第19話「飲み会」
◇
そして飲み会の日はあっという間に来た。
いつもよりも早めに仕事を終わらせ、会社のエントランスで座って待っていると最初に話しかけてきたのはこいつだった。
「うぃーっす、哉さん! お仕事お疲れ様でーす」
スーツの上からオシャレなチェック柄のマフラーを身につけた同期の久遠。
何にも知らない新卒の後輩女性社員たちが俺に話しかけてくる顔だけはイケメンの久遠を見つめているのが見えて少し冷ややかに視線を送る。
「おい、彼女たちに何かやってないだろうな?」
「開口一番なんすか、どーしたんすか?」
「どーしたもこうしたもってなぁ、入社してからずっとこの調子だよな久遠って」
「へ、なんのことすか?」
ぽかんと口を開けてとぼけながら聞いてくるその姿は殴りたいほどに憎たらしい。
キリっと歯を噛んで見せると、笑いながら俺の肩を叩いてくる。
「っぶはは、冗談っすよ哉さん。勿論分かってますからね」
「分かってるって、それはどっちの意味だ?」
「うーん、僕が後輩にモテてるってことっすかね?」
「ちげーよ、後輩に手を出すなってことだよ」
「あはーん、そゆことですか。もしかしてせっかく再開した元カノよりも僕を見つめる後輩ちゃんを取られたくないと?」
「馬鹿言え! な、何がだよ、俺と栗花落はそういう関係じゃない。そうじゃなくて普通に拗らせるようなことはするなって話だ。リーダーから言われてるだろ?」
「へいへい、分かってますよ~~」
俺がしつこく問い詰めるとさっきまで楽しそうに叩いていた肩から手を放し、上にあげて降参のポーズをとる。
そんなふざけた久遠もこれでも社会人、大人なのだ。色々と限度と節度と言うものは理解しているようで会社の女の子を誘ったりはしていないようだった。
会社でやったり、望まない恋愛関係でも作ってしまえばそれこそセクハラだとかモラル的にも、もっと言えばそれが結果的に業績や成果に影響してくる。
「でもいいっすよね~~、うちの研究室は男ばっかりなんすよ? そっちと言えばもう二人を覗いて全員女性……まさに
「その楽園の女性たちは今日はいないけどな」
「んな⁉」
俺の一言に衝撃を受けながらすり寄ってくる姿は素直というかなんというか、馬鹿っぽいのはおいて、それはそれで高校生の頃を思い出してしまってくすっと笑ってしまった。
「っな、なんで笑ってるんすか? あ、もしかして元カノさんと何かいいことが⁉」
「ち、違うってば。普通に反応が面白くてな、子供っぽいって言うか」
「まぁ、一人の女性に対して話がありまくりで進んでない哉さんのほうが子供っぽいですけどね?」
「……それとこれとは別だわ」
「お、別なんすか? なんか進展あったとか? やりましたか⁉」
どうしてこいつは一挙手一投足がやるかやらないかで判断されるのか、そのことは一度考えないでおいて、進展はあったはあった。
あった、というよりも最初、振出しに戻ったというのが適切だろうが、ひとまず後悔の念は吐き出した。
前に進む。
もし、彼女に対して今一度付き合いたいと思ったのならそうするつもりだけど、今は少なくとも違う。
「やってないし、それで図るな。俺は大切にする派だからな」
「うひょー、ほぼ童貞がいっちょ前に」
「うるせ、ほら行くぞ先輩たち来たから」
「痛い痛い!!」
時刻は午後六時。
肌寒く、冬の到来を示す夜風に当てられるこの時間。
ほっぺをつねって後からエレベーターを降りてきた鮎川さんたちと合流し、続々と集まった十数人で予約していた居酒屋へ向かうことになった。
◇
居酒屋についてからはいつもの流れで会は始まった。
メンバーは俺と鮎川さん、そして久遠の研究室の男研究員三人に、他部署の後輩女性二人に男性六人と言った会社規模から考えるとあまり多くない人数だ。
勿論、この会自体かなり適当なもので、毎年やっているとは言いつつも本当の忘年会や学会お疲れ様を含めたものでもないため、飲むことが好きな人たちが参加する会になっている。
そんなこじんまりとした飲み会は恒例の鮎川さんの挨拶から始まる。
「—―というわけで乾杯ですね!」
「「かんぱーい!!」」
大人数が入れるお座敷席で立ちまわりながら先輩社員にグラスを当てつつ、後輩の女性社員にも一応当てながら席に戻る。
途中、久遠が口説こうとしているところを首根っこを掴んで引き戻したりと前回と何ら変わらないムードだった。
仕事の愚痴や、どうやったら研究がうまくいくのか、そして鮎川さんの実績をまるで少年のような真っすぐした目で聞く後輩社員たち。
どこにでもありふれた飲み会はそんな雰囲気のまま進んでいった。
「すいません、俺ちょっとお手洗いに」
「うぃ、僕もいくっす」
俺が立ち上がると隣に座っていた久遠もそう言って立ち上がった。
鮎川さんにペコッと一礼して、お手洗いに向かう。
「いや個々のザンギうまいっすね」
「あぁ、なかなかない味付けだったけど結構いけるな」
「塩ザンギ! 醤油慶野しか食べたことないっすもんね。給食ででるのも大抵それですし」
「あぁ、やっぱり味が濃くてぷりっぷりな肉汁は神ってことだな」
そんな他愛もない会話を酒の勢いのまま交わして、歩いていく。
お座敷席から少し歩き、角を曲がってあまり人がいない路地のような廊下を伝っていくと共用の洗面台と男女に別れた扉がそれぞれ一つずつ。
久遠が譲ったため先に入ってすぐに済ませて、今度は久遠が出るのを扉を背中にスマホをいじりながら待っていた。
—―ガチャリ。
扉が開いて、俺は声をかける。
「長かったな、おなかの調子悪いのか?」
別に、何の意味もない、いつもの会話。
そう思っていたのも束の間。
俺の問いかけに対して久遠からの返答はなかった。
「—―ん、どうした久遠。そんなにつらいのか?」
まぁ、体調が悪くて返答できない。
こんなことは酒の場では結構あるあるだっため何も思うこともなく答える。
しかし、やっぱり返事がない。
くるしいのなら、”うぅ”でも何か言うはずだろうがそれが一切なかったのだ。
さすがの俺も怪しまないわけにはいかず、振り返ろうとスマホから目を離したその時だった。
「え、せ、先輩?」
それはもう、何度も聞いた声だった。
心では焦りながら、ただ動いてしまった体は止められない。
振り返りながら、そこにいる相手を悟りつつ……。
そして、扉の方に視線を向ける。
すると、そこに立っていたのは唖然とし、頬を紅潮させた栗花落が立っていたのだった。
◇
「ふぅ、終わったぁ~~~~ってん? なんすか、この修羅場は?」
あとがき
遅れてしまい失礼しました。
現在のんびり恋愛作品も考えています~。
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