姫だ。
魔法が使えることを明かしたら、どうなるのかしら?
他の王子と同様に、決闘への参加権を得られるだろうか。いや、きっとそうはならない。
ロレーユだという理由で殺されそうになったアウリールのように、命を狙われるだろう。
「誰か、わたくしの味方になってくれる人がいれば……」
強力な後ろ盾があれば、国王も気軽に排除することはできないはず。
「でも、わたくしには……」
呟いた瞬間、フリッツの顔が頭に浮かんだ。
昔、どれだけ周りに冷たくされようとも、彼だけは優しくしてくれたから。
「……あれ? よく考えたら、ありなんじゃないかしら?」
ひらめいた気がして、カトリーヌは飛び起きた。頭の中を整理するために、一度大きく深呼吸をしてみる。
冷静になってみても、いい考えだと思えた。
「フリッツ様たちに……シアンに、わたくしの後ろ盾になってもらえばいいんだわ」
シアンはテロ集団だ。しかし、ロレーユの解放という大義を掲げている。
国が堂々と処分しようとすれば、世論は賛成一色にはならないだろう。
カトリーヌには資金も、要人の後ろ盾もない。
その代わりに、大義を掲げるのはどうだろう?
「……差別の撤廃を望む、虐げられてきた王女」
間違いなく、インパクトのある存在になれる。しかも、今までにない、魔法を使える王女であればなおさら。
きっと、ロレーユ以外にも、王家や社会に対する不満を掲げている人はたくさんいる。
平民の多くは、貴族への恨みを持っているだろう。
そこに、大義を掲げ、平等を求める王女が現れれば、どうなるか。
「これだわ……!」
後ろ盾がないなら、民衆を味方につければいい。
世間に存在を知られていない王女ならともかく、民衆に慕われる王女を易々と処分することはできないはずだ。
◆
「以上が、わたくしからの提案ですわ」
話し終えて、カトリーヌはじっとアウリールの目を見つめた。
左右で色の違う瞳には、まだ慣れない。
昨晩考えたことを伝えるため、カトリーヌはマリアと共にシアンの屋敷へやってきたのだ。
昨日もらったシアンの所属を示すマントを羽織っていれば、道中で襲われる心配もない。
シアンに手を出すのは自殺行為だと、貧民街では既に知られているのである。
「俺たちの支持を得て、国民の前に立つ、と」
「ええ」
「王家からはかなり嫌われるだろうな。王家からすれば、俺たちはただのテロ集団だ」
「元々、わたくしははずれ姫だもの」
なるほどな、とアウリールは頷いた。部屋の隅で話を聞いているのに、フリッツは何も言わない。
「兄上はどう思う?」
アウリールが問うとようやく、フリッツは口を開いた。
「……悪くないだろうね。どれだけ王家が否定しても、彼女が王女であることは魔法が示してくれる」
「賛成ってことだな」
アウリールの言葉に、フリッツは返事をしない。しかし、無言が肯定を意味することは明白だった。
「王女であること、魔法を使えることを明かし、同時に俺たちを支持していることを表明する。それでいいな?」
「ええ。そうすれば、少なくとも、民衆の関心は集められるはずだわ」
その中にはきっと、シアンの活動に賛成してくれる人もいるはずだ。
いくら王家や貴族が権力を持っていても、民がいなければ国家は成り立たない。民衆の意志を無視することはできないのだ。
「分かった。だが、俺からもう一つ、提案がある」
「提案?」
「それと同時に、もう一つ、民衆に知らせるのはどうだ?」
「もう一つ……?」
何も思い浮かばず、カトリーヌは首を傾げた。
他に伝えられるようなことがあっただろうか。
「第二王子の不祥事だ」
「えっ?」
「民衆の……立場が弱い者の味方をし、王族の罪を弾劾する不遇の王女。どうだ?」
にやり、と口角を上げて、アウリールが笑った。
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