054:胸の中のモヤモヤ
一直線に低空飛行する白鳥姿のソラは、あっという間にイチゴとノリの元へ到着し合流することができた。
「お、いたいた! 止まれ止まれぇー!」
「鳥さん!?」
ソラは2人を発見するし近くに着地をする。鳥人間を見たイチゴは目を見開いて驚いていた。そして真っ先に翼をもふもふしたいと思ってしまう。もふもふに対する思考回路はキンタロウと全く一緒だ。
「アタシはソラ、スタート地点であっただろ?」
「あ、う、うん! ソラちゃんも変身できたんだぁ」
鳥人間が女子高生のソラだったことに驚くイチゴだったが今までの経験上、変身スキルや喋る動物に慣れてしまったせいで驚きはいつも以上に少なかった。
「そうなんだよ。で、早速、本題に入るけど、キーくぅんと……えーっと……イナゾウだっけ? 名前忘れちゃった……ま、いいや。えーっとね、キーくぅんの頼みごとをするためにきたぞっ!」
「え? キーくん? え?」
話の展開についていけないイチゴは首を傾げた。キーくんと言う人物はキンタロウで間違い無いだろうと思っているが、その呼び方に少し頬を膨らます。なぜ頬を膨らませたのか自分でもよくわかっていない。
「2人をスタート地点に連れて行くからな」
ソラは再び翼を羽ばたかせ中に浮いた。ソラの翼は全部で4本ある。そのうちの2本は飛ぶための翼だ。飛ぶための翼は背中から生えている2本。残りの2本は両腕だ。両腕は軽く翼のように羽毛がぎっしり生えている。しかし腕の翼では飛ぶことができない。翼のように見える腕なのだ。
その腕を使いまずは体の軽い低身長の美少女イチゴを持ち上げた。
「わあぁ、お、重くないぃ? だ、大丈夫ぅ?」
自分の体重を心配するイチゴだったがソラは「あ、ヤバ、軽すぎ」とイチゴの体の軽さに驚き言葉がこぼれた。
「問題は筋肉マッチョを持ち上げられるかどうかだな……」
筋肉男のノリを見て呟いたソラ。
モリゾウとの作戦会議の時や大好きなキンタロウの前では大丈夫と豪語していたが、いざ目の前に実物を見ると自信をなくしてしまっている。
そもそも鳥人間に変身するスキルでどれほどまでの重量を持ち上げられるかは未知数なのだ。ソラ自身パワーが増加していることは変身してすぐに気が付いている。
小学生の妹のウミや兄のダイチを軽く持ち上げたことはあるが2人同時には持ち上げたことはない。仮にウミとダイチを同時に持ち上げられたとしても2人よりも体重が重いノリとイチゴを持ち上げることは可能なのだろうかと頭の中が不安でいっぱいになっている。
「でもキーくぅんとアタシの将来のためだ。やってみよう」
「キーくん……」
ソラの独り言に反応するイチゴは再び頬を膨らませる。そして今度は胸の奥に嫉妬心のようなモヤモヤの煙が現れた。
「よいっしょ、っと……」
鋭い鳥の足でノリを怪我させてしまわないように慎重に掴んだ。そしてゆっくりと翼をはばたかせノリを持ち上げようとする。
ゆっくりと、ゆっくりと、筋肉男の足が地面から離れて行く。
ソラは両腕でしっかりとイチゴを持ち、両足でノリを掴んでいる。大人2人を持ちながら完全に宙に浮いた。翼もしっかりと動くことを確認する。
「あ、心配して損した、余裕だわ……」
ソラは大人2人を軽々持ち上げたのだった。恐るべし変身スキル。ソラ自信スキルの限界をまだ知らない。なのでこの経験はスキルの無限の可能性を秘めていることを証明した。
「それじゃ、全速力でスタート地点に向かうから、しっかり捕まってね」
ソラの翼が浮かび上がる時よりも数倍早く動き出した。助走をつけているのだろう。もしくはジェット機のようにエネルギーを貯めるいるのかもしれない。
2人はソラの言葉通りにしっかり掴まった。ノリは両腕でソラの鳥の足を掴む。離さないようにしっかりとだ。イチゴは子供が大事なぬいぐるみを抱っこしているかのようにソラを強く抱きしめた。どさくさに紛れて胸の羽毛に顔を埋めていることにソラは気付いていない。
「ぁぁ、うぅ、もふもふ~」
イチゴの胸の中にあったモヤモヤはソラの胸のもふもふが一瞬で消し去った。
「それじゃ行くよー!」
ソラの掛け声と共に直進する。徐々にスピードが速くなるのではなく最初から全速力だ。しかしマッハをほこるソラのスピードは、イチゴとノリを持っているせいでそこまでスピードが出ていない。
例えるのならF1カーほどの速さだったものが自転車ほどの速さに変速したのだ。
これは空気抵抗をモロに受ける2人に気を遣ったわけではない。思うようにスピードが出ないのだ。それでもソラのスピードは速い。3分、否、2分でスタート地点に戻れるだろう。
ソラの鳥に変身するスキルは空中戦では最強の素早さを誇る。しかし重たい物を持てば持つほどスピードは落ちるのだ。
そしてイチゴとノリを持ち上げたソラは怪力の力を手に入れたわけでもない。空中に物を持ち上げることに対して軽くなっているだけなのだ。なのでどんなに重くても空中に持ち上げることが可能だ。これもスキルの力。
ただ地上では一般女性が歩くスピードよりも歩くスピードは遅いという欠点もある。そして地に足がついている状態では辞書ほどの重さのものすら持ち上げることが難しい。
それほど天と地で極端な力の差があるのだ。そのことをソラは知らない。
2分も経たないうちに3人はスタート地点を視界にとらえる。
「あ、もう見えたぁ」
スタート地点が見えたイチゴが言った言葉だったが、言葉を言い終えてすぐにソラは地面に着地するために翼をゆっくりと羽ばたかせ離着しようとしていたのだった。
「ありがとうぅ。ソラちゃん」
着地してすぐに感謝の気持ちを伝えるイチゴ。そして弱々しくマッチョポーズをとる疲弊しているノリ。
「それじゃアタシはキーくぅんが待ってるから」
感謝の気持ちを受け取った余韻もないままソラは再び翼を羽ばたかせ、飛んだ。重りがない状態のソラの飛行はマッハの速度だ。イチゴの視界ではソラは一瞬で米粒ほど小さくなっていく。
「キーくんって……」
最後のソラの言葉と満面の笑みを見てしまったイチゴの胸の中のモヤモヤが再発してしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます