第13話「買い物、そして始まり」
◇
俺たちはあの後、近所のスーパーへ出かけていた。
変な流れで買い物に行こうとしたせいか、半そでのジャージのまま外に出ようとした彼女を引き留めて上着を着せるなんていうくだらないハプニングもあったが無事にやってくることが出来た。
かごに色々とものを詰め込み、三分の二ほど埋まった後にやってきた一際目立つお酒コーナー。
銀色に光るのど越しのいいアレを横目に、今日は飲むものじゃないと我慢しながら進んでいき、前を歩く栗花落が目を付けたのは大きめな値札。
「大特価セール、今週だけの激安……す、すごい」
178円、本みりん。
修飾が施された購買意欲をあげんばかりと目立たせるそれに彼女も虜になっていた。
目の色が違う、光っていて少し気になって尋ねてみた。
「……そうなのか?」
ぼそっと呟くと栗花落はこの世のものとは思えないものでも見たかのような表情で振り向いた。
いい匂いがする風呂上がりの黒の長髪を揺らし、すんとした瞳を向けてくる。
何かおかしなことでも言ったのだろうかと少し焦っていると彼女はありきたりな質問を投げかけてきた。
「先輩、自炊とかしないんですか?」
「自炊か、まぁ普段は大抵お惣菜コーナーか近所の弁当屋とかかな。自炊はたまに卵かけご飯とかするぐらいで」
「……ぁ」
何気なく言ったつもりが目の前でみりんを持ったまま立ち尽くす栗花落の顔は呆れと驚きを表していた。
「え、な、なんかやばいこと言ったか?」
「い、いやぁ……別に。というか、私が思っていた先輩とは少し違うんだなって思いまして」
「思っていた先輩ってなんだよ」
「なんかこう、昔の先輩は何でもできる人だったのでこう、自炊とか料理もできるのかなって」
「……馬鹿言わないでくれ。俺は料理はできないよ。それに、あの時は背伸びしてただけだしな」
「背伸びには見えなかったですよ? こう、紳士的で……たまにヘタレだなって思うときはありましたけど、それはそれで今思えば優しいんだなって思いますしっ。でも、ずるいなとは思いますね」
「ずるって言われたらそうかもなぁ。結構作ってたからな。でも、そんなこと言うけど栗花落も昔とは違うんだろ?」
「い、痛いところついてくるんですね。まぁ、そうなりますかね……」
「あ、その顔とか。今のつまらなそうな顔」
「え?」
思えば、最近よく見る彼女のつまらなそうな表情は昔はあまり見なかった。
あの頃の栗花落と言えば、だいたい笑っていた。
心を許してくれる前、というか慣れる前までは緊張なのか顔が真っ赤で、話しかけてくれる姿もちょっぴりカタコトな感じ。
色々とデートを重ねて、一緒に帰って、よく遊ぶようになって、初期の緊張感が消えた頃には好奇心旺盛でよく俺に話しかけてくる。
地味なんていう言葉とは真逆のようなハツラツ――とは言わないまでも、多少なり元気で知りたがりな女の子だったと思う。
ただ、最近と言えばどこか遠くを見る目をしていて、それを指摘するとこれまた痛そうな顔をする。
「—―い、色々と思うことがあるからですかね」
目を逸らし、呟く。
隠しているようで、隠しきれていない何かを感じたが今ではないなと俺も逸らすことにした。
「そうか。まぁ、聞かないよ」
「そうしてくれるとありがたいですかね……」
生憎と彼女との関係はこれで仕切り直しなのだから、あまり干渉するのもよくはない。こういうのはもっと親密な関係になってから聞くのが得策だ。
とはいえ、俺は彼女の秘密など付き合っていた時に聞いたこともなかったけど。
「あ、先輩っ。あそこの在庫コーナーにあるやつ取ってくれませんか?」
「ん、これか?」
「それですっ!」
「あぁ、了解。いいぞ」
背を伸ばして、言われたとおりに取った袋に入った白い粉。
名称は片栗粉。聞いたことはあったが、実際何に使っているのか分からないそれをそのまま籠へ入れる。
「でも、この粉何に使うんだ?」
「え、片栗粉も知らないんですか?」
「知らないわけじゃないってば。ただその、何に使うんかなって」
「……」
「べ、別に……し、知らないわけじゃないんだぞ? ただ少しだけ気になってだな」
エメラルドブルーの綺麗な瞳を半分ほどの大きさにする二重の瞼。
そんな彼女の発するジト目の視線は昔も感じたことのあるもので、ちょっと安心する。
定期試験の二週間くらい前になるとよく分からないところを聞かれて、それを教えてあげるために行った図書室で栗花落はよくこの視線を向けてきていた。
理由は「なんでそんな問題も軽々と解けるんですか」というもの。疑問なのか、嫌味のようにとらえられているのかは分からなかったが、今も向けてくるそれは少し懐かしさがあった。
「背伸び、今更しなくてもいいんですよ?」
「背伸びしてるわけじゃないって! いやまぁ、後輩にそう思われてるのがちょっと引け目感じてるって言うのは認めるけどさ」
「先輩って案外ダサいんですね〜〜」
「ば、バカにするなって! 一応、これでも研究者なんだからな?」
すると、今度はあからさまなまでにあっけらかんとした顔になった。
この表情から読み取れるわかりやすさは何も変わってなさそうだ。
「……っぶ」
「な、なんですかっ……!?」
「いやぁ、変わってる変わってるいう割には変わってないところもあるんだなって思ってな」
「わ、私はただ……少し、その……嬉しかっただけですから」
「嬉しい?」
「……なんでもありませんっ。忘れてください」
「そう言われると忘れたくなくなるのが人間のさがじゃないか?」
「生姜焼き、作りませんよ?」
「それは……っ」
お詫びにご飯作ってくれるって話だっただろうなんて邪推なこと言うつもりはないが、昔は言わなかったであろう男の軽いいなし方を知っているのは少しだけ驚いてしまった。
◇
と、なんだかしんみりとした気持ちになってしまった買い物から数十分後。
正午をとうに過ぎた俺の家のキッチンでは何やら騒がしく音が鳴っていた。
数か月の間もまったく使っていなかった銀色のボウルの中でぐるぐるとまぜられるショウガやニンニク、そして買ったみりんたち。横では粗熱をフライパンに当てながら、少量のごま油を引き、じゅわりとリビングにいても聞こえてくる食材たちの音色。
数秒後には分厚い国産の豚肉がフライパンに並べられて、食欲盛んにさせる薬でも入っているのかと思わせるような香ばしい匂いが俺の鼻腔を滾らせる。
単純に言うなら、ものすごくおいしそうな匂いだった。
「ふんふんふん~~♪」
ソファーで料理の到着を待っている俺の耳に、彼女が楽しそうに歌う鼻歌も聞こえてきて、今か今かと到着が待ちきれない。
ぐぅっとお腹が鳴り、腹の虫が嫌なほどに鳴き声を続々と鳴らしていく。
そんな中、俺はふと彼女が最初に作ってくれた料理を思い出した。
「……卵焼き」
とても料理とは言えない、雑で、ぐちゃぐちゃなそれを食べたことがあった。
あとがき
もう11月ですねぇ。
ちょっと休憩の閑話ちっくななんでもない話です。
読んでいただきありがとうございます。少しで続きが気になるな、重い白いなと思っていただけたらぜひフォロー、応援、コメント、そしてレビューのほうをしたいただけると励みになりますのでよろしくお願いします!
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