075:別れと別れ
「ユーくんが勝ったー! すごい。すごかったよー。おめでとー。よくわからなかったけどかっこよかったよー!」
ユウジがチェス対決に勝利し大喜びするアヤカ。アヤカ自身チェスのルールをよくわかっていなかった。それでも勝ったのだとわかる『チェックメイト』の宣言は痺れたのだろう。
「いやいや、正直危なかった。ずっと決着つかなくなるかと思ったわ。めっちゃヒヤヒヤした」
ユウジは向かってくるアヤカを腕の中のキンタロウごと抱きしめた。その後、抱きしめるのをやめて、アヤカの腕の中でキャッキャ笑うキンタロウの頭を優しく撫でる。
檸檬色の短い髪がなびきイリスの顔にかかった。細い毛にくすぐったさを感じイリスはユウジの頭の上へ飛んだ。
「お見事じゃったのぉ。あの状況でよく巻き返した」
イリスにとってはユウジの頭の上が定位置らしい。慣れた手つきでユウジの髪をかき分け自分が座る場所を確保している。
「イリスが教えてくれたおかげだよ。ありがとうな」
「はて、ワシは何か教えたかのぉ。基本的なことしか……」
「相手の先の手を読めって言ってたぞ」
「そ、それを言われた通り実行したというのじゃな、お、恐ろしいやつじゃのぉ」
チェスのルールを知らないユウジは基本的なルールを覚えるために案内兎からルールブックをもらっていた。そのルールブックをイリスと一緒に読んでいる際にイリスが呟いた言葉を実行したのだ。
相手の先の手を読め。チェスや将棋、囲碁などでよく言われる戦略だ。言うのは簡単だが実際にそれを実行するのは難しい。初心者なら尚更だろう。しかしユウジはそれをやってのけたのだ。
相手の先の手を読むということは、それはもう未来を見ているのと同等。未来が見えているのなら初心者でも勝利を掴むことは不可能ではない。
「いや~久しぶりに面白いもんを見られた。ではそっちのチームは、このまま次のマスに進むといい。ダイスも出るだろう。そっちの2人は残念だが負けた罰を受けてから次のマスに進んでくれ」
案内兎のクロは拍手をしながら言った。肉球はないが両手はもふもふの毛に覆われていて拍手してもパチパチといった音は出ない。
チェス対決に勝利した金宮ファミリーは無条件で次のマスに進める。勝利しても報酬が出ないのは、ここ第4層の決まりらしい。そして敗北した黒田カップルには罰があるのだ。
第4層の敗北者への罰は『スキルを失ったり』『サイコロの目がー1になったり』『そのマスに止まらずマスを戻されたり』など命には関わらない軽い罰が様々ある。
「そうだ。罰があるんだよな。なんか悪いな」
「勝負は勝負。気にするなよ。負けた俺が悪いんだ。それに軽い罰ばかりだろ。フヘッヘッヘ。大丈夫だ。先に進め」
罰があることを気にするユウジだったが黒田はシッシっとユウジを追い払うよう冗談めかしながらあしらった。
「それじゃあ俺たちは先に進むわ。ありがとう黒田。楽しかったぜ」
「おう。残るところあと10マス。さっさとゴールしちまいな」
「ああ」
別れを告げた両者は、その素っ気ない言葉とは裏腹に表情は清々しい笑顔だった。チェス対決を通してお互いのことを知れたのだろう。今日の敵は明日の友などという言葉があるが、ユウジと黒田は今まさに他人から友人へと昇格したのだ。
『ダイス』と、ユウジが唱えた。その瞬間、赤いサイコロと青いサイコロがユウジの目の前に現れる。ぷかぷかと浮かびサイコロは振られるのを待っている。
「じゃあな金宮」
黒田の別れの言葉を聞いたユウジは2種類のサイコロを両手で掴みそのまま落とすように転がした。
転がる赤と青のサイコロはお互いぶつかり合い弾かれた。弾かれたことによって勢いが急激に落ちる。そしてサイコロは止まり目が確定する。
層を決める赤いサイコロの目は6が出ている。第6層は死のゲームが待ち受けるが運が良いユウジとアヤカは、初めての第6層になる。
「赤が6出たのは初だな」
「そうね。初めてね」
初めての赤いサイコロの6に緊張感が増したユウジとアヤカ。その後、転がっていた青いサイコロも止まる。
進マスを決める青いサイコロの目も6が出ている。つまり6マス進むことになる。90マスから6マス進む。
ユウジたちが止まるマスは『第6層96マス』で確定した。止まるマスが確定した瞬間、ユウジとアヤカ、キンタロウそしてイリスが赤と青の光に包まれた。
光に包まれたアヤカは笑顔を見せながらでキンタロウの手を使いバイバイをしている。母親らしい別れの挨拶だ。手を振られているキンタロウも上機嫌だ。
その笑顔と手に返すように黒田の彼女ヒナコも笑顔で手を振り返した。その直後、瞬きほどの速さで目の前から姿を消した。ユウジたちはワープしたのだった。
ユウジたちがいなくなった途端、ヒナコは黒田の手を繋いだ。人前で手を繋いでいる姿を見せるのは恥ずかしいのだろう。ヒナコはシャイで可愛らしい女性なのだ。そんなヒナコの優しく小さな手を黒田は握り返す。
「行っちまったな」
「ショウちゃんがあんなに楽しそうにゲームしてるところ初めて見たよ」
「そ、そうか?」
「うん。とても楽しそうだったよ」
チェス対決に敗北してしまった黒田は悔しさよりも楽しさの方が圧倒的に勝っていた。それは黒田自身よりも横で見ていたヒナコが理解していた。
そんな笑顔溢れる反省会の最中に案内兎のクロは黒田の空いている方の手にサイコロを持たせた。大きさはテニスボールくらいの大きさだ。
「では罰を執行するとしよう。この黒いサイコロを振ってくれ。出た目によって罰が変わる」
「先延ばしにしても絶対に受ける罰だもんな。さっさと受けちまった方がいい。振るぜ」
黒田はヒナコと手を繋ぎながら持たされた黒いサイコロを振った。
黒いサイコロは転がり続ける。神様が罰を選ぶのを悩んでいるかのように黒いサイコロはなかなか目を出さない。転がり続ける時間は罰を受ける2人に緊張感と不安感を増幅させる。
軽い罰だというのはわかっている。けれど罰は罰だ。受けなくてもいいなら受けたくはない。どうせ受ける罰ならば一番軽い罰が良いのだ。誰だってそう願うだろう。
黒いサイコロは転がる勢いが弱まり目を確定させようとしている。止まりそうでなかなか止まらないもどかしい時間が続いたが黒いサイコロは止まった。
黒いサイコロの目は5だ。6面ダイスの中では2番目に大きい数字。数字が大きいほど罰が重くなることは90マスまで来ている黒田にとっては常識だ。
5の目を見た黒田は左半身に温かいものを感じた。それは罰に身構えたものでも緊張によって出た冷や汗でもない。
「う、腕がァア、腕がァアア、アァアア」
アヤカと手を繋いでいた黒田の左腕は肩から床に落ちている。そこには大量の血。そして手を繋いだままのヒナコも倒れていた。
「ヒ、ヒナ……ヒナコォオオ!」
声も出さず倒れたヒナコの安否を確認しようと黒田はしゃがみ込んだ。自分の左腕の痛みを忘れるほどよ彼女のヒナコが倒れている目の前の光景の方が心を痛めつけている。
「う、うそだろ」
ヒナコは呼吸をしていない。それどころか内臓が飛び出ている。呼吸などできる姿をしていない。
「うぅ、ぁ、ぅ……」
黒田は残っている右腕を使いヒナコの内臓を元に戻そうとするが内側から破裂したであろう内臓は臓器の役割を果たす姿をしていない。そして飛び散った内臓はもうヒナコの内には戻りきらなかった。
その時、黒田は気が付いた。自分の左半身に感じた温かい何か。それは自分の左腕が落ちた時に大量に流れた自分の血ではなく、内臓が破裂して倒れたヒナコの血飛沫だったことに。
自分が死ぬのではないかと考える間もなくヒナコは即死をしただろう。その証拠に繋がれた手は固く繋がれたままだ。まだ死後硬直には早い。
「ヒナ、ヒナ、ヒ……ナ……ヒナコォオオオ!」
黒田は叫んだ。ヒナコの魂を呼び戻そうと必死に叫んだ。しかしその叫びは届かない。無情にも時間は過ぎていきヒナコの温かかった血は冷たく冷めていく。真っ赤でサラサラだった血は黒みを帯びた赤色に変色していった。
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