第6話

 まあ、ここでいくら考えていてものぼせるだけで答えなんて出るはずもないし、直接聞いた方が早い。

 それ以前に先輩は僕の返事待ちでいるのか。


 うーん。

 先輩のことは嫌いでないけれど、付き合いたいほど好きかと言われたらそうでもない。

 ……深く考えるのは面倒だし、その場のノリと勢いでいいかな。


 湯から上がり、もう一度体を洗っている間には頭の片隅に残る程度の問題となっていた。


 風呂場のドアを開ければ脱衣所にバスタオルと綺麗に畳まれた着替えが置かれている。

 入る前には無かったものだからいつのまにか誰かが持って来たのだろう。


 そういえばお邪魔した時にメイドさんが一人いたけれど、他には誰もいないのだろうか。

 先輩が一人っ子なのは友達からの情報で知っている。

 両親もいて親子仲も良いみたいな話を聞いていた気がするんだが。


 あまり家庭の事情には踏み入らない方がいいか。


 仮に重かったとしても知ったところで先輩に対する見方が変わるわけではない。

 ないけれども、変なところで無意識にでも反応するのが面倒だし、なんなら今すでに考えてる時点で面倒だ。


「…………ふぅ」


 変に偏りそうな思考になってきたので息を一つ吐いて切り替える。

 体を綺麗にして着替えたはいいが、僕はまた先輩の部屋に戻れば良いのだろうか?


 ずっとここにいるわけにもいかないし、ほんの少し前に通った道だ。

 先輩の部屋くらいまでなら戻れる。


「神宮様。こちらへご案内いたします」


 ドアノブに手をかけて開けようとしたところで急に声をかけられ、驚きから体がビクッとしてしまう。


 声のした方を見ればメイドさんがおり、僕に背を向けて歩いて行ってしまう。

 案内すると言っていたのは聞こえていたから、言われた通りに後をついていく。


 豪邸といっても家の中だ。

 数分もかからず着いた場所はダイニングだった。

 移動している時にリビングらしき部屋も見えたから、ここは完全に食事をするためだけの部屋なのだろう。


「こちらでしばしお待ちください」


 引かれたイスに座ったのはいいけれど、手持ち無沙汰になってしまった。

 飲み物は用意してくれている。が、メイドさんは何か話すわけでもなく黙ったまま立っている。


 荷物はスマホを含めて先輩の部屋に置いたままだし、何もすることがない。

 何も考えないでボーッと過ごすのは好きだ。

 でも僕の後ろに立つメイドさんから変なプレッシャーを感じているような気がする。


 僕は達人とかではないから気のせいかもしれないけれど、なんとなく。


「…………ぁ」

「待たせてごめん。ご飯にしようか」


 何を話すか決めていないが、取り敢えず声をかけてみようとした時。

 まだ濡れた髪をタオルで拭きながら先輩がやってきた。


 変な雰囲気を感じ取ったのか僕を見てくるけれど、何にもないと答えておく。

 事実、何かあったわけでは無いのだから。


「葵様。髪は乾かしてからいらしてください」

「細かいことはいいじゃないか。気にし過ぎるとシワが増えるぞ」

「そうさせないでください」

「そんな事よりもご飯にしよう。今すぐにでも食べたい」


 メイドさんはため息を一つだけこぼし、おそらくキッチンの方へと向かっていった。

 それを見届けた先輩はにっと笑みを浮かべて対面ではなく僕の隣へと腰掛け、イスを動かして身を寄せてくる。


 時間をおいて少し落ち着いてきたのだが、先輩は風呂上がり。

 そばに、というより引っ付いている状態のため、熱が僕へと移ってくる。


「今更ですけど、僕はどこで寝れば?」

「私と一緒のベッドだけど?」

「あ、了解です」


 なんとなく思ったことを聞いてみたら、さも当たり前だといった返しで思わず話しを打ち切ってしまった。


 しかも同じ部屋でなく同じベッドとは。

 本当に今夜は眠れるのだろうか。

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