第8話

「おはようございます」

「おはよう、桜くん」


 翌朝、僕は先輩の家から直接バイトへと向かった。

 一度家に帰るのが面倒になったし、先輩の家で昼食までいただいてゆっくりと向かっても十分間に合うと分かったからだ。


 マスターに挨拶して自身のロッカーから予備を引っ張り出して着替え、店内に戻ってくれば。


「やっ」

「いらっしゃい」


 もう一人のバイト仲間が客として丁度入ってきたところであった。

 残念ながら他にもお客さんがいるためフランクに接することはできず、あくまで一人の客としてカウンター席へと案内する。


「あれ? シャンプー変えた?」


 おやつには少し早い時間。

 バイト仲間である彼女──天堂てんどう瀬奈せなは飲み物とケーキを頼んだ後にそのような事を口にした。


「泊まって、そのまま来たから」


 これくらいの会話であればマスターも注意することはない。

 むしろ常連客であったならフランクな接客を許されているし、会話も長々とする事を許されている。

 さっきも別にしっかりしなくて良かったのだが、僕個人としてある程度のルールを設けてやっているのだ。


 気が緩んで初めて来たお客さんにも軽いノリで接客してしまいそうになるからであり、そこまで大層な理由ではないのだが。


「桜、もう新しい彼女出来たんだ?」

「うん。昨日告白されて」


 別に隠すような事でもないため、素直に頷き。

 長いことやっているため慣れた手つきで瀬奈が頼んだものを準備し、そっと差し出す。


「また、私みたいな事を繰り返すんだ?」


 その時、ポツリと呟いた瀬奈の問いかけに、僕はなんと返したらいいか分からず。

 ただ、曖昧な笑みを浮かべるだけであった。


 瀬奈とは少し前まで付き合っていて、夏休みに入る前に別れたばかりである。

 特に何かしたわけではないが、何もしていないからこそ別れ話を切り出されたのだろう。


 告白をされ、何もしなくていい、夢中にさせてあげるとも言われたが。

 まあ、そこそこ持った付き合いだったと思う。


 気が向いて何度かはデートみたいな事もしたし、ヤることもやっていた。

 けれど僕が瀬奈に特別な感情を抱くことはなく、それを彼女も察したのだろう。


 元より男子の間でよく話に上がるほどの美少女である瀬奈が、どうして僕なんかに興味を持ったのか謎であるが。


「それで、誰と付き合ってるの? 同じクラスの子?」

「葵先輩」

「え、マジ?」

「ほんとだよ」

「ふーん……」


 自分から聞いておいて、瀬奈は興味がなくなったかのようにケーキを食べ始める。

 その後は僕でなくマスターとずっと話していた。


「桜くん、桜くん」


 やることも終え客も来ないため。

 ボーッとしていると常連客のおっちゃんに手招きをされながら呼ばれたため、そちらに向かえば。

 何やら含みのある笑みを浮かべながら背中を叩かれた。


「女の子を取っ替え引っ替えだなんてやるじゃないか」

「別にそういったつもりは無いんですけど……」

「結果、そうなってたらそういうもんよ」


 相席するように勧められ、マスターを見ればオッケーと許可が出たので腰掛ける。


「瀬奈ちゃん、ああいった態度だけどまだ桜くんに未練あるんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。桜くんから言ってくれるのを待ってたんだって」


 チラリと瀬奈を見てみるが、とてもそんな風には思えない。

 そんな僕の考えに気付いたのか、おっちゃんは大きなため息をつく。


「桜くんは変に達観しているというか、物事の捉え方がちょっと独特だからねぇ。……ま、後ろから刺されないように気をつけるんだよ」

「そういうのって創作の出来事ですから」


 話のきりがいいところでお客さんが入ってきたため、接客をするため立ち上がれば。

 おっちゃんは何も言わず、楽しそうに笑いながら僕に向けて手を振っていた。


 なんだか本当にありそうな気がしないでもないが、話した感じ瀬奈は僕とキッパリ終わっているだろうからやっぱり気のせいだろう。

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