第12話「吐露」


 ◇


 嫌な話になるかもしれない。

 そんな不安の中、私は口を開いた。


「ほんと、今更な話かもしれないんですけど。私、あの……昔、先輩にひどいことしていたなって、いやしていたんです」


「先輩の苦労も分からず、知ろうとせずに、それでずっと考えることもせずに逃げて逃げて。結局、それが分かったのが最近でした」


「私、あれなんです。先輩と別れてからは先輩のことを忘れようとしていました。高校はすぐに受験だったのでできませんでしたけど、大学に合格してそのあとはとにかく色々しました」


「化粧も覚えて、垢抜けて、そして寄ってくる男子に体を許していました」


「汚い女ですよ。でも、先輩以外に付き合ったことがない私が急に色んな異性の方から見向き去れるようになって、勘違いして、それでなんども体を重ねました」


「そして、大人になって、社会人になって、自分への愛は体目的だと知り、男性が苦手になり、自分の不甲斐なさに絶望しました」


「でも、よく考えてみたら、それって全部私が始めたことで。昔の純粋さのまま、いや……あの日先輩を凄惨に振ってから、ただ自分勝手に傲慢にしたいことして、勝手に絶望していたんだって気づいたんですよ」


「誰かと体を重ねても、昔の思い出をどこかで忘れ去ってられなくて……やばい人に引っかかったのを他責思考に批判して」


「それがすべて、昔に自分がやったことだと思い出して。自分のことをわかってほしい。言ってほしい。思ってほしい。そんな傲慢な考え方をしていたのは私の方だったと気づいた時にはすべて終わっていて」


「確かに、レイプまがいなことをしてきた男も悪いとは思います。ワンナイトをしようとしてきた人も良くないと思います」



「でも」



「すべて……許して、結果股を開いたのは私なんです。純粋を人質に、後でその人精すればいいと思っていた私なんです」


「不完全で、馬鹿で、阿呆で、何も考えていない私なんですよ」


「そ、その……だから私はそのことを先輩に謝りたくて……でも。でも先輩はこうして、私が助けてほしいときにくるものだから……」


 まとまらない。

 いざ、口に出そうと思うとうまく出てこない。

 自分でも、私が何を言っているのか分からなかった。

 今更、何言ってんだろうって思う。

 でも、こうしてとにかく、思っていること。

 先輩が私に対して勘違いしていることを並べた。

 もう、これ以上、先輩にも自分にも嘘はつきたくない。

 その一心で連ねていく。


 いつの間にか、濡れて冷たくなっていた髪も気にならなくなっていた。


「……願っていたんです。また会えるといいなと、会えたら絶対に昔のことを謝罪しようと。でも……だめでした。私はこうして、再会したら。何も言い出せなくて。それ以前に先輩がくれる優しさに甘えていて」


「本当に……本当に……ダメな女なんです。先輩が覚えている昔の純粋で何も知らない私ではないんです」


「純粋なんて、簡単な言葉では表せない。汚れた汚い女なんです」


「だって……、だって。ずるいと思いませんか? 私、今更ですよ。今更こんなこと言って」


「……別に今更関係をやり直したいわけじゃないんです。私も、先輩も、それで前を向いていけるならって思って」


「……ははは。今更謝りたいなんて虫が良すぎますよね。いやだったらいつでも言ってください」


 相手の気持ちは分からない。

 こうして謝っている中で幻滅するんじゃないかって考えている。

 ダサいと分かっていた。

 あれだけ言うって決心したのに、不安がってるなんて。

 このまま前に進めるつもりでいたじゃない、私は。

 先輩とじゃない、先輩をあきらめてしっかり、現実的に前を向こうって。


 でも、なぜだか心は離れようとしていなかった。


 最後の最後に、また言いたいことを捻じ曲げていた。

 こんなの最低よ。

 最低すぎる。



 しかし。



 私が少し黙った後、先輩が口を開いた。


「……なぁ。どうして、栗花落が謝るんだ?」








 俺を目の前に昔付き合っていた女の子は悲壮感漂う表情でつらつらと感情を吐露していた。


 私は思っていたよりも純粋な女ではない。

 先輩はそう勘違いしている、と。


 彼女は拳をぎゅっと握りしめながら、俯いたままそう言っていた。

 らしくはなかった。

 昔は分からないことはよく聞く子だったし、少し根暗で地味だけど、心を許せばなんでも聞いてくれる女の子だった。


 でも、違うと彼女はそう言っていた。

 再会した時から彼女の顔は前を向いていた。


 確かに俺を見る目はどこか後ろめたさと苦そうな感じをしていたが、立ち振る舞いはずっと昔から止まっている俺とは違って、まっすぐだった。


 俺はそれを彼女が俺のことを忘れて前を向いて歩いていたのと思っていたけど。


 どうやら違ったらしい。


 だが、なぜ彼女だけが謝っているのだろうかと思った。


「なぁ、なんで栗花落が謝っているんだよ」

「えっ」


 そう言うと栗花落はさっきまで下を向いていた涙目を俺に見せてきた。

 顔に描かれていたのはあからさまな疑念だった。


「ど、どうして……私が悪いことをしていたんですよ!!! 今もまた、このまま関係が終わったらどうしようなんて考えているんです私は!!!」


 震える目を俺に訴えるように向けてきた。


「前に進もうだなんて……し、親友に相談してそれを建前にして。でも本音は……そうじゃなかった。寂しいって思ってる。それが……」


 喉を詰まらせる。

 髪が上下に揺れる。

 

「—―こ、怖いと思っている馬鹿な私をひっぱたいてもくれない限り、な、納得できませんっ」


 ぐっと手を握り締める。

 怖いのだろうか。

 俺に受け入れられるのが怖いと思っているように見て取れた。


「別に、別れた後は何してもよくないか?」

「よ、え……」

「いやさ、さっきから謝ろうとしていたことがよく分からないなって」

「だって、でも、振ったのは」

「それは俺が圧倒的に悪いだろ」

「えっ」


 震える手を彼女の膝に戻して、目を見ながらそう言った。


「謝るのは俺の方だって、俺の、俺の方が悪いだろ」


「でも」


「だいたい、俺なんかずっと後悔ばっかりで新しい恋愛すらできなかったんだし……前向いてる栗花落のほうが人として、大人としてできてるだろ?」


 そう言うと呆気を取られたような顔をしていた。

 言うが俺はすべて彼女が悪いだなんて馬鹿みたいな考えをする男じゃない。

 確かにあったかもしれない。彼女にも多少なり理解する気持ちがあるならば――と傲慢にもあの時は思っていたかもしれない。


 だが。


 もしもそれを言うなら俺だって悪いことしていた。

 分かってくれ、受験中なんだから分かってくれ、思ってくれと何も言わなかったんだ。


 もしも彼女のことを心の底から思っているのなら、連絡くらいできたはずなんだ。ちょっと電話するとか、ちょっとメッセージを送るとか。


 誕生日も、何の行事も祝えなくなって、ゴールデンウィークは何も言わずに勉強ばかりしていた。


 彼女と遠出する約束も忘れて、何も言おうともしなかったんだ。


 それを忘れて、男と体を重ねるのは普通じゃないか。

 普通の恋愛しているほうが、正常じゃないか?


 確かに、もう彼女はすべて卒業して、他を知っているのは何かムカムカするけど。それは俺の傲慢だ。


「—―だいたい、俺もわるいことばかりしてきたじゃないか。受験期とかこつけて、何も言わず、何も知らせず、約束も忘れてただただ勉強にいそしんでいた。確かに、そのおかげで結果は実ったし、これ以上にないほどにいい大学に入学できて、いい会社に入社できて、今は好きな研究をして生きている。栗花落の心と言う犠牲の上に今の生活があるんだ」


「それは……っ」


「俺はそれがどこか引っ掛かってたんだ。どこか晴れなかった。そして、たまたまだけど再会して思い出したんだ。俺の子の後悔は……栗花落にそのことを謝れていなかったことだったんだってさ」


 そう、俺はずっと謝りたかった。

 恋愛が前に進めなかった理由はそれだ。

 緊張と不安は、それをこの謝罪で本当に払しょくできるのかと言う不安だった。


 さっきまで、馬鹿みたいにおどおどしていたのも結局は俺の欺瞞と言うわけだ。


 しかし、俺に対して彼女は首を振って強く言った。


「それは……むしろ受験期なら普通ですよ! 私が分かろうとしてあげなかったのが悪いんですっ!」


「それを言うなら俺も悪い。栗花落の気持ちを蔑ろにしていたから」


「……先輩は今まで十分に優しかったですよ!!」


「それは余裕があったからだ。余裕がなければ何もできない男だぞ、俺は」


「私も一緒です。私も……結局は……自分のことばっかりで」


「っ……」


 お互いが言い合って口が止まる。

 無言に無言が重なって、烏の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

 フローリングが何もしていないのに軋み、水道管のおかしな音も耳に入ってくる。


 そんな中、隣に座っていた彼女が体を揺らすのは俺と同時だった。


「っふ」

「っは」


 同時に、お互いがびっくりしながら笑い出した。


「っど、どうして……先輩が笑ってるんですか」

「そ、それは言うなら、栗花落もだろっ」

「そ、そうですかねっ……ふふふ、ふはははっ!」

「ば、馬鹿っ。変に笑うなって……俺もおかしくっはははっ!」


 なんでなのかは分からなかった。

 言いたいことが言えて心が軽くなったからなのか、それともお互いがお互いに謝りだして意味分からない状況すぎて笑っているのか。


「っま、まぁ。でもそうか」

「っふ、ふふ」

「拍子抜けだよ。まったく……せっかく謝ろうって頭悩ませてたのにさ」

「っわ、私だって! ……でも、先輩。ありがとうございます。これで前に進める気がしてきました」

「あ、あぁ。それは俺もだ」


 くすくすと揺れる肩が徐々に止まると彼女はその場に立ち上がった。


「—―あの、先輩」


 すらっと伸びた髪の毛がシャンプーの香りを靡かせる。

 少し見つめていると彼女は振り返った。


「なんだ?」

「お詫びに、ご飯作ってもいいですか?」

「……なんにもないぞ?」

「じゃあ、買い物—―」

「俺も行くよ。久々に二人で行くか」

「はいっ」


 こくりと頷くと、時計が正午を差した。







 ……家政婦忘れてましたっ!!


 








あとがき

 わんちゃん、忘れちゃいかんのです。

 ハッピーハロウィン、仮装した女の子っていいですよね。


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