第15話「丸焦げのオムライス②」



 十二月二十五日の北海道はそれはもう雪で真っ白なホワイトクリスマスだった。


 車道に積もった雪は車によって圧し潰されて固まり、まるでコンクリートのような硬さと少し刺激を与えれば崩れる紙粘土のような柔らかさを持ち、陽の光で照らされて光り輝く。


 歩道にも同じように雪が積もっていたがあまり固まってはいなかった。理由は道民なら分かるであろう。

 大抵の日は常に雪が降り続けているため、固めた先から積もっていくのだ。

 それが何層にも重なって、今までよりも歩道が隆起する。

 子供たちが歩道と車道の間に重なった雪山を上り、事故が起きる理由はそういうところにもある。


 とまぁ、そういう暗い話は置いておいて。


 今日、この日は最高なホワイトクリスマス。

 学校からの帰り道には絵に描いたような人参の鼻と木の棒でできた腕が生えている雪だるまが置かれてあり、公園からは子供たちが雪合戦をして遊ぶ声が聞こえてくる。

 住宅街を通ると徐々にハロウィンのような電飾がクリスマス私用の赤と緑で光っていて、気分が上がっていく。


 そんな光景を隣を、いや数歩先を栗花落は楽しそうに歩いていた。


「先輩、見てくださいこの雪だるま! かわいくないですか?」

「ん、あぁ……かわいいのか、これって」


 彼女が指さしたのは「佐藤」と書いてある表札の下に置かれている小さな雪だるま。

 顔がゆがんでいて、鼻の人参は訳アリなのか半分でねじ曲がっている。

 不細工な顔だったそんな雪だるまを彼女はにこやかに見つめていた。


「んふふふっ。最近はやりのブサかわってやつですかね」

「パグとかの?」

「はいっ! パグとかブルドックとかもめっちゃ可愛いですよねその点」

「まぁ、俺はレトリバーとかのほうが好きだけど」

「レトリバーもいいですね! いつか飼いたいですね~~」

「二人で住めたら、一緒に飼いたいな」

「それなら住む場所はもっと大きな場所じゃないとだめですよねぇ~~ほら、この一軒家の数倍は大きくないと!」

「それはさすがに無理なんじゃないか? さすがにアメリカじゃないんだし」

「先輩と私がお金持ちになればいけます!」

「……無茶苦茶だなぁ、栗花落は」

「えへへ」


 ニコニコと振りまく純粋な乙女。 

 彼女と来ないはずの未来を語り合う、そんな一瞬が楽しかった。




 しかし。



 そうとも思えるわけがないこの当時の俺は出会った時よりも緩くなった彼女の、可愛い笑顔を見つめつつ頭を撫でる。


 触れる髪の毛はサラサラで、自分の紙のさわり午後ちとの乖離に少しだけ嫉妬した。


「ふぇっ、お、おっ――」


 そんな俺の急なボディタッチで驚いたのか目をパチパチとさせ、その勢いで後ろに立っている俺の足に背中が倒れた。


「—―ぐへっ……つめた⁉」


 ぐでっとしりもちをつくと、雪の冷たさが伝わったのか彼女はすぐにしりもちついたお尻を宙に浮かせて俺の足にさらに寄り掛かった。

 何とも言えない体勢で、顔を覗く俺をしたから見つめる彼女。

 いつもは下がっている揃えられた前髪が全部重力で後ろを向いていた。


 おでこが見える、あまり見ない栗花落の顔を見つめる。


「—―なぁ」

「は、はい?」


 目の奥の、瞳孔の、虹彩の、そのさらに奥。

 彼女の奥底を見つめる。


 何かを言おうとして、でも奥に見えた何かがそれを迷わせた。


「いや、やっぱりなんでもない」

「え、な、なんですか!」

「いやいや、別になんでもないよ。かわいいなって思っただけ」

「っえ、えぇ。そんなこと急に言われても……何もで、でないですよ!」

「クリスマスプレゼントはくれないのか?」

「あ、あげます! そういえばいうの忘れてましたね」


 手を差し出すと掴んで、身を起こす。

 すると、すぐに俺の質問に答えるように少し低い場所から控えめの胸をぐんと張りながらこう言った。


「—―私渾身のオムライスを!」

「お、オムライス……どうして、今日クリスマスだろ?」

「いいじゃないですか。私のお母さんはよく作ってくれたんです!」




「ただいま~~」


 高校からかれこれ歩いて二十分。冬でこの時間なら夏ならもう少し早いだろう。

 そんな場所にあるアパートの一室。

 玄関を開くと栗花落はおっとりとしたトーンで中に入っていった。


「……お邪魔します」


 少し雰囲気が違う彼女の姿に少しだけ驚きながらも控えめに挨拶を済ませる。

 靴を脱ぎ、揃えられた栗花落の冬用の指定ブーツの横に一緒に揃えようとすると奥から颯爽と現れた栗花落の母親らしき人と目が合った。


「あ、えっと……栗花落さんとお付き合いさせていただいています。藻岩哉ですっ」

「ん、知ってるよ~~。ことりからよく聞いてるわ。私は栗花落静香、よろしくね」

「は、はいっ」


 栗花落静香、いつもよく見る彼女とは全く違う雰囲気を感じた。

 すましたような顔で名前の通り、静かな返事だった。


 しかし、どこかおかしい。

 栗花落のお母さんにしては若すぎる、そんな気がした。

 言っても俺と一歳しか歳が違うだけ。母親の歳と見た目くらいなら予想はつくが目の前にいる静香さんは思っていた母親の姿とは違っていた。


 すると、栗花落は静香さんに声をかけた。


「姉さん、あんまり言わないでよ」

「いいじゃない。事実でしょ?」

「……ん、もぅ」


 姉さん。彼女はそう言った。


「あれ、お母さんじゃないんですか?」

「ん、私のこと?」

「はいっ。今、姉さんと」

「まぁ、そうだね……でも、ことり言ってないの?」


 唖然としていると静香さんは少しびくつかせた栗花落に視線を向ける。

 その表情はちょっぴり逡巡しているようだったがすぐに答えた。


「う、うん」

「そ、ま、ならいいわ」


 二人ともどこか顔が暗い。

 何か尋ねようにも尋ねられなくて、触れられないでいると栗花落がすぐに静香さんの背中を押し始めた。


「っと、とにかくほら、姉さんは部屋に行ってて! 私は作らないといけないの!」

「わ、分かってるわよ~~。どうせ明日からバイトあるんだし、寝てるわよ」


 動揺しつつ、遠くから見つめる。

 少し異様としている光景に体が動かなかった。



 ◇


「……で、できました……卵焼き」

「い、いつから卵焼きになったんだよ」


 時刻は午後六時過ぎ。

 大き目のテーブルに座る俺の前に出されたクリスマスプレゼントと言う名の焦げたオムライス(仮)を見ながら俺はギョッとした。


「ふ、普通に……失敗しました」

「……それならそう言ってくれよ。オムライスだったよな」

「違います! 途中から失敗したので卵焼きになったんです!」


 マジレスすると栗花落は半分涙目で隣の席に同じくぐちゃぐちゃになった卵焼きと豪語するオムライスを置いた。


 横に座りながら、とても落ち込んだ表情で顔をべったりと机についた腕の間に沈ませる。


「……ぐぅ。わ、私……先輩のためにご飯作ろうと思ったんですぅ」

「そ、そうか。家にしたのはこれが理由だったんだな」

「理由が無に帰しました、これじゃあ」


 ぐでっと伏して悲しむ姿にさすがに目も当てられない。

 これがクリスマスじゃなければいじることもできたが、見た目はどうともこんな日にあまりいじめるのも違う気がしてスプーンを手に取った。


「え、先輩っ?」


 驚く栗花落を横目に、スプーンをぐちゃぐちゃになった黒いオムライスに突っ込んだ。


「あ、やっぱりおいしくないと思うので食べないほうが!」

「あむっ……」

「あ、あぁ……絶対おいしくないですってぇ」


 あたふたとする栗花落を置いて、口に含んだオムライスを噛みしめる。

 すると、なんと驚いたことだろうか。


「うまい」


 普通においしかった。

 甘さ加減を強くしたのがよく作用したのか、焦げの苦みとマッチしている。ぐちゃぐちゃのスクランブルえっくのような卵焼きのような見た目のそれをもぐもぐと口に含んでいく。


「えっ」

「案外食えるよ、おいしいぞ栗花落」

「そ、そうなんですかっ。でも、こんなにまずそうなのに……」

「ほらっ」


 スプーンに掬った卵の塊とチキンライスを栗花落の口に突っ込んだ。

 口を膨らませて吐き出すかと思いきや、おいしさ効いてもぐもぐとおいしそうな音を鳴らし始めた。


「んっ……あ、あれ、おいしい?」

「んな」


 そう言うとすぐにスプーンを持ち替えて食べ始める彼女、俺も負けじと食らいついた。

 今までは男同士で傷をなめ合う一日が、今年はおかしな雰囲気も栗花落の笑顔で埋まる。


「これ、おいしいです! 意外に!」

「はははっ……ありがとうな」


 そう、この日が俺が最初で最後の栗花落の料理を食べた日のはずだった。






「あの、先輩? 何見てるんですか?」

「え、あぁいや思い出してだなぁ」

「思い出す……な、何をです?」

「栗花落が初めて作ってくれたオムライスを」


 そう呟くと彼女ははてと頭を傾けるも、すぐにハッとして気が付いた顔をする。


「……あれは、一種の黒歴史でしたね」

「はははっ。もう、見間違えたな」



 目の前に広がる栗花落が作った料理はそれはもう見違えたようにおいしそうだった。







あとがき

 以上、回想。

 水曜日に研究発表があるので少し不規則投稿になります。

 


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