第20話「バキバキ」



 勘違い。

 俺はすさまじい勘違いをしていた。


 目と目があい、驚きの余り大した反応もできない。

 そう、そこにいたのはビシッと引き締まったリクルートスーツを着た栗花落だった。


「……どうしてこんなところに」

「あっ、いやその私は同僚と飲みに」


 少し間が開きながらも、ハッとして俺が尋ねると目をパチパチさせる。

 両手の指先をつけたり離したりを繰り返し、視線を逸らした。


 困ったときの癖、なのかはよく分からなかったが少し可愛い。


 これもこれで発見だな。

 なんてのんきなことを考えているとトイレから出てきた久遠こいつが水を差してきた。


「なんすか、なんすかぁ! この修羅場的展開は!」


 ピンピンと髪を飛び跳ねさせ、嬉しそうな顔を浮かべる久遠の頭をバシッと正拳で小突く。


「いでっ。何すんすか!」

「お前なぁ、酔いすぎだよ。いくらなんでも」

「酔わないとやってられないっすよ女の子狙うんですから」

「はぁ。ったく」


 真面目に言ってんのかこいつは。

 冗談も対外にしてほしい――なんて思ったが、もとより久遠はそういうやつだった。今日も女性社員に目を配っているし、それを気づかれないように先輩に媚びうってお酒継いだり、注文とったりしてできる男していたのは反対側の奥に座っていながらも分かるほどだった。


 まぁ、途中は普通に新人女性社員に話しかけまくりすぎて上司に首根っこ掴まれていたけど。


 純粋そうなのに下心あるのがもったいないが、そういうやつだ。

 呆れながらため息をつくと、そんなことは胃に返さず久遠は俺の方へ近づき目の前の栗花落には聞こえない程度の声量で話しかけてくる。


「……にしても、なんなんですか。この状況は?」


 変に気を遣うんだな。ほんと。

 どっちなのか。

 って、今はどうでもいい。とにかく、これをどうにかする言い訳を言わなければ、久遠に彼女が栗花落だとバレたら面倒だ。


 しかし、生憎と彼は察しがいい。

 数秒間、俺が黙り込んでいるだけで久遠は何か気づいたかのようにニヤリと笑みを浮かべた。



「……へぇ、そうっすかぁ」

「お、おい……違うからな、真面目に」

「いやぁ、僕は知ってますよ? 哉さんが視線を逸らすときは何かやましいことがあるときって」

「んぐ……ほ、ほんとだぞ」

「えぇ、じゃあ目を合わせてくださいよぉ~~」

「……」


 やはり、経験は伊達ではない。

 経験により培った人間関係の腕の洞察力は凄まじかった。


「あ、あの」


 そんな二人で取り込み中のところを栗花落は間に入ってきた。

 動揺しているのは栗花落も一緒で、少し目が瞠目している。

 

 おかげで久遠はさらに増して笑みをこぼす。


「いやぁ、僕の同期がお世話になってます~~。久遠博也っていいまーす。あなたは確か……哉さんのの栗花落さんですよね?」


 何が知り合い、何が博也でーすだ。

 いやしかし、何を考えているのかは分からないが浸透させるのがうますぎて俺が付け入る瞬間がなかった。


「え、えっと。私はその、先輩の知り合い……の栗花落ことり、です」

「へぇ、先輩なんですね~~」

「ま、まぁ」


 久遠にどやされるがままに。ぺこりと頭を下げる姿はまるで手名づけられた犬のよう。

 それをいい事に久遠は何か企んでいる顔のまま、一度俺のほうをチラ見して呟く。


「可愛い人なんですね。後輩さん?」

「お、おい。やめろってマジで」

「いいじゃないですか~~。俺だってさっき上司に止められたばっかりで機嫌がぁ」

「やめろってお前! やっぱり酔ってるだろ!」

「冗談ですってもぉ~~」


 やっぱり飲みすぎだ。

 今更酒が回ってきたのか、心なしか顔が赤い。

 目の前で起きていることが理解できない、そんな顔をしている栗花落を前にこれ以上久遠をこのままにしておくのはやばい。


 この勢いのまま、食ってしまいそうだし。

 久遠は悪いが上司さんにどうにかしてもらおう。


「はいはい、行った行った戻りやがれ」

「はじめさぁん」


 そうして、背中を押して席の方へ押しのけた後。

 俺はやっとの思いで一息つかせながら、トイレの前で立っている栗花落に目を合わせた。


 どこか遠目でいて、俺は尋ねた。


「栗花落、大丈夫か?」

「……っえ、あぁ。すみません」

「なんで謝るんだよ」

「なんか、その……いえ、やっぱりなんでもないです」

「そうか?」


 何かありげに言っていたが、栗花落が否定するのなら俺が口出しするのもおかしい。

 そうして目をつぶり、一度頭を下げることにした。


「それで……えっと、だな。ほんとすまんっ」

「えっ、先輩⁉」


 まずは謝罪。

 予想外の展開とはいえ、同期が馬鹿な真似をした。


「すまん。俺の同期が酔っぱらって」

「い、いや……別にそこまで」

「そこまでって、栗花落も驚いてただろ、なんか若干怖がってたようだったし」

「んっ……や、そんなことはないですけど」


 そんなことはありそうな顔で否定する。

 変わったところもあれば、変わらないところもあるんだなと思いながらこうしていても無駄なので聞いてみる。


「それで、栗花落も仕事でか?」

「いや、今日はその友達とですかね」

「そ、そうか……それなら邪魔したな。さすがに戻るだろ?」

「そんなっ! 邪魔ではないです」


 ぶるぶると顔を横に振って否定する。

 続けて、彼女はこういった。


「……びっくりましたけど」

「まぁ、だよな。んとそれじゃあ、俺も戻るよ。栗花落も飲み楽しんでくれ」


 さすがに仕事場とペットの件以外で話すのも悪い気がして、戻ろうと背中を向ける。


 しかし、なぜか俺の足が止まった。


 気が付けば右手がぐっと引っ張られている。


「……き、きもち、わるいです」


「え、おい。大丈夫か⁉」


 引っ張られたかと思えば、気が付けば――目の前の彼女はその場にへたり込む。

 ガタリと音を立てて、ヒールが脱げ。


 そして、慌てて体を押さえて顔を見ると。




 栗花落の顔は、すっかりと青ざめていた。

 





あとがき


 カクコン用ばかり書いていて更新で来てませんでした。

 すみません。

 そろそろ転換点。

 終結まで不定期ですが頑張ります!



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