030:おとり作戦
運動不足で体力がないキンタロウは肺に痛みを感じながらも必死に走る。ジャングルの中で走っても転倒しないのは、そこがヘビの巣の近くだからだ。
緑ヘビが何度も通ったであろう道は獣道になっており障害物はなにもない。固く走りやすい地面になっているのだ。
しかしキンタロウはすでに限界を超えている。少しでも逃げる速度が遅れればエサになってしまう。誰だって全速力を維持するのは困難だ。
「もう無理ィイもう限界ィイ、ノリィイ、早くしてくれェエエ! ギィヤァァア! クソガアァアア!」
大声で叫ぶキンタロウ。その騒がしい姿は、おとりとして良い仕事をしているのを本人は気付いていない。気付いたとしても不名誉だろう。
「俺はァアア! ドラゴンをォオ倒すんだァア! ヘビなんかにィイ! 食べられてェエたまるくァアア!」
威勢を張ったキンタロウは走りながら拾いやすい高さにある小石を拾った。そして緑ヘビ目掛けて投げるが無意味だった。緑ヘビはびくともせずキンタロウを喰らわんとばかりに追い詰める。
「ギィイヤァア! 無理無理無理ィイイ!」
走るキンタロウ。肺が悲鳴を上げるがそれでも走り続ける。
しかし緑ヘビの牙はすぐそこまで来ていた。キンタロウの走る速さが遅くなったのだ。無理もない。もうキンタロウは限界なのだから。
緑ヘビは鋭い牙を剥き出しにし首を伸ばしてキンタロウの背中に噛みつこうとした。しかし緑ヘビの牙はキンタロウには届かず地面に倒れ込んだ。
それに気付いたキンタロウは後ろを振り向き足を止めた。緑ヘビの後ろには大きな影が様々なポージングをしている。
そう。マッチョポーズをとる筋肉男のノリだ。
「ハァハァ……ノ、ノリィイ、ゲホゲホッ……」
キンタロウは走るのをやめた途端に肺に激痛を感じ息が荒くなった。呼吸を整えながらも緑ヘビの反撃に備えるためその場から離れる。
ノリの右手にはバレーボールほどの大きさの石を持っている。その石で緑ヘビの後頭部を狙ったのだろう。緑ヘビはノリから逃げるようにジャングルの茂みに入っていった。
弱っている緑ヘビを仕留めるのならば今しかない。しかしこの場は緑ヘビのテリトリーだ。追いかけて長い縄のような胴体に捕まってしまえばアウト。かと言ってこのまま放置してしまえば再び襲ってくる可能性もある。緑ヘビは危険生物だ。大人しくしてくれるはずはない。
ノリは緑ヘビを追いかけに茂みの中へと入った。キンタロウもその姿を見てゆっくりと歩きながらノリを追いかける。
「うぉおおおいッ!」
キンタロウは罠にかかった小動物のように足を縄で縛られ宙にぶら下がったのだった。
その縄はもちろん緑ヘビの体だ。
「クソヘビ……また俺か……」
キンタロウは逆さまになりながら緑ヘビのエメラルドのような目と目が合っている。
緑ヘビは野生の本能で筋肉男のノリを危険だと判断したのだろう。なので身を潜め獲物が茂みに入るのを待っていたのだ。
生憎、茂みの緑と緑ヘビの胴体の色は同じだ。背景に擬態していて瞬時に見分けるのは困難だ。
忘れてはいけない。ここは緑ヘビの巣。緑ヘビのテリトリーなのだ。
「うぉい。キモイキモイキモイ!」
キンタロウの体をゆっくりと緑ヘビの縄のような体が締め付けてくる。足から胸あたりまでゆっくりと、ゆっくりと絡めている。
そして腕まで緑ヘビの体が絡まったところでキンタロウの体に急激な痛みが襲ってきた。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬゥウ」
緑ヘビに強く締め付けられたのだ。このままではキンタロウの体は捻り潰されてしまう。かと言って逃げる方法もない。さらには締め付けられたことによって体が圧迫されうまく声が出せない。切り札のディオスダードも召喚することができないのだ。
「グアッ……グヴォ……」
『終わった』そんな風に頭の中をよぎった瞬間だった。
緑ヘビの締め付けが弱くなった。そして締め付けていた緑ヘビの体と共に固い地面に急降下。
「ガハッ……グヴァ……ゲホッゲホッ……ハァハァ……」
キンタロウを縛り付けていた緑ヘビの体は、力をなくし本当に縄のように落ちていたのだ。
そしてキンタロウの目の前には筋肉男のノリがマッチョポーズをとっている。そんなノリの傍には潰れた緑ヘビの頭が無惨な姿で横たわっている。
緑ヘビの頭は、50キログラムはあると思われる大きな岩に潰されている。なんともグロテスクな光景だ。しかしその光景に『気持ち悪い』という感情よりも『倒した』という達成感の方が勝っていた。
「キンタロウのおとり作戦成功だな」
「いや、おとりと言うか、エサだな俺……」
キンタロウはおとりとしての役割を全うしたが、緑ヘビに締め付けられていた時はただのエサでしかなかった。しかしキンタロウを絞め殺そうと夢中になっていたところを筋肉男のノリが大きな岩を使い止めを刺すことができたのだ。
討伐成功のマッチョポーズをノリがとった。その姿は筋肉が黄金に輝いているかのようにキンタロウは見えた。
「た、助かったぁ」
キンタロウは安堵し魂が抜け落ちたかのような表情をしている。
おとり作戦、否、エサ作戦で緑ヘビの討伐に成功したのだった。
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