065:妖精イリス

 ノリが走ってキンタロウの元に戻ってきた。そのまま動かなくなったキンタロウの体を背負うために掴もうとした時だった。


「な、なに……!?」

 キンタロウから離れようとしたイチゴが充血した目を丸くして驚いたのだ。

 イチゴだけではないモリゾウもノリも驚いている。そして黒田もなにが起きたのかわからない様子で驚いていた。


 そう。この場にいる全員が驚くのも当然だ。

 突然キンタロウの頭蓋を貫いているこめかみ部分とキンタロウの体内から流れ出た大量の血が緑色に光り出したのだ。


 すると緑色に光るキンタロウの一番近くにいたイチゴにだけ、幼女のように高い声音と祖母のような優しい声音が交じりあったような不思議な声が聞こえたのだ。


「……ユウジや。こんなことは一生来ないと思っておったよ。いーや願っておった」


「だ、だれ?」

 イチゴは謎の声に呼びかけた。そのイチゴの呼びかけに答えたのは謎の声の持ち主ではなかった。


「がぁはぁあっ」


 魂が抜け冷たくなっていくキンタロウが息を吹き返したのだ。咳き込み喉に詰まっていた吐瀉物と血塊を盛大に吐く。


「う、う、そ……キン、キンタロウ、ぅぁ……キ、キンタロウく、ん、うぐぅ……」

 離れたはずのイチゴは磁石に引きつけられるかのように再びキンタロウに抱きついた。強くそして優しく。キンタロウの生きている温もりを全身で感じ泣き出す。


 銃弾によって貫通した頭蓋も大量に流れていた血も全て元通りになっている。まるでキンタロウの体だけ時間が遡ったかのように。

 しかし治っている部分は命を奪った銃弾によるもののみ。火ノ神にやられた背中の傷や緑ヘビとの戦いで負った傷などは治っていない。


「な、なにこの状況、俺死んでたみたいじゃんか……まだおっさんは立ってるってことは、もしかして俺ビビリすぎて気絶してたってこと?」

 状況を把握できていないキンタロウは自分が死んでいたことも知らずに混乱し苦しんでいる。

 ロシアンルーレットで自分が生きていた場合、対戦相手の黒田は死んでいるはずだ。黒田の方を見たキンタロウは自分の番がまだ終わっていなく恐怖のあまり気絶したのだと解釈する。


「キ、キンタロウゥウ」

 イチゴ同様に涙を流しながら喜ぶノリ。キンタロウを背負おうとしていたノリはそのままの勢いでキンタロウに抱きついた。

 イチゴごと抱きしめるほど熱い男だ。

 その光景は、もやしのように細い男がプロレスラー並みの筋肉男に技をかけられているようにしか見えない。


 モリゾウも涙を流しながらその光景を見ている。今すぐに生き返った少年を抱きしめたいが筋肉男と美少女が抱きついているのでモリゾウには抱きつける場所がなくなっている。

 そんなモリゾウはキンタロウの正面に回り顔を一目見てから大きな涙をこぼした。


「く、苦しい、苦しいって、ってか、なんだよ、本当に俺が生き返ったみたいじゃんかよ……」

「おい嘘だろ、クソガキ、なんで生き返りやがったんだ! ふざけんじゃねぇぞ! 過去に戻らずに生き返る方法なんてねーだろうがよ!」

「ほら、おっさんもそう言ってるじゃん。俺が生き返ったって……って、え、えぇええ、俺マジで生き返ったの!? というか死んでたの?」


 獲物が生き返ったことに怒り狂う猛獣のような黒田。そして自分が生き返ったことを敵である黒田から聞かされ衝撃を受けるキンタロウ。

 なぜ生き返ったのか。ボドゲ部の仲間が過去に戻りキンタロウが死ぬ前の世界に行けばキンタロウは生き返ったことになる。しかしこの状況は違う。

 過去に戻ってキンタロウが生き返ったとしても死んでしまったキンタロウは死んだままだ。死んだ世界線のキンタロウ自身は過去には戻らないのだから。

 ならどうして過去に戻らずにキンタロウは生き返ったのか。その答えはキンタロウの頭の上にあった。


「まだ立たないほうが良いぞ。よ」


 キンタロウの頭の上には、翠色に輝く宝石のような瞳、檸檬色の長い髪、そして小さな羽が特徴的な少女が羽を休めている。レモンを2つ縦に重ねたくらいの身長で頭に乗れるほど小さい。

 顔は幼い小学生くらいの少女のように見えるが、年寄りのような喋り方をしている。

 服は動物の毛皮を丁寧に編み込んで作った民族衣装のようなものを着ている。


 一言でその少女を表すなら妖精フェアリーだ。


「な、なに? 俺の頭になにがいるの? え、って言った? なんでを知ってんの?」

 父親の名前を知る頭の上の妖精に慌てるキンタロウ。逃げないように手のひらで豪快に捕まえるべきか、それともゆっくりと捕まえるべきなのか。どちらにせよキンタロウは捕まえようとしている。


 キンタロウの手のひらが頭の上の妖精を捕らえゆっくりと捕まえようとしている。


「ワシは、虫か何かか」


 ため息を吐いた妖精は近付いて来るキンタロウの手のひらに小さな手のひらをかざす。すると妖精がかざした手のひらから風のようなものが放出され近付いて来るキンタロウの手のひらを阻止した。


「うお、なんだこれ、か、風?」

「そうじゃ、ワシは風の魔法を使えるのじゃよ」


 そんなやりとりを見ていた左手がない男、黒田は片方しかない腕で頭を抑え苦しみもがき始めた。まるで記憶が呼び起こされ頭痛に耐えているかのように見える。


「うぅうぁああああああ、はぁはぁ、て、てめーは、あんときの、はぁはぁ、ぐぁ、あんときの!」

 苦しみながら叫ぶ黒田の目はさらに充血していく。そしてヨダレを垂らしながら足取りがふらつき始めている。

 それほどこの妖精が出現したことに衝撃を受けているのだ。


 キンタロウの頭で羽休めしていた妖精は羽を羽ばたかせキンタロウの前に出た。ここでキンタロウは初めて妖精の姿を見ることとなる。

 その時一度だけキンタロウの翠色の瞳と妖精の翠色の瞳が目を合わせた。同じ色の瞳。同じ色の髪色。だけどどこか妖精の方が輝いているように見える。

 そして妖精は黒田の方を向き口を開く。


「ワシの名はイリス。この子、キンタロウの妖精じゃよ」


 妖精は堂々と名乗った。

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