第11話

 バイトやゲーム、宿題を進めていれば一週間などあっという間に過ぎ去って行く。

 それらが無くても一日中ゴロゴロしてようが過ぎ去って行くのだろう。

 兎にも角にも約束の日になったわけだが、やっぱりというか、家を出るのが億劫になっていた。


 朝からセミは元気に泣いており、気温もそこそこ高い。

 天気予報では一日晴れで、熱中症や脱水に気をつけてと言っているし、家に引きこもっているのが一番なのではないだろうか。


 でもこうなるのは自分がよく分かっていた事だし、行ったら行ったで何だかんだ楽しむのだからと重たい腰を上げ、出かける準備を進めて行く。


 それなりの服に着替え、財布に定期、スマホ、家の鍵、後は日傘とそれらが入るカバン。

 あ、ハンカチとティッシュ。

 チケットは先輩が買ってあるって言ってたし、昼を僕が出せばいいか。


 財布の中に十分お金が入っているのを確認し、家を出る。


「…………」


 すぐに出迎えてくれた夏の蒸し暑さに引き返したくなるが、グッとこらえて日傘を差し、炎天下の中を歩いて行く。

 すでに八月へ入っているというのに最近の日本の気候はおかしくなっているから、まだまだ九月にかけて暑くなっていくのだろう。


 日傘を差して歩いていると、周りから目を向けられることが多い。

 現に今もすれ違う人から見られている。

 差しているのが男だというだけでなぜこうも不思議に思われるのか、逆に不思議だ。


 雨が降れば皆、傘を差すように。

 陽が降っているから傘を差しているだけ。


 最近は陽の下を歩くだけで火傷をするぐらいなのに、普通に歩いている方がおかしいと思う。

 日本はもう少し柔軟な対応を受け入れるべきなのではと常々思っているが、それが出来ないからこそ今があるのだろう。


 最寄りから電車に乗って十数分。

 約束の三十分前には着いたわけだが、相手はもっと早くから来ていたらしい。


 女の子たちから声をかけられ、困った顔をしながら対応している先輩の元へ向かって歩いていけば、僕に気付いたらしく。


 先輩に声をかけていた女の子たちも邪魔をするなと僕を睨みつけてくる。


「お待たせ、先輩」

「私が早く着いただけだから気にしなくていいよ。君たちもごめんね。彼が来たからもう行くよ」

「一時間も遅刻するような人なんて置いて、私たちと遊びましょうよ!」


 一時間…………?

 いや、僕は約束の時間を間違えることなんてほぼ無いし、今日だってきちんと着いているはずだ。

 どういう事かと先輩を見れば、困ったような笑みを浮かべ。


「楽しみにしすぎて早く来ちゃった」

「なるほど?」


 よく分からないが、まあそういう事なのだろう。

 女の子たちの相手をする義理は僕に無いので、先輩の手を取って目的の場所へ向かうことにした。


 背後から何やら口うるさく文句やシャッター音が聞こえてきたが、これ以上関わる時間が無駄であるし、日陰にいたとはいえ暑い中外で待っていた先輩を涼ませる方が優先である。


 映画館は駅近くにある大きなショッピングセンターの中にあり、まだ映画が始まるまで時間もある。

 なので同じくショッピングセンターの中にあるカフェでゆっくり落ち着くことに。


「すまないね。私が早く来たばっかりに」

「別にいいですよ」


 ただ普通に生きているだけなのに知らない人が絡んでくるだなんてよく見かける。

 いや、よくは見かけないか。

 どちらにせよ今回、たまたま絡まれたのが先輩と僕だっただけで、気にしなければ済むことだ。


「それに楽しみで早く来る、なんて可愛らしい先輩が見れたわけですし」

「そ、そうかな……?」


 照れているのか顔を赤くし、髪の毛を弄る先輩の格好はお世辞にも可愛いとは言えず、カッコいい寄りなのだが。

 僕が言ったのは表面的なことでなく、先輩もそれが分かっているから尚更嬉しいのだろう。


 これまで先輩はそのカッコいい見た目から言動全てがそれに引っ張られて見られ。

 本当は可愛いもの好きであるのにそれを隠し、皆の期待に応える生き方をしていた。


 だから唯一、それを知る僕には素で接することができるのか。


「今の照れてる先輩、可愛いですよ」

「へぅっ……」


 学校で見るよりも肩の力が抜けて表情が柔らかく、本当の魅力みたいなものが出ている気がする。

 あくまで僕の主観でしかないが。


 さらに顔が赤くなった先輩は気を紛らわすためか、頼んだアイスコーヒーを一気に全部飲み干すのであった。

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