第6話「お持ち帰り?」
◇
「……な、何をしているんですか。栗花落さん」
気が付けば、俺は話しかけていた。
別に彼女を驚かせたかったわけではない。
ただ、その姿が見えて、なんとなくだった。
話しかけたいと思う前に体が勝手に動いていたのだ。
栗花落さんの姿だと理解して、元カノとの会話をどうするかなんて後のことは考えず、俺は普通に疑問を投げかけていた。
「あっ」
背中越し、その小さな背中がくるっと周り顔を見せる。
相変わらず、昔とは見違えた綺麗な肌と明るさを感じる顔に思考が止まりかけた。
月夜に照らされる姿も綺麗だった。
垢抜けなんて比でもない。
顔は確かに童顔で幼さは残ってはいたがそんなのを感じさせないリクルートスーツに、男なら嫌いなものは確実にいないであろう黒タイツが大人の女を醸し出している。
美しさ感じるその姿も、だがしかし、顔からは動揺が見て取れた。
状況からして、少し意味が分からないと言ったところだろう。
俄然俺もよく分からない。
どうして、偶然にもここで合っているのかと言うことがよくわからなかった。
家政婦になった元カノと再会した偶然と比べたら比でもないほどだとは思うが、十分偶然過ぎる状況に俺も彼女も状況を飲めるものでもない。
それに、だ。
ここにいるのは家政婦、依頼者その関係性が成り立つものでもない。
俺たちは今、完全なるプライベート。
声をかけてしまった以上、仕事だからと言い逃れる立場ではないのだ。
やばい、言ってしまった。
どう、言い訳して切り抜けよう。
こんな夜道を歩いている時に話しかけられたいと彼女は思っていないはずだ。
だめだ、ここに俺が現れたら。
「—―つ、つy‼」
「先輩!!」
俺がもう一度声を掛けようとした途端だった。
彼女は驚きながら、どこか嬉しそうな顔に大きな声で懐かしい呼び名を呼んでいた。
「っせ、先輩……」
驚き開く口を閉じ、彼女が訴えてきたのは俺が予想していたものとは違っていた。
「あ、いや……今はその~~じゃなくて! 見てくださいっ、こ、この子が!!」
もうすぐ冬になる寒い季節。
当時まであと二か月を切ったこの時期に冷や汗がたらりと額から滑り落ちるのが見える。
驚く間もなかった。
動揺を瞬時に振り払って、彼女は悲壮感を浮かべながら俺に近寄ってきたのだ。
近寄って、胸元まで走ってきて、見てほしいと言わんばかりに。
勢いよく突っ込んでくる元カノに焦ってあたふたとしたが、すぐに見当違いだったことに気が付いた。
俺は彼女の胸元へ視線を落とした。
すると、目を疑った。
何度か瞬きを繰り返して、再び見るも変わらない。
そこには抱きかかえられた毛布にくるまった犬がいた。
薄っすらと見える灰色の毛は水分がないのかボサボサで、大きさもさほどではなく、目の艶のある様子からして子犬。生後半年程度だと思われる。
しかし、どうして栗花落が子犬を抱えているんだ?
こんな寒い夜におかしくないだろうか。
「犬……それは?」
「落ちてたんですっ。そこのっ」
そう尋ねると彼女は何か思い出したかのように肩を揺らして、心配そうな目で視線を落とした。
視線を落とす先にあるのはうっすら見えていたダンボール。
黒くなり、歪んでいて、綺麗とは言えないそれの表面に剝がれかけた張り紙が張られていて風に靡かれている。
よく見てみると何かが書かれてあり、俺は暗闇の中それを見つめた。
【誰か、拾ってください】
読んでみるとそんな内容だった。
綺麗な字ではなく、殴り書きしたかのような適当な字だった。
それを見て、さすがにこの状況は察せられた。
これは、捨て犬だ。
近年では全く見なくなった犬を捨てる行為をこの令和の時代にやっている人がいるとは驚きだった。
北海道はキタキツネもヒグマもいる。
その関係性で放っておくと、自然で生きていけるわけもない狩猟のやり方も知らない子犬なんか格好の餌食だ。
ましては、この犬が街を歩いていても車に轢かれるのも目に見えているっていうのに、どこの誰がこんなことを。
「えぇ。その……さすがに見てられなくて」
こんなものを見て、彼女が見逃すわけがない。
こういう時、人一倍一生懸命な彼女は絶対にどうにかしようとするはずだ。
昔も、似たようなことがった。
猫を自ら助けようと木に登ってケガをしたのは今でもまだ鮮明に覚えている。
それに状態はかなりヤバそうだった。
再び視線を落として、よく見ると彼女が抱える犬の目はあまり開いていなかった。
安心しているのか、胸に抱き着くようにして寝ているがその体はやせ細っているように見える。
「それに、さっきまで吠えてたのにだんだん」
すぐに駆け寄ってお腹を触ってみるも体温がかなり低い。
もはや、満身創痍だった。
このままでは命が持たないのは容易に分かる。
「せ、先輩っ。これはさすがに……」
「くぅん……」
声が震えていた。
それに心配そうに、見つめる。
あてはない。
この子を育てられるわけもない。
そう嘆くように、でもここで再び置いていけるわけもなかった。
朦朧としそうになっているその犬を見て、俺は目をつぶる。
いい、恋人だったとかではなく。
この後のことを考えるのは後でいい。
こういう時はまずどうすればいいか。
保健所、いやだめだ。
それよりもまずは体調、傷の手当てが先だ。
それならば。
「先輩、病院調べてくれませんか?」
そう、病院だ。
「あぁ!」
俺はすぐさまスマホで近くの病院を調べて、一つだけやっている病院を指さした。
「ここなら空いてるぞ」
「それなら、ここからすぐに行けますねっ」
「おう、俺が持つから。こ、栗花落は案内してくれ!」
「はいっ、先輩!!」
気が付けば、恋人だったとかなんて忘れて俺たちは全力で走り出していた。
◇
診察はすぐに始まり、色々と処置をした後。
俺と彼女は二人して、先生の話を聞いた。
一応、精密検査のためにいったんで病院で預かると言われてそれを了承し、外へ出るとあったはずの月もほぼ見えず、薄暗い朝陽が少し顔を出していた。
時計を確認すると、時刻は朝の五時。
隣にいる家政婦さんに家を掃除してもらう日。
「……さ、さぁ。どうしますかね」
薄っすら見えている朝陽を目の前に、尋ねてみると彼女は疲れ切った表情でぽかんとしている。
「……帰らないといけ、ないですね」
勿論、そうだ。
今日は家政婦になってもらう仕事を控えている。
しかし、彼女は時計を見て時間を確認するなり「あ」と声を漏らした。
「電車、六時始発だ」
その電車までは一時間。
近くの駅はあるにはあるが、ここからだと遠い。
そして、俺が予約している時間は午前十時。
今から約五時間後。
このオール状態で、そんなことできるわけがなかった。
「明日のはさすがになくても」
「いや、そんなわけにはいかないですっ。それに当日キャンセルだとお金がかかります」
否定するともっともな返答が返ってくる。
状況的に、一番合理的なのは、一番近いのは。
それならいっそのこと、と俺は何にも考えず口走っていた。
「—―家、近くなんで、来ます?」
言ってから気が付いたが、そんなこと気が付いても時すでに遅し。
「……ぇ、ぁ。そ、そうですね」
頷く彼女からはぼーっと意識がもうろうとした答えが返ってくる。
「は、はい」
俺も鵜吞みにするように、言葉を返す。
しかし、返答はない。
あれ、否定するんじゃ。
そう機体いしていた俺もむなしく、歩き出す。
歩いて理解した。
もしかして、この状況は。
悟った。
今までため込んでいた数時間のモヤモヤが一気に押し寄せてくる。
俺は、元カノと一夜共にして、持ち帰りしようとしているのではないか?
◇
あれ、どうして私こんなところ歩いているんだろう。
あとがき
大人な恋したい。
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