073:チェス
第4層90マスにてユウジと黒田のチェスバトルが始まる。
「ショウちゃん頑張って!」
「ユーくんファイト」
ヒナコが彼氏でもある黒田を応援しアヤカは夫のユウジを応援する。
ヒナコの応援を受けた黒田ショウゴは対戦相手のユウジに問いかける。
「俺は結構やったことあるからルールは問題ない。お前はどうだ?」
「た、多分大丈夫……。確か6種類のコマを使ってそれを取ればいいんだよな?」
「キングな」
「そう、それそれ」
ルールをあまり把握していないユウジは、案内兎のクロが用意したガラス製で出来た高級感あるチェス盤と睨めっこしながら答えた。
ユウジのおどおどとした様子を見た黒田は『フェアじゃない』とユウジにルールを覚える時間を与えるように案内兎のクロに提案する。クロはその提案を呑みユウジにルールを覚える時間を与えた。
ユウジがチェスのルールを覚える際、頭に直接ルールブックを送るのではなく5ページほどの薄いルールブックが渡された。そのルールブックにはチェスに関する基本的なことが記載されてある。
ユウジは頭の上に檸檬色の髪をした妖精のイリスを乗せて必死にルールを頭の中に叩き込んだ。幸いな事に妖精のイリスはチェスのルールを知っていた。なのでユウジが頭を悩ませるような箇所は謎のままにはせずイリスがチェスの先生として教えることができたのだ。
「サンキューイリス。助かった! もう覚えたから大丈夫だ」
「もう覚えたのか? まだ10分も経ってないぞ」
「全く知らなかったわけじゃないからさ。こんぐらいでOKだぜ」
ユウジは7分程度でチェスの基本的な動きを覚えたらしい。しかしそれは頭の中だけであって実際にコマを使ってチェスに挑戦はしていない。
しかしなぜだろうか。おどおどと不安がっていた男は自信に満ちた表情に変わっていたのだ。
イリスはユウジたちと出会ってから5時間ほどが経過した。長いようで短いが、妖精との契約のような繋がりからイリスはユウジのありとあらゆる情報を共有することができたと思っていた。
だからこそイリスにはユウジの自信に満ち溢れた表情がどこから来るものなのか理解ができなかったのだ。
ボードゲームなどのゲームセンスは一般人並み。学力は一般人以下。そんな男が自信満々にチェス盤の前に立った。
「悪い悪い。何度も待たせちゃって」
「いいや、いいさ。ちゃんとしたチェスをしたいからな。ところでもうルールは大丈夫なのか?」
「ああ、問題ないよ。よくわかんなかったところはイリス先生に教えてもらったんでな」
「そうか。それならよかった」
ユウジは先生と言うタイミングで頭の上に乗るイリスの檸檬色の髪をした頭を人差し指で軽く撫でた。羽をパタパタと動かしながら喜びの表情を浮かべるイリス。
そんな妖精の姿を見て黒田は『これでフェアになったかな』と少し安心し案内兎の方へ視線を送った。
チェス対決が始まると直感したイリスは邪魔にならないようにユウジの頭の上から飛び立った。そしてアヤカの肩に止まり座った。
「ユウジよ。頑張るのじゃ」
「ユーくん頑張れ~」
イリスとアヤカが声を出して応援をする。そしてキンタロウは眠りにつきながらもアヤカに手を優しく掴まれユウジに向かって手を振り応援していた。
「ではでは始めてもらおうか。白はお前で黒はお前だ」
案内兎の黒いロップイヤーのクロは白いコマの前に立つユウジを白いコマのプレイヤーに。黒いコマの前に立つ黒田を黒いコマのプレイヤーに選んだ。
「では『第4層90マス』でのゲーム、『チェス』を開始する!」
クロは小さな手を勢いよく振りかざして対戦開始の合図をした。
「どっちが先行? ジャンケンとかするの?」
「白が先行だぞ」
「あはは、そうなんだ。そんなこと書いてなかったからわからなかった」
ユウジは頭をかきながらニヤニヤと何もわかっていない様子で笑っていた。幸先不安になる笑い方だ。
チェスのルールでは白が先手になる。つまり白側のプレイヤーのユウジが先手だ。
チェスは双方のプレイヤーが盤上にある自分のコマを1回ずつ動かし敵のキングを追い詰めるゲームである。
8×8の64マスの盤面でチェスは行われる。コマは全部で6種類。ポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、クイーン、キングの6種類だ。お互いコマを16個盤面に置く。ポーンは8個、ルークとナイトとビショップは2個ずつ。そしてクイーンとキングは1個ずつだ。
コマを動かせる範囲に敵のコマがあればそのコマを取ることができる。ただしポーンだけは敵のコマを取れる範囲が移動範囲と異なる。一直線上に真っ直ぐ進むポーンは斜め前方のコマが取れ、直前のマスのコマをとることはできない。
取られたコマは盤上から取り除かれてそのゲームが終わるまで使用することができなくなってしまう。
敵のキングに、自分のコマを利かせて取ろうとする手を『チェック』と言う。キングが次の手で絶対に逃げられないように追い詰めたチェックを『チェックメイト』と呼び、プレイヤーはチェックメイトすることを目指すのだ。
「それじゃあ俺からだな。このボーン? を2マス進めるぞ」
「ポーンな」
ユウジはポーンの名前をニアミスしながら右手で掴んだポーンを『g4』へ移動させた。
後攻の黒田はミラーだ。ユウジが動かしたポーンと同じようにポーンを動かした。
その後、ユウジはナイトやルークを動かして積極的に黒田のコマを取っていこうとしている。しかし黒田は上手く逃げつつユウジのコマを取っていった。自分のコマが取られても次の手で取り返すそんな手を繰り返していく。
互いに引きを取らない手を繰り返しているように見えるがユウジの手は初心者プレイそのもの。黒田に遊ばれているようにしか思えない。
それは仕方のないことだ。実際ユウジは初心者で基本的な動きは数分前に覚えたばかりなのだ。
けれどユウジと黒田の対戦を見ているイリスは何かが引っかかっている。胸の奥でしこりのようなものができているのだ。
「ユウジは押されているのになぜ焦っておらんのじゃ? それどころか自信満々な表情は一切崩れておらん。たまにマヌケな顔を見せるが、何か考えがあるのか?」
「ううん。ユーくんは何も考えてないよ」
「な、何も!? それじゃあなんじゃあの表情は?」
アヤカから何も考えていないと聞かされて驚くイリス。それも当然だ。何も考えてないのなら何も考えてない表情をしたらいいのもののユウジは自信満々な表情をしているのだ。
「でもね。ユーくんは覚えたばかりのチェスを楽しもうとしているの。だからあんな顔になるんじゃないかしら」
「楽しもうと……か。それが勝利に繋がるからこその表情なんじゃな」
イリスもなんとなくユウジのことが理解できた。
勝とうと、負けたくないとしている人間ほど表情が顔に出てしまう。焦りや苛立ち怒りや喜び、様々な表情が出てしまうだろう。
しかしユウジは違う。勝つ気も負ける気もない。ただ目の前のゲームを覚えた手のゲームを精一杯楽しんでいるのだ。楽しんでいるからこそ自信満々に一手が打てる。
ポーカーフェイスとまではいかないがその自信満々な表情こそ相手の心情を狂わすのだ。
しかし先にチェックを出したのは黒田の方だった。
「チェック!」
やはりチェスは実力勝負。運ではどうにもならない。どんなに楽しくやっても実力が伴わなければ初心者が経験者に勝つようなことは奇跡に等しいのだ。
チェックを宣言した黒田の手は、クイーンのチェックでキングを斜めから攻めた形だ。
「あー、まずいまずい。こっちにはルークがいるもんな。移動できん。それじゃあこっちに逃がそう」
さすがのユウジも追い込まれれば焦りを見せる。ここで勝敗がつかないためにもキングを逃す。
しかし「チェック!」と、再び黒田はチェックを宣言。逃げても攻めてくる。黒田は攻めてユウジは逃げるしかないのだ。
そして今回の番で黒田が取ったコマはナイトだった。「そのナイトはもらうぞ!」と言いながらクイーンでナイトを取った。
「マジでやばい。これもう積んでねーか?」
焦り出したらもう止められない。ユウジはもう敗北の道を辿ってしまっているのだ。それでも諦めずにキングを逃し続ける。
「大駒、クイーンもいただくぜ!」
黒田は斜めに動くコマ、ビショップでユウジの大駒クイーンを取ったのだ。そして再び「チェック」と宣言。
「くそー、そろそろヤバイ!」
防戦一方。反撃ができず追い込まれたユウジ。キングを守ることで精一杯だ。
「フッヘッヘッヘヘ」
勝利を確信した黒田は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます