第18話「茶化すな,お袋」




 犬を病院から引き取って一週間。

 現在、仕事をしている俺の家で犬が留守番しているかと思いきや結果はそうではなかった。


 あの日の夜。

 栗花落を帰らせるために車で彼女の家の前まで送った後、ご飯を買うつもりで寄ったコンビニで母親と居合わせてしまったのだ。


「……あれま、哉ちゃんじゃないの」

「お袋っ」


 車から降りて、コンビニ入ろうとするとちょうどコンビニから出てきた母親と目が合った。家は近いとはいえど、正月に帰ってからは見ていないその姿に少しだけ驚いた。


「って、哉ちゃんって言う言い方辞めろよ。もう子供じゃないんだから」

「あら、こんなところでまた反抗期? さすがに遅すぎじゃない?」

「何が遅すぎだ。もう二回くらい来てるだろ。それに反抗期とかじゃなくてやなんだよ、その言い方が」

「んもぉ。まぁ私はやめないわよ? 哉ちゃんは哉ちゃんだもの。私のおなかの中から出てきた時の哉ちゃんなんてもうものすごくかわいくてね~~」

「はいはいはい。そこまでにしてくれ。毎度毎度その話は聞き飽きたから」


 呆れた声でそう言うと歳にも合わず頬をむすっと膨らませる。

 何も変わっていない元気なお袋の姿に安心しつつ、相変わらず若者に負けない強気なファッションには息子の俺も少し羞恥した。


 さすがに、ピンクのジャージ上下はないだろって。

 ただ、今更それを指摘したところで何も変わらないのはもう二十年以上の付き合いでよく分かっている。高校の時も三者面談で着てきた派手な服は今でも忘れない。


 何かとは口にも出したくないから言わないが、とにかくこの人はこだわりが強く明るい人なのだ。


「んで、どうしたんだよ。コンビニなんか珍しく」

「いやね、今日近所のスーパーあるじゃない。あそこ今日工事でやってなくてね。それできたのよ。哉ちゃんは?」

「俺はその……まぁ夜ご飯かな」

「コンビニ弁当? またそういうのばっかり、心配なんだけど……って、あれ、何あの籠?」


 答えるとお袋は俺の背後に停めてある車を指さした。

 俺も一緒に振り替えると車内の電気をつけっぱなしだったのか、後部座席に置いたままになっている子犬を入れている持ち運び用ケースが丸見えになっていた。


「あ、あぁ……子犬だ」

「え、哉ちゃん、犬飼ったの⁉」

「別に飼ったとかじゃないんだ。その話せば長くなるからあれだけど、まぁ拾ってな。それで動物病院で検査して引き取ることになったんだよ」

「へ、へぇ! それはいいことしたわね!」

「まぁ拾ったのは俺じゃないんだけどな」

「え、そうなの?」

「栗花落っていう後輩」

「つ、ゆり……ん、なんだかどっかで聞いた名前な気がするんだけど……あ! 高校の時の彼女さんじゃない!」

「あぁ。たまたま再会して、それで成り行きでな」

「ふぅ~~ん。復縁したのね!」

「違うってば……あぁこうなるから言いたくなかったのに」


 昔からこうだった。

 栗花落と初めて会ったときは俺なんか置き去りで二人だけ部屋に籠って俺の昔話をしたり、秘密言ったりと散々だった。

 そんな人にこんなこと言ったら茶化されるのは必然でもある。


「まぁそんな感じだから、明後日仕事だし俺もこの後やらなくちゃいけないことたくさんあるから行くぞ」


 とにかく、お袋のせいで話を拗らせたくもなかったので俺もコンビニの中に入ろうとすると隣を通り過ぎた俺の手を掴んだ。


「ちょっと待ちなさい」

「なんだよ、もう」

「もしかして、それじゃあ哉ちゃんはこの子犬をこれから飼うつもりなのよね?」

「何を当たり前なことを、そうに決まってるだろ?」

「んじゃあ、譲ってもらえない?」

「え?」

「だから、譲ってくれないって聞いているのよ~~、ほら、私たち哉ちゃんがいなくなってから寂しくてね? 犬飼おうって最近お父さんとも話してたのよ! そしたらこんなところにね~~どう、だめ?」


 何を言い出すかと思えばいきなりでびっくりした。

 ダメか、そう聞かれたらダメと言うわけでもなかったが、飼おうと思っていた犬を誰かに渡すのは少し抵抗がある。


 犬も犬で、俺たちが拾った命だ。

 こうやって気にもせず譲ったりするとまたあのように捨て犬が増えてしまう原因になりかねない。


「ダメではないけど、大丈夫なのか?」

「ケージも買ってあるし、餌も買ったわね、リードもトイレもあとは犬を選ぶだけかしらね」

「……行動が速いな。でもなぁ、疑ってるわけじゃないけど責任持てるのか?」

「えぇ、息子が拾った犬を捨てるわけないじゃない」


 まぁ、その通り。

 おふくろがそんなことをするような人には見えない。

 ただ、あそこまで意気込んでいた栗花落の気持ちもある。


「でもなぁ、栗花落も」

「でも二人とも仕事してるじゃない? その間は誰が見るのよ?」

「それは……留守番してもらうかな」

「いいの、それで」


 突かれたこともごもっともだった。

 確かに、俺と栗花落じゃ仕事に出払っている時間は面倒を見ることが出来ない。成犬なら多少は任せていられるが子犬となると話も変わってくる。そうすると、不安ではある。


「私はもうパート辞めたし、ずっと見れるわよ面倒」

「……そ、そうか」

「それに、別に見に来たかったらすぐ近くなんだし帰ってくればいいのよ。二人でまた来てくれるといいわ」

「でもなぁ」

「子犬って壁紙食べちゃうわよ?」

「うぐ……わかったよ。じゃあ甘えさせてもらってもいいか?」

「えぇもちろん!」


 昔、子供の頃に犬を飼っていたお袋の言うことはすべてその通りで言い返すこともせず結局そのまま実家まで子犬と一緒にお袋を送って育ててもらうことになったのだった。




 家に子犬がいないことに気が付いた栗花落にそうすることにしたと伝えるとやっぱり飼いますご両親に迷惑かけられませんと実家に行こうとして、それを止めて説得するだけで一日が過ぎたのはまた別の話だ。



 そして、始まった平日。

 いつも通り朝早く起きて会社に出社すると研究室のリーダー、鮎川さんがまたしても一番乗りで席に座っていた。


「おはよう、藻岩くん」

「おはようございます。鮎川さん、早いですねいつも」

「まぁね~~。今は熱い時期だしさ。ところで藻岩くん」


 ぺこっといつもの挨拶を交わして席に着こうとすると、鮎川さんは話を変えるように手元のスマホの画面を見せながら言ってきた。


「どっちがいいと思うかね?」


 どっちがいいか。

 そう言いながら見せてきたスマホの画面には某有名店舗予約サイトのページになっていて、居酒屋二店舗が移されていた。


「え、居酒屋? 今日行くんですか?」

「いやいや、今日じゃなくて。進展ありそうだから研究室で飲み会でもしようかと思ってね。一応、念のため他の研究室も呼んで大がかりにやろうかなってね」

「あぁ、確かに気が付けばもうそんな時期ですもんね」


 確かに去年もこの時期に飲み会を行っていた気がする。

 学会が終わった後にも行うがそれの前に、何か進展があれば行うのがこの会社の伝統らしい。


 とはいえ、来たくない人は来なくてもいい現代にあったものに形を変えていて、大がかりと言ってもくるのは十人そこらになっている。


「それで、どっちがいいと思う?」

「え、えぇ……俺が選ばないとだめですか?」

「女性陣あんまりこないからね、だから藻岩くんに決めてもらいたくてね」

「そ、それはまぁ確かに」


 普段、女性陣はこういうものには参加してくれない。

 だから俺になるというのは当たり前だった。


 正直どっちでもよかったけど、なんとなく名前が珍しいなと言う理由で「一騎当千」と書かれていたほうを指さした。


「おっ、いいね。じゃあこっちにしようか」

「適当ですけど」

「いいのいいの、ありがとね」


 そして、続々と入ってくる研究員。

 これから始まる仕事を一度まとめる俺はこの選択がどうなるかなどつゆ知らず、あっという間に時間は過ぎるのだった。







あとがき

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