064:そいつをよこせ

 キンタロウの頭から血飛沫が飛び散り銃弾の激しい銃声とともにキンタロウは倒れた。


「ぇ……」


 イチゴは信じられない様子で倒れているキンタロウを見ている。キンタロウの頭から流れる血が何が起きたのか、どうなったのかを物語っている。

 しかしイチゴはまだ信じられずにいた。


「キ、ンタ、ロウくん……」

 少年の名前を呼んだイチゴだったが少年から返事はない。返事をしばらく待ってみるが、騒がしかった少年からは返事どころか体すらも動かないのだ。


「キンタロウくん……キンタロウくん。キンタロウくん」

 何度も名前を呼びながら近付くイチゴ。近付けば近付くわかる。呼吸すら聞こえないことに。


 イチゴの小さな手は、冷たくなっていこうとしている少年の左肩に触れた。触れたからわかることがある。少年の鼓動も感じないのだ。


「ぅぐ……」


 鼓動も呼吸もない少年の頭からは、イチゴに追い討ちをかけるように血だけが流れ続ける。

 先ほどまで生きていた人間がこんなにもあっさり死んでしまうのだ。


「そ、そんな……」

 モリゾウは膝から倒れ込み白い床を拳で叩いた。


「キン、タロウ……」

 ノリは静かに涙を流しながら倒れている少年の姿を見ている。そしてその瞳のまま奥に立つ左腕の無い男を睨む。


「うわぁあああああああん」

 イチゴはその瞬間泣き叫んだ。キンタロウの死を理解し魂がそこにないことを受け入れたのだ。


 そんな少女の綺麗な涙と泣き叫ぶ声を嘲笑うかのように左腕が無い男は笑った。


「フヘッヘヘッヘヘヘヘッヘヘヘヘッヘ。クソガキィイイイイイ。フヘッヘヘヘヘヘ。最高最高サイコゥウの気分だァア。フヘッッヘヘヘヘッヘヘ」


『第4層77マス』の白い空間に黒田の笑い声が響く。笑い声は悲しむボドゲ部の耳に容赦無く届く。


「ふざけるな! 黙れ!」

 ノリは黒田の笑い声を消すほど大きな声で怒鳴った。そして拳を強く握りしめたノリは足を1歩前に踏み出した。1歩1歩力強く白い床を踏み締める。


「おうおうおう、クソガキィ、俺に命令すんじゃねーよ。てめーらには興味ないって言ってるだろ。さっさとダイス出して次のマスに行きやがれェエ! フヘッヘッヘヘッヘヘヘ」

 黒田は笑い狂いながら、近付いて来るノリに気にする様子もなく倒れているキンタロウの事を見つめ続けた。


「ぅう、嫌だよ、嫌だよぉ、キンタロウくん……」

 イチゴはキンタロウを抱きしめながら泣いている。小さく可愛い少女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。その姿を見て膝をつき力を失っているモリゾウも涙を流す。


「フヘヘッヘヘヘヘ、死体は置いてけよ。消えねぇようにして俺が可愛がってやるよ。フヘッヘヘヘヘッヘ!」

 黒田は涙を流す3人を睨みながら言った。その瞬間、筋肉男のノリが足に力を入れて踏み込み飛んだ。


「ウォオオオオオオ」

 ノリは叫びながら狂気的に笑う男の方へと走っていく。そしてその笑みを消し去るために拳の標準を顔面に定めた。


 ノリの拳はそのまま黒田の顔面をとらえた。助走から全体重をかけたノリの拳が黒田の顔面を直撃した。と思った瞬間だった。

 ノリは拳ごと黒田の体をすり抜けていく。そしてそのままノリの拳は勢いを殺すことができずに白い床に倒れ込んだ。

 体をすり抜けたことよりも黒田からの反撃に備えたノリはすぐに受け身をとった。そして無防備にはならずに腕を胸と顔の前に置き防御の構えをした。


 しかし黒田はガードを固めたノリを鼻で笑った。


「ヘンッ。だからてめーらには興味ねーんだよ。ゲームが終わってんだ。俺もてめーらも俺には触れらんねーよ」


 黒田が言ったようにボドゲ空間のシステム上、ゲームが終了したプレイヤーと番人は接触することが不可能なのだ。

 これはプレイヤーや番人が暴走した時、ゲームが壊されないために神様が定めたルールだ。壊されるというのはボドゲ空間自体のことではない。プレイヤーがマスに進んでいくという根本的なルールを崩されないようにするためだ。

 それが神様の楽しみであり幸福の時間なのだから。


「クソッ」

 ノリは触れられない敵を再び殴ることはせずに走り出した。狂気的に笑う男に背を向けてキンタロウの元へ走って戻る。


「ヘッヘ。意外と頭が回るじゃねーかボウズのガキ」

 ノリの走り出す姿を見て黒田は感心した。


 ノリはこの時、瞬時に考えついた。相手に触れられないのなら守りたいものを守るべきだと。

 頭脳派のモリゾウよりも先に筋肉男のノリがこの考えにたどり着いたのは、黒田に殴りかかった時に体が通り抜けたからだ。

 もしもキンタロウの取り合いになった場合、綱引きのようになってしまう。3対1で相手は右手のみしかない。綱引きでは確実に勝利することが可能だ。

 だがしかしキンタロウの肉体をこれ以上傷つけるわけにはいかないのだ。だから綱引きになる前にキンタロウを背負い『第4層77マス』というカゴの中を逃げ回ろうようと考えているのだ。


 向かって来るノリを見たモリゾウもすぐにノリの考えを理解した。そして流していた涙を乱暴に拭いイチゴに声をかける。


「あの男から逃げますよ、絶対にキンちゃんを渡しません」

「ず、ぅ、うん……」 

 モリゾウの言葉を聞いたイチゴは掠れた声ですぐに返事を返した。


「いつまでも逃げれねーぞ。クソガキ共。そいつが消えたら俺はルールを犯してでもてめーらを殺す。だからそいつを大人しくよこせ!」


 ゆっくり歩く黒田は右腕を広げながらゴミを見る目でキンタロウ以外の人間を見下した。


『第4層77マス』で死んでしまったキンタロウを守り抜くための延長戦が始まった。

 制限時間はキンタロウの肉体がボドゲ空間に吸い込まれ消えるまでだ。しかしボドゲ部は誰も消える時間はわからない。

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