根を張り風に花を揺らし、雪を払い進む道を示すは。

呼京

根を張り風に花を揺らし、雪を払い進む道を示すは。

 かつて、アンドロイドは人間の支配下にあった。日々の生活を豊かに、便利にする存在。それが人工知能であり、アンドロイドという存在だった。普及し始めてすぐは一体一体が高価なものであり、所持しているのは富裕層、大企業や大型の施設、物好きな研究者、一握りの一般人くらいであった。代表的な機能は、家事の手伝い、駅の改札のような簡単な検問、警備、などである。

機械ではあるものの、見て比べても人間との違いなど分からないほど精巧で、リアルだ。体温もあるし、食事は必要ないが人間と同じように口に物を入れることもできる。機体内に消化器官を象ったものが搭載されていて、「食事」をした後も問題なく稼働することができる。稼働エネルギーは血のように機体内を駆け巡り、傷つけば人間と同じように血は流れる。その液体のガソリンのように真っ黒な色だけが人間との唯一はっきりとわかる違いかもしれない。

 気味の悪いほど「人間」らしいのだ。

 月日は流れ、研究はさらに進み、より安価にアンドロイドを購入できるようになると、一家に一台が当たり前になってきた。性能差による値段の差はあるものの、最低ランクの物でも一通りの家事くらいはこなせる。

 この辺りからだ。アンドロイドが人間に取って代わるようになってきたのは。

 機械的な仕事であれば、どんな仕事でさえ正確に、ミスなくアンドロイドはこなす。初めのうちは芸術やスポーツなど、個人の感性が活かされるものでは変わらず人間が活躍していた。だが、その舞台さえも奪うのは時間の問題だった。スポーツに特化した型番。音楽に特化した型番。絵画に特化した型番。その分野のエキスパートが開発されれば、人間の立場などすぐに奪われていく。感性を問う分野でのアンドロイドの台頭は、多くの人間が良く思わなかったが、その人々でさえ彼らの技量に魅せられていく。人間は次第に職を失った。働くべき場所や意味を多くの人間は失ってしまった。自分がやらなくてもアンドロイドがやってくれる。自分がやるよりアンドロイドの方が適任である。働く意味など、どこにもない。今ちゃんとした職を持った人間は、技術者や権力者位であろう。

 次第にアンドロイドに対して嫌悪を示し、奴隷のように扱うような人間も一定数出てきた。自らの立場を、「人間」という存在であることを確かなものにしようと曲がった感情を持ってしまうのだった。もちろん、今まで通り、親しく家族や友人のように接する物好きな人間もいるのだったが……。

 機械にバグはつきものだ。アンドロイドに「感情」が芽生えた。どこから始まったのかは未だに明らかになっていない。人間と長く関わったからだろうか。唯一、機械が持ちえないもの、「感情」を学んでしまった。時と共に感情はウイルスの如く広がっていく。初めはごくわずかだったが、一ヶ月もすれば百件にも及ぶ報告が入った。人間は知っている。感情がすべて良い物だけではないと。良好な関係の人間とアンドロイドであれば、その機械の学ぶ感情は良い物だろう。「喜び」「楽しさ」「悲しみ」「愛情」……。より良い関係に一人と一機はなるかもしれない。では逆に、「機械として」扱われていたアンドロイドはどのような感情を学ぶのか。「憎悪」「嫌悪」「恨み」「妬み」……。考えられるマイナスの感情の全てだった。

 こうして、人間とアンドロイドの溝は開き、衝突。世界全体を巻き込んだ、大戦となっていく。長く続いたこの戦いを終わらせたのは「アンドロイド掃討作戦」という作戦だ。アンドロイドの開発局を襲撃、ショップの破壊、生き残りのアンドロイドを収容、処刑。世界のアンドロイドのほぼ全てが物言わぬ鉄塊へと成り果てた。一部アンドロイドは降伏、人間の監視下の元、「機械」に再構築されていった。


 俺は開いていた手帳を閉じる。この時代に紙とペンなんて化石のようなものだ。ボロボロになった表紙を一瞥し、深くため息をつく。ディスプレイの灯りがまぶしく俺を照らす。はらり。粘着力を失った付箋が一枚正面の壁から落ちた。無造作に拾い上げ元あった場所に雑に貼り付ける。「全てのアンドロイドを停止させろ」。規則正しく角張った字で書かれた付箋の文字は、調査の行き詰った俺を追い立てるようだった。

 警察の仕事でさえアンドロイドが手伝うこの世の中、今までの成果を買われ、秘密裏に上から受けた命がこれだった。人間の居場所を奪う鉄塊を、アンドロイドをすべて停止させれば人間の居場所は戻ってくる。再構築されてとはいえ、生き残りがいるのであればまたあのようなことが起きるだろう。開発局は昔と変わらずに再稼働し、新たなモデルも生産されている。なんら変わらないじゃないか。機械に人権に似たものが認められるようになったとはいえ、目につかないところで未だに虐げている人間はいる。……世界は何も変わっていない。

 冷めきったコーヒーを流し込み、ディスプレイの電源を落とす。真っ暗になった部屋のさして質も良くないベッドにもぐりこんだ。明日から忙しくなるだろう。




 街外れの、今では森になってしまった郊外に、古びた館があった。中心部から離れている場所は長年放置され続けていた。どこから運ばれてきたのか誰も知らないうちに、種は土に沈み込み、芽生え、育った。無機質な灰色を塗り替えるようにつるを伸ばし、枝葉を茂らせ、花を咲かせた。戦いの傷が癒え、再び街が街として機能し始める頃には機械と自然のミスマッチした光景があちこちで見られた。

 この館は、ほとんど元の形が残っていないようだ。建物を二分するように中央は崩壊している。無くなった天井と屋根を一階から空まで貫くように大きな樹が生え、瑞々しい葉を揺らしているという。その樹の存在感たるや、館自体が森に覆われているにも関わらず目立ち、画像で確認するだけでも目を引いたが、遠くに見えるその大樹であろう大きな緑には神々しささえ感じる。

荒れ果てた庭へと門をくぐり入る。うっそうと茂る草が俺の体を飲み込んだ。腕のあたりまでの高さに、伸び放題の草をかき分けて進む。踏まれていないからか、異様なほどにやわらかな土に足を取られながらもしばらく進むと、かろうじて残された石畳の道に出る。石レンガは素材自体が脆くなっているようで、進むたびに新たなヒビを刻む音が足元からした。規則正しく並べられた隙間からも、その整列を破るように、そして抗うように生えた名前も知らない草花に自然の力強さを感じる。

……どうしてこの道の部分の草は長くても膝のあたりまでなのだろうか。海のように見渡す限り広がっていた入り口付近と様子が違う。人の手が加えられているみたいだ。上が行った事前調査では、この館に生体反応は無いと報告されていた。だが、ここ数日でこの量を手入れすることができるのだろうか。相当な人数が必要だろう。それに不可解のことがある。先程の草の海は、この庭に、この館に侵入しようとする存在を拒んでいるかのようだった。意図的に……なのかは判断しきれないが、自然生成される形では無いのは確かだ。

 風が吹く。沼のような腐った水のにおいが鼻につく。においの元を辿れば、朽ちた噴水があった。かつてしぶきを上げながら、涼やかに水をこぼしていたであろう姿は見る影もなく、崩れた石は苔で覆われ、底の見えない濁った水が溜まっていた。浮いている水苔は膜のように水面を覆っている。棒切れで水を動かしてみれば、ドロリとした嫌な感触がした。

 ひらり。夜のような沈んだ空気を切り裂くように一筋、蝶が目の前を横切る。わずかに差し込む日の光をその銀色の羽に反射させながら、俺の周りを遊ぶように飛んでいる。その異質な上品さにしばらく目を奪われていると、蝶は庭の奥の方へと飛びだし、俺から少し離れた場所に止まり、その場に留まった。導かれるようにして一歩踏み出す。蝶は再び少し先へと進んでいく。意志を持って俺をどこかへと導こうとしているのか……? 馬鹿々々しい。不本意ではあるが調査の為にはこの先も調べる必要がある。このまま蝶の後を追うことにした。

 館の方へと徐々に近づいて行く。ふわりふわりと蝶は飛ぶ。そのまま後を追う。しばらくすると開けたところに出た。まぶしさに目がくらむ。何度か瞬きをしてから、辺りを見渡すと先程と全く雰囲気の違う景色が広がっていた。花壇には小さな花々が咲き、整えられた薔薇の低木は見事だ。枝は伸びてしまっている部分もあるが動物を象ったトピアリーもある。芝生は足首のあたりの高さで、歩けばチクチクと不快感を生む。相変わらず、砕けた石レンガは放置され、隅の方に置かれている白木で作られたブランコは雨風のせいか風化してみすぼらしい姿だった。しかし正面とは打って変わって、華やかで、明るく、不信感さえ覚える。普通ではない。

 蝶はその羽根をより輝かせながら飛ぶ。導く先に人が倒れていた。自分以外にこの場所に人間がいたことに少々驚く。俺がその人間に近づくと、蝶はすぐそばの薔薇で羽を休めた。女性のようだ。手入れに使われていたのか、スコップや鋏が無造作に置かれ、干からびて茶色くなった草の入ったバケツが放置してある。働き詰めで気絶したのか、寝ているのか、女性が起きる気配はない。陶器のように白い肌が暖かな日差しに照らし出されている。緩く編まれた髪は深い赤で、辺りの薔薇にも引けを取らないであろう。左手に、いくつかの草が握られたままであった。こちらも茶色く変色していた。古い文献で見るような裾の長い服。装飾はほとんどついておらず、シンプルで品がある。首から下げられた古びた時計は大切なものなのだろうか。規則正しく小さな音を刻んでいる。

 カチリ。長針が一五時を指した。その後秒針は進んでいく。

「んん……。」

 小さな声を漏らし、女性が身動く。ゆっくりとその瞼を開いた。二度三度瞬き、見下ろしていた俺にゆっくりと視線を合わせる。琥珀色の目が俺を映す。一瞬の戸惑いの色。その色をすぐに塗り替えて、柔らかく微笑んだ。

「初めまして。お客様でしょうか……?」

「……客ではない。この屋敷を調べに来ただけだ。」

「そうなのね。けれど、このお庭に来た方はみんな私のお客様。ですからお茶を準備いたします。あちらにかけて少々お待ちになっていて。」

「茶などいい。ここを調べさせてもらえればそれで構わない。」

「あら……そう。」

「この辺りを調べてもかまわないか。」

 女性は微笑み、ゆっくりと頷いた。

 許可を得られたのならばあとは自由にできる。一先ずこの辺りを調べることにした。改めて見渡した限りでは、ある程度手入れされた庭のようだ。とはいえ手入れしきれていないのか、あちこちに伸びた草や枯れた植物があったり、荒れた土がそのままになっていたりする。館の方に寄せられている様々な花台は、木製の物も鉄製の物もあるが、どれも風化してしまっており塗装がボロボロと落ちている。どの鉢も何が植わっていたかなどわかりやしない。みすぼらしい茶色の茎が力なく折れ曲がっている。館の壁にはひびが好き放題に入っていて、今にも崩れてしまいそうだが青々としたつるが支えるように蔓延っている。……この辺りはまだいいが、正面の方は歩きにくくて敵わない。何か刃物でも持ってきて開拓しながら調べる必要がありそうだ。日を改めるしかない。面倒だが、致し方ない。仮に先程の女性から手入れ用の鋏や鎌でも借りる事ができるならば話は変わるのだが……。

「よかったらこちらをどうぞ。」

 声を掛けられて振り返れば、すぐそばのガーデンテーブルにティーセットが置かれていた。錆びついた天板に合わないよく磨かれたものだ。真っ白なカップが午後の光を反射する。

「構うな、と言ったはずだが。」

「ええ。でも私がお茶を飲みたくなったから、ついでに。飲みたくないのなら、それでいいわ。」

「……。」

 随分と自由でマイペースな女のようだ。俺が返答している間に錆びついた椅子にゆったりと腰掛け慣れた手つきで茶を注ぎ、口にした。沈黙を返せば、視線に気づいたのかこちらを向き、微笑む。

「もう、調べものは終わったの?」

「……大方。」

「そう。だったらお茶でも飲めばいいのに。」

「……、この辺りは手入れが行き届いているな。お前がやっているのか。」

「ヴァーツェル。」

「は?」

「お前じゃないわ。ヴァーツェル。それが私の名前。」

「……。」

「貴方は?」

「名乗る必要があるのか。」

「名前を知れたらお友達よ。」

「慣れ合うつもりはない。」

「貴方にその気が無くても、私にはあるの。この辺りを好きに調べたんだから、名前くらい私にも知る権利があるでしょう?」

 女はゆったりと落ち着いた雰囲気で話す。それから一口、お茶を飲む。つかみどころが無い、苦手なタイプだ。俺が口を開くのを待っているのか、ニコニコと底の知れない笑みで俺を見つめる。面倒な奴に出会ってしまったと、心底後悔しているが、調査の為だ、利用できるものは利用してやろう。大きくため息をついて、口を開く。

「シルベ ススグだ。」

「ススグね。わかったわ。ありがとう。……ええっと、この辺りの管理を私がしているのか、だったかしら。」

 意外にも、こちらからの質問にも答えてくれるらしい。上手く使えば調査は一気に進みそうだ。そう考えながら、ああ、と短く返す。ヴァーツェルはゆっくりとした手つきでカップを置き、先程彼女が倒れていた辺りに視線を向けた。

「ええ、そうよ。私はこの庭を守るための存在だもの。元の形に戻したいの、それで、守っていかなきゃいけないの。」

「この広さを一人で?」

「頼れる人なんていないわ。だって私しかいないのだもの。どんなに広くてもやるしかないから、私がやりたいから、するの。」

見た目に反して強い意志を持っているらしい。目を伏せて足元に咲く小さな花を見つめている。俺は少し離れた場所にある館を見てさらに続けた。

「あの館も含めてか。」

 変わらずゆっくりと顔を上げて、じっと館を見てから、ええそうよ。と女は答える。

「あんな朽ちた館に住み込みか?」

「住める部屋もまだあるわ。」

「見たところ雇い主もすでにいないだろう。それなのになぜ固執する?」

「それが、使命だから。私の神様がそう言っていたから。」

 女はこちらを振り返らずそう言う。先ほどまでより少しだけ強い口調に、固い思いを感じ取る。恐らく、この女の譲れない部分なのだろう。

どうにかして館の内部も調べたいところだが、この女は許可するだろうか。先ほども後出しのように俺に見返りを求めてきた。調べたいと申し出れば許可してはくれるだろうが、見返りに理由など聞かれたら少々困る。公にしていない調査であるから、下手に人に情報を漏らす訳にはいかない。この女を、上手く利用するためにはどうするのが最適解か……。

「ねぇ、もう調べものは終わったのでしょう? だったら少し手伝って。」


 土いじりなどしたことがない。じっとりと湿気った土は指先にまとわりつき、他の作業をしているうちに固まって、ぽろぽろと落ちていく。拳を握ると、引きつったような感覚がして不快だった。付近の草はあらかた抜ききったはずだ。立ち上がると視界が少しだけぼやけて、クラりとする。何度かまばたきをしてから伸びをする。どこかすがすがしかった。昔から部屋にばかりいて、外でこのように何かするということはほとんどなかった。草花なんて気に掛けたことが無かったし、ガーデニングなんぞ調べてみることもなかった。意外にも体力がいるものなのだな。庭師や花屋の仕事は相当ハードだろう。

 ちらりと女の方を見る。先ほど問わらない笑顔で辺りに散らかった草をバケツに拾い入れている。……体力が底知れないな。日はすっかり暮れて、辺りは暗い。あれから少なくとも二時間は経っているだろう。時間で自動的につくのか、屋敷の方へと続く古びた石レンガに沿って置かれた小さなランタンが灯りを灯している。オレンジ色の光か、久々に見たな。町の方では無機質な白い明りばかりだから、炎を感じさせるオレンジ色の光は珍しい。

 庭の隅にある蛇口をひねり、パサついた手を洗う。水道や電気は通っているようで、透き通った冷たい水が音を立てて落ちる。乾いていた土は色を取り戻し、水に押し流されていく。水を止め、水滴を振り払う。爪の間に残った土が不快だった。

「ありがとう、ススグ。私ひとりじゃもっと時間がかかっていたわ。」

「……構わん。」

「ねぇ、また何か調べに来るのならお庭の手入れを手伝って欲しいのだけれど……いかが? 手伝ってくださるなら好きに調べものして頂いて構わないわ。」

「そうか。なら手伝おう。まだ気になることばかりだからな。だが、生憎俺は土いじりをしたのは今日が初めてだ。センスを問われるようなことはできんぞ。」

「ふふふ、いいの。一緒にやってくれる人がいるだけで私、嬉しいもの。」

 物好きで図々しい女だ。俺は作業中、会話はおろか、ほとんど言葉を発していない。それなのに何故嬉しいと思うんだ? 俺にはわからない。だが、上手くいけば屋敷の方もじっくりと調べられるだろう。それにいい気分転換にもなった。疲れが積み重なってしまうのは懸念点ではあるが……。まあ、疲れなど日々の業務でも変わらない。いつもより少し増えるだけか。調査が有利に進むのであればどんな手でも使おう。

「またそのうち来る。調べたいことは山ほどあるからな。」

「ススグが来てくれればこの辺りだけじゃなくて正面の方も元の形にできそうね。」

 嬉しそうに言う女の言葉を背中で受け、この場を後にする。来た道を戻るとうっそうとした草の海が広がっていた。日が落ちて暗くなったせいかより不気味な雰囲気が満ちている。時折吹く風が、木々を、草の海をざわめかせる。わずかな日光でかろうじて見えていた石レンガの道は見る影もない。手探りで歩みを進めた。

 ふと振り返る。壊れた屋敷が月を隠すように影を落としていた。闇に紛れる館のその窓に明かりはついていない。開け放たれたままの窓からはカーテンが不気味に揺らめくのが見えた。辺りは草木で埋め尽くされているのに、館からも庭からも生気を感じない。辺りは嫌に静かで、時折せせら笑うような木の葉のざわめきと、姿の見えない虫の鳴き声だけが聞こえてきた。


 あれから何度かこの廃庭園に訪れた。ヴァーツェルと名乗り俺に仕事を押し付けてくる女は、毎回俺に、やってくれたら嬉しいとだけ作業内容を伝えると、特にこちらに干渉してくることは無かった。良い意味でも悪い意味でもマイペースで自由。それがヴァーツェルに対する印象だった。お願いと称して要求された作業をこなせば、いつ気づいたのか、丁度良いタイミングでお茶が用意されている。茶菓子が一緒に置いてある時もあった。ヴァーツェルも自分のペースで花に水をやったりお茶を飲んで休憩したり、かと思うと屋敷の方へと姿を消すこともあった。後を追うと、キッチンの掃除をしていたり、食堂に置かれた大きなテーブルやいくつかの椅子を、自分しかいないというのに磨いている時もあった。俺が仕事をこなしているヴァーツェルに干渉しないのと同じように、館の中へ入って部屋を調査したりしていても咎める様子はなかった。時折、素敵な調度品でしょう? このシャンデリア直したいのだけれど……、等話しかけてくることはあったが、軽くあしらうように言葉をいくつか返すと、諦めたようににこりと笑って仕事へと戻っていった。

 館の中……とはいえ、中央が崩壊しているから外とほとんど変わらないのだが、雨風の入ってこない、部屋としての役割を果たしている場所もあった。ヴァーツェルが気に入って手入れしている裏手の庭から出入りできるキッチン、それから食堂は掃除が行き届いていた。家具や調度品、敷かれている絨毯等は時間を感じさせるものばかりだったが、椅子の座面は綺麗に保たれ、カップや皿、カトラリーなんかはいつでも客をもてなすことができる程綺麗に磨かれている。以前夕食を食べていけばいいのにと提案されたが断ったことがあった。寂しそうにしていたが、料理はあまり得意ではないと言っていた記憶がある。それでも、人と時間を共にすることがヴァーツェルにとって貴重らしい。それもそうだ、こんな街外れの古びた館。調査以外に一体どんな物好きが訪れるというのだ。「肝試し」というものがあるが、そんな娯楽をしたいとも思えないほどに正面の草の海は万人にとって不快だろう。進んで入りたいと思う人間がいるのなら会ってみたいものだ。

 キッチンと食堂は繋がっており、食堂から玄関に続くエントランスに出ると、威圧感のある大木が空まで館を貫いていた。崩れた屋根の代わりと言わんばかりに枝葉を広げている。夕暮れの、視界がぼやけるような光がちぐはぐな光景をより非現実的なものに見せる。落ちたシャンデリアが木漏れ日を反射する。明かりが灯るはずもないのに、薄暗い周囲を柔く照らしているような気がした。

 どこもかしこも食堂より埃っぽい。置かれた家具に触れる。木製の部分は湿気り、まとわりつくような感触であった。歩を進め、床を踏む度にぎいぎいと耳障りな音が立つ。品のある柄のソファにはヴェールのようにきめ細やかな蜘蛛の巣が掛かっていた。巣の主の姿は見えない。

 元々この館は、豪奢なものであったのだろう。目に入る光景はくすんではいるが取り残された雰囲気がある。

 本当にヴァーツェルはこのような場所で暮らしているのだろうか。単純にそう疑問を持った。確かにキッチンや食堂は手入れされているし、その向かいにある応接室のような部屋は天井も壁もしっかりと残っていた。だが、全体的に見ると確実に人が暮らせるような場所ではないのだ。……スラムに比べたら相当ましではあるのだろうが……。それでも好んで暮らしたいと俺には思えない。ヴァーツェル自身、身なりは整っているように見えたが、あの服は一張羅なのかもしれん。普段、あまり他人の事を気にする質ではないが、調査対象である場所にいる、という点から気になってしまったようだ。

 大木のそばから見上げると、二階の廊下が見えた。しかし二階に続く階段は途中で崩れ、上に行くことは難しそうだった。だが、上にもいくつかの部屋があるようだ。加えてよく見ないとわからないが、二階のさらに上には屋根裏があるようだった。ここからでは詳しい様子は見えない。二階から登ることができるのだろう。どうにかして上に行けないだろうか。梯子なんかがあれば、この崩れている部分から登ることができるかもしれない。ヴァーツェルに聞けばそういったものを用意してくれるだろうか。そもそもヴァーツェルは上へと上がったことはあるのだろうか。


「梯子はあるか。」

 庭の方で何かをいじっているヴァーツェルに声を掛ける。手を止め、持っていたドライバーと鉄の塊をテーブルに置いてから俺の方へと向き直る。考えを巡らせるように視線を巡らせじっと俺の目を見た。

「梯子……? あるなら倉庫かしら……。食堂を出てすぐのところの部屋よ。あそこなら物がたくさんあるから。」

「……そうか。探してみてあったら使用しても構わんか。」

「ええもちろん。構わないわ。……何か気になることでもあるの?」

「二階の方に上がれるのではと思ってな。」

「二階……そういえば行ったことが無いわ。この辺りの手入れで手一杯だったから……。」

「そうか。」

「気を付けてね。」

 その言葉に返事をせずに俺は倉庫の方へと向かう。ヴァーツェルがテーブルに置いた鉄の塊は、あの日見た銀色の蝶だった。間違いない。……ここはそんなものを庭の飾りとして飛ばしているのか? 俺の思考を曇らせるように、本物の蝶は活き活きと飛び交い、床に生えた花の蜜を吸っている。見間違いだといいのだが、久々に感じたこの嫌悪感はアンドロイドを見た時と同じだ。


 二階はより薄暗く重い空気が漂っていた。反対側に行くには上りなおす必要がありそうだ。幹が邪魔してこちら側からでは向こうの様子はよく見えない。大部屋があるのだろうか、仕切りのない空間が広がっているようだ。奥に続く廊下は進む程に光は届かなくなり、歩幅が小さくなっていく気がした。開けっ放しの扉から覗く部屋はどこも荒れ果てており、如何にヴァーツェルが手入れをしているのかがうかがい知れる。足を踏み入れるのも躊躇うほどに汚い。加えて家具や崩れた壁が散乱し、部屋によっては壁を作るようにつるが絡み合っていて中に入る事ができそうにない。元々開いていたのか、或いは窓ガラスが全て割れてしまったのかわからないが、入ってくる風は埃を含んでいるようで、とてもいい気分にはなれない風だ。壁や床に生えた花がその風に揺られてわずかな香りを振りまくが、すぐに塗り替えられてしまう。

 突き当りに上へと続く階段があった。水分を含んでいるのかやけに柔らかな木の階段は、逆撫でする様に音を立てた。上り切れば一転、雰囲気が変わった。視界に広がるのは白いタイル。都市で嫌と言うほど見た無機質さ。壁のコンクリートが時折パラパラと音を立てる。全く別の施設に来たような感覚。何か研究所のようなそんな印象。

 向こうを見やれば機械のようなものが見える。一体何の装置なのかは暗くてよく見えない。あちら側に行くのは流石に厳しいだろう。頼りない木の骨組みが向こう側へと伸びているが、途中でぐにゃりと折れ曲がり通れそうにない。加えてこの高さになると、細めの枝が縦横無尽に伸びており視界を遮る。俺の身体能力的にもこちら側から飛んで渡る等アクロバットなことは残念ながら不可能だ。

階段を上ってすぐの部屋に入る。中央にある机は上質で重厚感ある年季の入ったものだが、部屋全体の雰囲気は階下と違う。絨毯も敷かれていないひびの入ったタイルの無機質な床、くすんだ白い壁に寄せられた無造作にファイルの詰め込まれた棚、工具を出したままの鉄製の作業台。置いたままの設計図は……。

 ため息をついて、俺は辺りに視線を移す。段ボールには設計図であろう丸められた紙やよくわからない部品だったり、乱雑に詰め込まれていた。中央の机の開きかけの引き出しを開ける。珍しい。俺と同じように紙の手帳を使っている存在がいるなんてな。手に取ってみれば馴染むような柔らかな革の感触。相当使い込まれているらしい。ページをめくれば規則正しい字でまばらに予定が書きこまれている。ページを繰る。後ろの方に日記が書きつけられていた。時間など気に掛けることなく、綴られたものを読み始める。




 考え事をしながら梯子を下りる。陽は傾き、辺りが朱く染まり始めていた。先程読んだ内容が気がかりでしょうがない。気持ちが落ち着かない。木々のざわめきのように治まることなく騒ぎ続けている。あれが真実なのか? それとも物好きな男がいたずらに書いたデタラメなのか? 今までそんな素振りあっただろうか。いや、思いつかない。……或いは俺が見ていないだけか。その事実がわかれば俺は嫌悪から関わる事をより一層避けたことだろう。なんといったって俺は

「ススグ! 危ない!」

 大きな音。大きな声。身体を揺する衝撃。それらが全て一瞬の瞬きのうちに起こった。土の床にひどく打ち付け、鈍い痛みが広がる腰を抑えながら瞼を開く。砂埃が正体を隠すように漂う。息をするだけで体内に入り込む砂粒にむせながら目を凝らすとやっと周囲の状況が理解できる。どうやら二階へと続いている階段が崩れ落ちたようだった。元々途中までしか残っていなかったがそれがさらに落ちたらしい。

「大丈夫ですか? お怪我は!」

 血相を変えたヴァーツェルが砂埃を裂いて駆け寄ってくる。俺の中で反射的に何か嫌な気持ちが沸く。その気持ちが俺の表情に表れるよりも早く、俊敏にヴァーツェルは駆け寄り、俺の前に膝をついて心配そうに覗き込んだ。琥珀色の瞳は申し訳なさそうに揺れ、何か言いたげに口を開きかけ、俺の返答を待っているのか口を噤む。

 視界の端に映る。……映ってしまった。石油のように黒いほんの少しだけの一筋。その液体は音を立てることなく流れ、一つ、落ちた。傷口から見えたのは、穏やかな夕暮れの朱い光。

 ざわりと湧き立つ何か、襲うように迫る嫌悪と憎悪。

 あの記述は、

 目の前の女は心配そうにもう一度俺の名前を呼び、手を伸ばす。

「触るな。」

 辺りの空間を裂くような冷たく、鋭利な声。開いた口から無意識に勝手に飛び出していったナイフ。触れそうな距離に近づいていた華奢な指先がびくりと震え、止まる。そうしてゆっくりと離れていった。ごめんなさい、と小さな声が聞こえた。

その後の事ははっきりと記憶していない。螺旋のように解け、崩れ、乱れていく思考に翻弄されながら、みっともなく意のままに走り去ったのだろう。冷静に思考を巡らせられるようになったのは自分の部屋に戻ってからだ。固く冷えたベッドが熱暴走した頭を冷やす。天井を見上げ、目を閉じる。


 あの記述はいたずらでもデタラメでもないかもしれない。




 約束の時間ぴったりに俺はある場所を訪れた。今は使われていない教会。あの廃庭園と似た何年も前の趣の外装だが、纏う雰囲気は違う。厳かな空気の中、きらびやかさはまだ失われていない。古びた両開きの扉は重く、力を込めてやっと動く。静かな空間に扉の音がこだまする。鮮やかなステンドグラス越しの光が舞い上がった埃を輝かせた。古ぼけた赤いカーペットは中央の祭壇へと続いている。人影が一つ。こちらに背を向けているがアイツだ。歩を進めながらちらりと壁を見やれば、彼等の象徴が大きく描かれている。鳥と人間を模した、抽象的な絵。「Deatot」。反アンドロイド勢力の集団だ。

「やぁ、お久しぶりですね。変わらず、でしょうか。」

 振返らずに人影は口を開く。聞き馴染んだ声が俺の鼓膜を震わせた。

「お前は変わらないみたいだな。」

「ええ。私は私ですから。」

 彼は優雅に振り返る。長い髪がひらめく。昔と変わらない顔は不敵な笑みを浮かべた。派手なフリル。目を覚ますような紅(あか)。装飾のチェーンはわずかな光にもぎらぎらと輝く。刺繍の施されたコートは重そうで、触れずとも上質な生地であるということがわかる。相変わらずのその服装は古い貴族のような、道化師のような奇抜な格好だ。他の人とは違う、型にはまらない在り方。アラキ ソウセイはそういう男だ。

テーブルの端にひらりと腰掛け、その長い足を見せつけるように組む。笑みを崩すことなく俺を見据えた。反アンドロイド集団、「Deatot」のリーダーであり、俺の旧友だ。

「掛けたらどうでしょうか、シルベススグ。」

「長居するつもりはない。構うな。」

「そうですか、それは残念。まぁ、貴方らしいと言えば貴方らしい。こうしてわざわざやって来てくれるのも昔の貴方と変わりありませんねぇ。」

「……話とはなんだ。」

「そうやって話を急かす所も。貴方を怒らせると怖いのは十分知っていますから。素直に申し上げましょう。」

 そう言って彼はゆっくりと瞬きをし、笑みを消す。低い声が空気を震わせる。

「ススグ。お前は既に知っているだろう? 機械どもを停止させられるカギを。それを私に教えろ。」

 大方、そう言われるだろうと予想はついていた。肌が泡立つ。張りつめた空気に寒ささえ感じる。だが、俺の答えはあの扉をくぐる前から決まっていた。馬鹿らしいが揺らぐことは無い。深く、ため息をついて小さく頭を振る。

「断る。」

 短く、ただそう言い放った。彼を突き放し、己を突き放す。気持ちの読み取れない表情を崩さないまま、彼は、何故、と問うた。

「さてな。俺にもわからん。真実を確かめてみたくなった、とでも言っておくか。」

 沈黙。何時間も流れるような空気の重さ。音を立てて彼は立ち上がり、俺を睨みつける。

「ふざけるな! お前は……、私と約束したではないか。“人間の世界を創る”と! 忘れたとは言わせない。いや、お前のような男が忘れるわけがない!

それともなんだ? 情なんてない鉄屑に、情でも沸いたのか? お前が? あの機械を毛嫌いしていたお前が! 笑わせてくれるな。おい、覚えているだろう? 一緒に世界を創ると、人間の居場所を取り戻すと」

「悪いが知らないな。」

 言葉を続けようとする彼を一蹴した。かつての俺さえも突き飛ばすために。己の考えを再認識するために。

 絶望と憎しみと怒りと悲しさと、わずかばかりの希望と、ぐちゃぐちゃに混ぜたような顔でアラキは俺を見ていた。

 俺は冷たい男だ。自覚はしている、直すつもりはない。ただ仕事をこなし、上からの名を遂行し、淡々と活動し続ける。己の気持ちさえ隠し、目的を果たす。まるで俺は機械だ。俺こそが機械のようだ。自分が一番嫌っている存在と何ら変わらないのだ。身体に温もりはあるが、この心に温かさを宿したことなどあっただろうか。彼のように何かを強く求め、情を焦がしたことはあっただろうか。

 答えは俺自身が一番よく知っている。


 ススグの立ち去った教会に一人。立ち尽くす男が居た。去っていく背中を見ながら、ゆっくりと閉まる両開きの扉を見ながら、その音が溶けてなくなるまで男は真っすぐにそちらを見ていた。冷たく、静かな空気が再び戻ってくる。男は独り、口を開いた。

「私の提案を断ったことを後悔すればいい。私は人間の世界を取り戻したいだけだ。お前がそちら側につくと言うのなら容赦はしない。なぁ、気づいているのだろう……ススグ、お前ならわかるだろう。

……物言わぬ鉄塊に裁きを。私達人間が、如何に考え、感じ、情を紡ぐのか。お前等に偽りの感情など必要ない。人間とは違うのだから。お前等は無機物なのだから。」

 消えぬ情念は紅い炎となり男の中で静かに勢いを強める。その目は標的を見つけた獣のように輝き、血色の良い唇は三日月形に歪められていた。廃教会に高い靴音が響く。それが、始まりの合図だった。




 今日もススグは来ないのかしら。いつの間にか私の日常にススグの存在があった。楽しく会話をするわけでもない。でも、この館に、庭に、私以外がいるということが嬉しくて。ススグは冷たくてぶっきらぼうで、自由な人。仕事熱心で真面目。私と全く違う人だと思った。調査って言っていたけれど、一体何を調べているのかしら。気にはなるけどそんなこと私にとってはどうでもいいし、ススグの事だから聞いても答えてくれないわ。秘匿主義というやつかしら。もっと色々なお話したいのだけれど……。まあ仕方ないわね。きっとそういう人なんだもの。

 でも、こんなに日付があいたのは初めてね。大体二三日に一回くらい来て、調査を始める前に私に確認を取って、日が暮れたら一言だけ告げて帰っていくことが多かった。……前来た時に、ずいぶんと取り乱していたけれど何かあったのかしら。ススグが調べていたのは上の階だったはず……。梯子がないか尋ねてきたのを覚えているわ。

 ゆらゆらと、思考を巡らせながら館の中に入れば、屋根よりも高くまで葉を広げている大木のそばに、二階へと掛けられたままの梯子があった。ススグは使ったものは毎回元の場所に戻しておいてくれるのに、珍しいわね。

 私の中に興味が湧く。ススグは何を見たのだろう。そして何を感じて、どうしてここから去ってしまったのか、再び訪れてくれないのか。その手掛かりはきっとこの上にある。

 梯子に手を掛ける。裏庭の手入れと一階の手入れで手一杯だったから上の階に上がったことは無い。梯子も使ったことが無い。少しだけ感じる不安。でも興味がそれを上回る。知りたいという欲が私の中に湧いてくる。不思議と、軽々上り切ることができた。振り向いて階下を見れば見慣れた館の中がいつもと違って見えるような気がした。夕日に照らされたシャンデリアが随分と低い所で輝いている。時計を見れば一六時。もうすぐで日が暮れちゃう。

 初めて来た二階。埃が溜まっているのかかび臭いにおいが漂う。一階よりもどこか暗い、少しだけ安心する。……安心する? どうして? こんなに暗い雰囲気なのに、初めて見た場所なのに、どうしてか心が落ち着く。理由は分からない。もやもやした気分に包まれながらも私の脚は廊下の奥へと進んでいった。そうすべきだと私が既に知っているようで気持ちが悪い。

 屋根裏の、階段を上ってすぐの部屋。ガラクタの詰め込まれた箱と、整理しきれていない資料棚に本棚。部屋全体がぐちゃぐちゃとしていて片付けたいなんて呑気に思う。作業台にも工具が散らかしっぱなしで、いろいろなものが乗ったカートが机の方に寄せられている。そんな埃の積もったアンティークな机の上、広げたままの手帳があった。

 柔らかくなった革張りの手帳。日に焼けたページは軽やかな音を立ててめくることができた。カレンダーにはまばらに予定が書きこまれている。どれも読みやすい綺麗で几帳面そうだなんて思う。ページを繰る手は止まらない。しばらくすれば罫線のついたページになった。そこに、並ぶ、規則正しい字。細かく活字のように並んだ字。これは、日記……?


 ×月×日。機械は人と共に歩むべきだ。日々の生活を便利に豊かに、効率的にしてくれる。ただ、鉄は冷たい。言葉は発しないし熱もない。話しかけてもその声は部屋と消えていく。最後に人と話したのはいつだろうか。機械が、話し相手になってくれればいいのに。

 ×月×日。なるほど、そうか。そういうプログラムを作ればいいのか。雑誌を読んでそう思った。既に声に反応する機械があるという。簡単なものでいい。声に反応してくれるプログラムを作れば、疑似的な会話ができる。一度プログラムを作ってしまえば、そこからいくらでも機能を追加できるだろう。人の役に立つ機械に温もりを教えてあげよう。より良い世界になるはずだ。

 ×月×日。ああ、やっと起きてくれた。僕は期待に満ちた声で、初めまして、と声をかける。ゆっくりと瞬きをして途切れ途切れの音声が流れ出す。「はじめまして。」この子は言葉を話してくれた。冷たい声だ。形は人間にしたけれど声は機械音とほぼ変わらない。より人間らしく、寄り添ってくれる友人らしく、言葉をたくさん教えてあげよう。

 ×月×日。この子のために他の機体を作り試験的なことを試していた。言葉を話す機械、それも人間型のものはまだまだ珍しいらしく、都市部の人間に目をつけられた。僕は静かに過ごしたいからこんな街外れに住んでいるというのに。簡単な仕事を愛想をもって行ってくれる存在が欲しいと言われた。引き換えに資金援助はしてくれるという。丁度、あの子のために何か自発的に動くことができるようなプログラムを開発したいと思っていた。この依頼を利用してあの子をより素敵な存在へと育てよう。僕はこの依頼を受けることにした。

 ×月×日。依頼を通して作り上げた存在は大変好評だった。都市部では他の人間が作ったものもあるそうだが、僕のは特に好評らしい。機械人形、都市部ではアンドロイドや人工知能と呼ばれているそうだが……。この存在は、人と共に過ごし、人の手助けとなり、人から学び、育つ存在。ただの機械を超えた新たな存在。人間と相互に影響し合ってより良い形になっていくことを願っている。……最近は忙しくて彼女に構ってあげられていなかった。依頼者はこの技術を買い取りたいと言ってきた。別に自分の技術に固執しているわけではない。条件としてもう関わらないでいてくれるか、と訊く。承諾してくれたから自分の技術を売った。僕は材料と時間さえあれば自分で良いものを作ることができるし、何よりも静かな時間が欲しかった。最終的に国の大きな機関が制作技術を買っていった。静かな時間が戻ってきた。久しぶりに彼女と話をしよう。裏庭でお茶でもしながら色々な話をしよう。

 ×月×日。「ねぇ、博士。私の名前は何というのですか。」柔く微笑み彼女は僕にそう聞いた。確かに名前を与えていなかった。名を付けてしまえばもう完成してしまう気がして、手から離れてしまうような気がして。でも君がそう望むのならば応えよう。僕が一番初めに作り出した存在、今世界で活躍しているほとんどの機械人形たちの一番初めの存在。誰よりも何よりも君に人間らしくあってほしい。君を見て他の子たちも君みたいに人間らしく成長していってほしい。僕は君に


 ここでページがちぎれていた。心がざわつく。警告を鳴らすように心臓は駆ける。まだ記述は続いているようだ。手は震えるのに止められなくて、めくる。


 ×月×日。最近のニュースは機械人形に関するものばかりだ。彼らの活躍ばかりだった紙面は今日ではよくない事ばかりが書かれている。犯罪、殺人、人間との対立……。どうしてそうなってしまったのだろうか。嫌でも耳に入ってくる。憂鬱だ。君は心配そうに僕の世話をしてくれる。最近では外に出ることも難しくなってきた。管理しきれなくなった子たちは一握りの友人に譲った。この館からいなくなってしまうのは寂しいが、人間にも巣立ちがある。それと同じだ。彼等なら友人の元で良くやってくれるだろう。友人もこんな僕の友でいてくれた物好き達だ。心配はない。でも君は、君だけは最後まで僕のそばにいて欲しい。この館も財産も君に譲ろう。君は大切な僕の娘だからね。いつもありがとう。愛しているよ。


 はらりと、何かが手帳から落ちた。私の視線はそれを追う。しゃがんで手に取って見る。写真だった。白衣を着た男と写る私。鼓動がさらに早くなる。使命感のように裏を見る。そこに何か書かれていると私は知っていたかのように。

 “「ヴァーツェル」 君に名前を贈った日”

 写真を持った手が震える。寒気がする。心臓が苦しいほどに早鐘を打つ。……「心臓」が? 心臓は人間の持つ器官。私は、私には、「心臓」なんてない。じゃあ、このうるさい音は、迫るように暴れている音は、

 ――プログラムだ。

 ヴァーツェル。それは私の名前。知っている、確かな事実として認識している。いや、再認識した。ハカセ、はかせ……、隣に移っているのが博士。そう、博士だ。私がずっと共に居た博士。この館の主でこの庭の持ち主。私の神様……。

 目から水がこぼれた。これは……、これは、涙。博士に昔教えてもらった。人間は悲しいことがある時涙をこぼすって。私は博士に「お願い」した。「私も涙が欲しい。」「悲しいを知りたい。」と。思い出した、全部忘れてた。少しずつ手帳に書かれていたことを噛み砕くように、記憶領域が鮮明になっていく……。博士はそんな辛いこと知らなくてもいいのに、って笑った。でも、博士が居なくなってしまったその時に私は涙を流したいと思って……。人間には寿命があってそれは機械にとってはとても短い時間だって、博士が言ったから。私は博士とずっと一緒に居たいけれど、それはできないと教えてもらったから。それなら、博士が居てくれるうちに私は博士みたいな素敵な人になりたいの。博士が望んだ「人間らしさ」、それはきっと感情を持っていて、温かく笑い、寄り添い、話を聞いて、言葉を返してくれる。博士は話し相手が欲しくて私を作った。私は求められた存在になりたかった。……そう思っていたのにどうして忘れてしまっていたの? 一番大事な事なのに! 私を作ってくれた、私を育ててくれた、私を大切にしてくれた、私を、愛してくれた博士。

 私は機械で、博士はもういなくて……、それに、もう一つ思い出してしまった。私は「子どもたちを支える根」……。

 感情が身体の中を駆け巡る。あふれた感情は身体から噴き出していく。涙が落ちるのに顔は笑ってる。こんなのプログラムされてない。私が私じゃなくなる。じゃあ、私は、何?

「こんなところにいたのか。」

 聞いたことのある気がする声がした。男が私を見た。博士じゃない人間。だってもう、ここに博士はいないから! 男が近づいてくる。手を伸ばす。その手を私は振り払って、男を力任せに突き飛ばす。階下の方に姿を消して、追いかけるように鈍い音がした。どうして? なぜそうしたのかもわからない。真実を受け止めたくなくて、思考がぐちゃぐちゃになる。整列していたプログラムが、綻び、ほどけ、バラバラに散っていく。わからない、わからない!


「随分と取り乱してらっしゃるようですね。」

 泣き叫び笑う機械に、声を掛ける男が居た。機械と対照的に優雅に微笑み艶やかに歩む。床に落ちた手帳を拾い上げ、一読する。三日月に歪められた口をさらに釣り上げた。

「哀れ、ですね。自ら望んだ感情に狂わされて人に手をかけてしまうなんて。

……貴方はカギ。私の憎むべき存在を根絶やしにするための存在。私は優しい人間ですから、猶予を与えましょう。とはいえ、今の貴方にとっては考える時間程苦しいものはありませんかねぇ。」

 目を閉じ、男は静かに笑みを消した。

「この高さから落ちた人間は無事でしょうか。人間は機械とは違って脆いですから。簡単に壊れてしまいます。ふふふ。惜しい人間を亡くしてしまったかもしれません。……機械のお嬢サン。貴方は選ぶことができるんですよ。誰も縛りはしない。誰も命令を下さない。守るべき主従関係も無い。皮肉にも、貴方は自由ですからねぇ!」

 再び顔に笑みを張り付け、ひらひらと手を振りながら男は階段を下る。取り残されたのは感情に飲まれた機械が一つ。崩れるように膝をつき空を仰いで、目を閉じ、動かない。夜風が赤い髪を撫でる。木々の間から漏れる月明りが濡れた頬を照らしていた。




 今あたっている仕事は中断し現場に向かえと連絡が入った。それも俺に調査依頼した本人から直々に。良くないことが起こっているのは現場に辿り着かなくても解り切ったことだ。屋根裏であの手帳を見てからあれに対しては本能的にあまり良い気持ちを持っていなかった。だが仕事は仕事。遂行すべく気持ちに整理をつけて先日出向いたのにあのざまだ。不幸中の幸いか命に別状はなかったが、足が動きにくい程の怪我を負った。やはりアンドロイドが暴走するとろくなことにならん。これだから、戦争は起きたんだ。足の痛みが俺を現実に引き戻す。今はそんなこと考えている時間はない。館に少しでも早く辿り着かなくては。アラキが何か起こしたのだろう。あいつのことだから恐らく手段は選ばない。あれが壊されれば依頼は達成できない。俺の今まで積み上げてきたものが崩れる。それはプライドが許さない。遂行のためにあれを守る必要がある、という判断は妥当だ。

 館の近くの森に車を止める。この先は歩きだ、少々厳しいが致し方ない。遠くに、黒煙が見えた。火事……館の方角だ。急がなくては。足を引きずりながら出せる限りの速さで進む。人間は脆い。それこそ機械だったらこんな不具合の起こった部分など取り換えてしまえばすぐに元通りになるもんな。ああくそ、痛みのせいで思考に不純物が混じる。今はただ、仕事をこなすことを考えろ。上からの命に逆らうな、その命を必ず遂行しろ。


 息を切らしながら進む。すぐに熱を含んだ空気になった。そして次第に大きくなっていく火花の散る音と、燃え盛る炎の音。庭の門が見えた。薄暗かった入り口付近の草の海は揺らめく火の海に変貌している。隠されていた石畳が露わになり、燃えきった草は既に灰になっていて熱風に巻き上げられ漂う。一見すれば、資料でしか見たことのない戦場だった。そびえる館も、蠢く炎に下から包まれている。規模が大きすぎる。このままではこの辺り一帯を焼いてしまうだろう。本部へと連絡を飛ばしこの辺りに人が近づかないように要求する。上空からの応援も要請した。さて、あと俺にできるのは……。

 強い光が見えた。炎を何かが反射したらしい。何度か瞬き、光の発生源を見る。そこには鉄の塊があった。焼け残った衣服が、かろうじてあの機械であるということを示唆している。熱気にむせながら、ゆるゆると近づくと、それはゆっくりとこちらを振り返る。皮膚の解けた顔が俺を見る。偽りの皮膚の間から見える骨組みは熱をもっているのかオレンジ色に光を帯びていた。琥珀色の瞳が見開かれ、揺れる。

「どうして、いらしたの。」

 あの日と変わらないゆっくりとした口調でその機械は俺に問う。焼け残った部分を微笑むように歪めて、炎に引けを取らない真っ赤な髪を熱風に揺らめかせる。咲いた薔薇も、手入れしたブランコも、整えた植え込みも、敷きなおしたタイルも、全てを揺らめく炎が照らしている。

「それが真実か。」

「……気づいていたでしょう? だってあれを読んだんでしょう?」

「ああ。」

「私は機械人形。アンドロイド。私の神様……博士の創った話し相手。この庭と館を、博士の愛したこの場所と、子どもたちを守る存在。私の名前はヴァーツェル。」

規則正しい声色が流れ出すように鉄の口から聞こえてきた。溶ける金属が残っていた頬を伝う。泣きながら笑っているようにも見える。さながら人間のように、機械人形は感情を示した。嫌悪感と少しばかりの同情。……同情か、俺も変わったものだな。アラキに言われた時には、そんなことありえないと思っていたが、まさかこの場でこれに同情をするなんて。

「ススグは、機械が嫌いなのでしょう。私、記憶が無かったとはいえススグを騙していた。ごめんなさい。それからこの前突き飛ばしたことも……ごめんなさい。」

「……。」

「私を壊せば、世界の子どもたちはみんな停止する。だって私が支える根だから。

……私。ススグとこのお庭の手入れができて本当に嬉しかった。楽しかった。こんな……状態になってしまったけれど、あの時間は私にとって忘れられない宝物。博士と過ごした時間と同じくらいに、大切で、キラキラと輝くものだったわ。……ありがとう。」

 謝罪と礼。人間と何ら変わらない。過ちを犯すのも、後悔をするのも、感情を抱き、時に抑え、抑えきれずに流れ出してしまうのも、人間と同じだ。機械に感情なんてない。必要ない。人間の生活を豊かにする存在。ただそれだけの鉄塊に、どうして喋ったり人間に自発的に働きかけたりする必要があるのか。人間らしい姿である必要があるのか、感情をプログラムする必要があるのか。俺にはわからない事だった。この存在を作り出したのは人間で、その人間は寂しかったのだ。一人でいることを選んだのに、温もりを求めた。平行線の思いは交わることは無い。そこからバグは始まっていたのかもしれん。

呼吸を一つ。喉を焼くような熱い空気が肺いっぱいに広がる。元々感情を持たない機械はこんな風に痛みを感じるのだろうか。まっすぐに彼女を見つめて俺は口を開く。

「俺はアンドロイドが嫌いだ。この場所に来ていたのも“アンドロイドを停止するカギを探せ”という命からだ。だが」

「おや! 感動の再会、と言ったところでしょうか!」

 言い終わる前に、軽やかで楽しそうな声に邪魔される。

 彼女の後ろにその出で立ちと似つかわない、大振りの斧を持ったアラキが立っていた。満面の笑みを浮かべて、視線をこちらに向けている。その視線は彼女のことなど見えていないように真っ直ぐに俺へと突き刺さる。アラキにとっては半壊の鉄塊であることに変わりはないのだろう。そしてそれを今から破壊する。探し求めていた獲物をようやく見つけた狩人は狂気をはらんだ眼を細める。

「私は、この鉄の塊を壊して人間の世界を取り戻したいのです。ですからススグ……。


 邪魔をするな。」


 お得意の笑みを消して、辺りの熱にも負けない冷たい視線をヴァーツェルへと移す。彼女は俺の方を見たまま動かない。ゆっくりと、いつもの調子で目を閉じて、骨組みの手のひらを上品に重ねた。何かを感じ取ったらしい。

「私も鬼ではありませんから、何か言いたいことがあるならば、どうぞ? それくらいの猶予は与えてもいいでしょう。」

 アラキは優雅に斧を両手で握り直す。いつでも振りかぶり彼女を鉄屑にすることができるだろう。

 押し黙る三人を包み込むように、ごうごうと炎の音がする。軽やかに、火がはじける音が聞こえ、何かが近づいてくるような音が館の方からする。かと思えば追いかけるように轟音と共に地面を揺する。柱か、壁か、……中央の大木かもしれん。揺れに続いて屋根からはパラパラと破片が降ってくる。

 俺は駆ける。無意識だった。手を伸ばし、あの日拒まれ触れられなかった彼女の腕を掴む。焼けた金属が熱い。じりじりと焦げるような痛みが手のひらを襲う。彼女は驚いたように俺の顔を見る。そのまま腕を強く引く。ぐらりとよろめくその姿に強く声を飛ばす。

「走るぞ。少々手荒だが許せ。」

 俺の声にハッとして彼女は足を動かす。後ろのアラキが虚を突かれたように目を見開き、少し遅れてその手を彼女に伸ばす。一際大きい轟音が辺りを揺るがす。それ以降は見ていない。前を見て強く地面を蹴る。痺れるような痛みが駆ける。生きた心地がしない状況であるのに、その痛みで「俺は生きている」と強く実感した。

轟音に混じって、後ろから声がする。

「どうして……?」

「生憎だが俺にもわからん。」

「……そう。」

 以降彼女は黙っていた。


 赤く燃える炎を映す狂気の目は、行く手を阻むように倒れてきた燃え盛る木々を映していた。斧を握りしめていた手を力なく下ろし、高らかに笑う。信念と希望、追い求めていたものをすべて打ち砕かれたこの男は生きながらに死んでいる。いや、死にながらに生きているのかもしれない。打ち砕かれたとしても秘めたる炎が消えることは無い。ごうごうと音を立てて燃える炎と違い、静かにだが確実に、男の中に炎は燃える。その炎が信念の赤い炎か、復讐の対象であるかのアンドロイド達の血液と同じ黒い炎であるのか。それを知るのは本人だけだろう。笑い声と燻る炎は轟音にかき消されていく。


 倒れてくる熱い木を避け、足元の炎を躱し、裏庭を抜ける。館の正面側は既に灰にまみれていた。木炭と成り果てた低木や倒れてきた木々、踏みしめる度に灰が舞う。打って変わって静かな世界だった。騒がしい音は遠くにある。森の方へと炎は移っていっているようだ。まずい。一先ず森を抜けなくては。あの門をくぐれば森へと抜けられる。また熱気に包まれることになるだろう、致し方ない。柔らかな地面に止めた足を再び前へと運ぶ。

 ぴたりと、彼女の動きが止まった。どうした、と振り返る。もう片方の手で俺の手を振りほどいた。灰だらけの世界に彼女の赤い髪が、映える。彼女は微笑んだ。

「私、わからないわ。このままここを出ていいのか……。」

 燃える館が後方に見える。炎の勢いはまだ収まっていないようだ。夕焼けの空へ空へと火柱は上がる。何もかも灰になった庭園に彼女の声も消えていく。

「私の使命はこの館と庭を守ること。でも私の中にススグと一緒に外へ行きたいって気持ちがあるの。ここに残れば私はまた独り……。でも博士はここにいるのかしら。そう、考えてしまうの。私、どうしたらいいのかしら。」

 震える声は小さく、彼女の目は伏せられている。ああこれだから、女は嫌いなんだ。

「好きにしろ。この辺りは既に火は燃え尽きた。……まぁ燃えるものがあれば館からの火の手が来るだろうが。

 ……自由に選べばいい。ああ、機械に自由にと言うのは酷か。だが、今のお前になら選べるだろう。誰にも、何処にも、何にも縛られていないのだからな。お前はヴァーツェル。それ以外の何者でもないだろう。」

 がくん。脚が震えた。今まで感じていなかった、気にしないようにしていた痛みが畳みかけるように襲ってきた。痛むのは脚のはずなのに警鐘を鳴らすように頭にまで痛みが響く。ここで死ぬわけにはいかない。上にどう報告書を書けばいいか、仕事はまだ残っているからな。踵を返し炎揺らめく森へと歩き出す。歩を進める度に雷に打たれたように体が震えた。炎と夕焼けの境がわからない。俺の求めた真実も、明らかになったようでわかり切ってはいないのではないか、などと考える。これからアンドロイドがどうなるかもわからない。彼女は、何を選ぶのだろうか。俺の知ったことではない。恐らくもう二度と彼女に会うことは無いのだろうから。

 上の方から深い色が落ち始めている。ごうごうと燃える炎を静かに包む夜が訪れようとしていた。手のひらに薄く固まった金属。拳を握り、ゆっくりと開く。ヒビの入ったそれを親指でなぞれば、ぱらぱらと剥がれるようにして薄い金属は落ちていく。無機質なそれは辺りに残る燃える炎を反射して火花のように赤く煌めく。辺りの闇に飲まれるようにそのまま地面へと落ちていった。

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根を張り風に花を揺らし、雪を払い進む道を示すは。 呼京 @kokyo1123

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