055:目指す場所はスタート地点

 走ってすぐ召喚兎のディオスダードの元へたどり着いたモリゾウ。もちろん火ノ神が飛び回り近づくことが困難だ。

 ディオスダードの状態を見てみると右拳や左肩、そして腹など身体中に火傷の痕や切り傷のようなものがたくさんある。

 身を挺してボドゲ部たちを守っていたのだとその姿から見て取れる。

 ディオスダードの拳が届かないのも火ノ神の体に纏っている炎のせいだ。そのせいでディオスダードの拳は火傷をしているのだ。


「ディオスダードさん! 戦いに集中して聞いてください。みんながスタート地点に到着したら僕たちも火の鳥と一緒にスタート地点に向かいましょう。なので戦わず逃げてください。スタート地点までは僕が案内します!」

「承知ゾ」

 ディオスダードは火ノ神から目を逸らさずにモリゾウの話を理由も聞かずに受け入れた。なぜ火ノ神と一緒に行くのか聞きたい要素はディオスダード自身にもあったがそんな時間はないと知っているから聞かなかったのだ。


 そのままディオスダードは火ノ神に初めて背を向けた。火ノ神はディオスダードの背を追いかける。ディオスダードが走っていく方向にはスタート地点はない。ディオスダードは遠回りをしながらスタート地点を目指すつもりなのだ。

 まだ全員がスタート地点に到着していないので逃げながらも時間稼ぎをするつもりだ。

 ディオスダードの全速力と火ノ神の全速力はほぼ同じ。2匹の距離は縮まらず離れることもない。


 そして案内人であるモリゾウの元に走っていき片手でモリゾウを担いだ。

 そのまま足の速さを落とすことなく全速力で走り続けるディオスダード。それを追う火ノ神。ジェットコースター並みの速さに耐えるモリゾウ。

 この関係がスタート地点まで続こうとしている。


「ディ、ディ、ディ、ドさんッ、このま、っま、みなみぐぁ、スタートちて、ぇえええん」

 ディオスダードの足の速さと予測できない動きに口元がガタガタと揺れうまく喋れないモリゾウ。

 そのままディオスダードは「承知」と一言呟き言って逃げることに集中した。


 しかし順調だと思っていた1人と2匹の関係はジェンがのように突然崩れた。


 火ノ神が追ってこなくなったのだ。結界でもあるのだろうか? それとも範囲が決まっているのだろうか? そんなことを想像していたモリゾウの目に円形に穴が開いてしまっているシャツを着ている檸檬色の髪の少年の後ろ姿が目に入った。


 火ノ神はディオスダードを追いかけるのを諦めて弱々しく歩くキンタロウを標的に変えたのだ。


「キンタロウ殿ッ!」

 ディオスダードもそのことにすぐ気付き、逃げるために踏み締めた足を追うための足に変え方向転換する。


「うぉおおおおおうぉおおおおお! 焼き鳥! 焼き鳥ぃい! 後ろに焼き鳥ィイイイイイ!」

 火ノ神が近付いていることに気付いたキンタロウは騒ぐ。騒ぎながら弱々しかった足取りに力を入れて走り出す。

 いつ転んでもおかしくないような走り方だ。転んでしまったらそれは死を意味する。なのでディオスダードは火ノ神よりも先にキンタロウにたどり着き開いている片手で救出しなければならない。

 だが、先ほども言った通りディオスダードと火ノ神の全速力はほぼ同じ。力を踏みしめたとしても差が縮まることはない。

 このままでは確実に間に合わないのだ。


「ギィヤァアアア、勘弁してくれぇえええ」

「クゥァアアアアアアアアア!」

 キンタロウの騒がしい声をかき消すかのように火ノ神は咆哮した。


 火ノ神とキンタロウの距離は徐々に縮まる。残り10メートル。


 キンタロウは走る。生きている時間を少しでも伸ばそうと争っている。残り7メートル。


 火ノ神が咆哮を上げるためではなくキンタロウを咀嚼するために口を開く。残り3メートル。


 キンタロウの言葉にならない叫びが燃えるジャングルの音にかき消される。残り1メートル。


「キンちゃん!!」

 モリゾウの叫びと共に火ノ神は目の前の獲物を食らいつかんと首を振りかざした。残り0メートル。


「ギィイヤァアアアアアァアアア」

 キンタロウの叫び声が響き渡った。しかしその声はキンタロウが走っていた位置から聞こえたものではない。かと言ってキンタロウの叫び声の幻聴でもない。真上からだ。真上からキンタロウの叫び声が聞こえたのだ。


「ウヴェェエ、ふ、浮遊感、で、でも助かった……あ、ありがとゔぅ」

 キンタロウは宙ぶらりんになっている。


「うふっ、未来の旦那様のたーめ。当然だよキーくぅん!」

 白鳥の姿のソラに命を救われたのだった。ソラはキンタロウを抱き抱えるように翼の腕で掴んでいる。そして背中から生えている翼で空を自由に飛んでいるのだ。


「ウゲェエエエエエエエ、疲労のせいで浮遊感いつもよりパネェうゔぉぉエェ」

 ソラの愛の言葉をを全く聞いていないキンタロウだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る